潜入
雲は低く垂れ込み、空はまだ夜の名残を抱えている。
オポールの空気は重く淀み、瓦礫の山が朝霧に包まれる中、第一監視塔だけが不気味な存在感を放っていた。
金箔とネオンに彩られた塔の外壁は、周囲の荒廃した景色から浮き上がるように輝いている。
あまりにも悪趣味なその輝きは、街の住民たちが嫌悪と諦めの入り混じった目で見上げる、「支配の象徴」そのものだった。
その塔を、ラフィは静かに見上げていた。
崩れた建材の陰に身を潜め、じっとその機を窺う。
息を吸い、肺を満たす冷たい空気が彼女の内側で熱に変わっていく。
指先がショットガンの冷えたグリップを確かめ、脈打つ鼓動と重なる。
ただの報復じゃない。
父を奪われた、仲間を奪われた怒りだけじゃない。
これは戦いの始まりだ。
オポールという街そのものを、暗闇から取り戻すための戦い。
「作戦開始よ。」
静かに、けれど揺るぎない声で、ラフィは宣言した。
その瞬間、耳に触れるヘッドホンから重低音が響き出す。
ベースの唸りが闇に溶け、彼女の心臓の鼓動と同期していく。
戦の幕開けを告げるには、これ以上ふさわしい曲はない。
『選曲:Seven Nation Army。進行モードを切り替えます。』
MUSE の冷静な声が耳元で報告するが、ラフィは何も言わない。
言葉は不要だった。
すでに彼女の全身が、このリズムとひとつになっていた。
ベースリフが絡みつくように響く中、ラフィはゆっくりと立ち上がる。
塔までの距離を計りながら、地面に散らばる瓦礫を静かに踏みしめる。
MUSE が敵の巡回パターンを示すホログラムを投影した。
ラフィはそれをひと目だけ確認し、即座に行動に移る。
ドローンのライトが廃材の山を舐めるように動き、照らされる直前にラフィはその影を抜ける。
音楽のリズムに合わせて呼吸を整え、鼓動を抑える。
『監視ドローン、接近中。次の死角まで4秒。』
心拍がベースラインと重なっていく。
4秒。あと4つの鼓動。
ドゥンドゥン。
ドゥンドゥン。
ラフィは身体を伏せ、素早く移動する。
朽ちた配管の下をすり抜け、塔の外壁へとたどり着く。
その瞳は、燃えるように鋭く輝いていた。
まだ誰にも気づかれていない。
だが彼女の中では、すでに戦争が始まっている。
塔のメンテナンスハッチを見つけ、静かに手をかける。
「これでようやく、踊れるわね。」
ささやくように呟いたその声は、曲のリズムと重なり合いながら、冷たい鉄の中へと消えていく。
塔の闇の中へ。
彼女は迷いなく踏み出した。
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