都市への帰還
オポールは以前は人々が行き交い活気に満ちた都市だったが、現在は傭兵団と企業の支配下に置かれ、重苦しい空気が立ち込めている。企業が中心部に工場を構え、街の一部はスラム化し、住民たちは恐怖と抑圧の中で生活している。4つの監視塔から街全体が見下ろされ、パトロールが厳重に行われる一方、裏通りには監視の目が届かない場所もある。街にはかつての明るさはなく、暗く沈んだ雰囲気が漂っていた。
ラフィは哨戒所から離れ、街の中に入った。傭兵団のトラックと何台かとすれ違った。トラックは先ほどの哨戒所での襲撃の対応に向かっているようだった。車両のエンジン音が辺りに響き、不安そうに見つめる住民たちの視線がラフィに届いた。住人たちは明らかに何かが起きたと感じ取っているようで、その表情には深い憂いが漂っていた。
ラフィは街を歩きながら、傭兵団に対する住民たちの恐怖を感じ取っていた。彼女自身も警戒心を緩めることはなく、建物の影に身を隠しながら慎重に移動していた。目立たない路地を選び、監視塔やパトロールから逃れつつ、根城にできるような場所を探し始めた。
「MUSE、この街で隠れるのに良さそうなところはないかしら。」
『都市の情報を収集……。』
ラフィは立ち止まり、辺りを見回しながらMUSEの返答を待った。彼女の視線はオポールの中央地区を眺めていた。中央地区には企業の巨大な工場がそびえ立ち、その隣には傭兵団の本部が並び立っている。工場の無機質な外観と周囲の警備の厳しさが、この場所が敵の拠点であることを物語っていた。ラフィは心の中にかつての思い出が一瞬よぎるのを感じた。幼い頃、この街には笑い声と温かな空気が満ちていた。それが今や、冷たく暗い絶望に変わっていることに、彼女は怒りと悲しみが混じった複雑な感情を抱いていた。彼女は父の仇を討つという強い決意を新たにし、自分の目標のためにこの街を取り戻す覚悟を固めた。
しばらくするとMUSEの収集が終わった。
『少し先にある旧工場地帯は比較的安全な隠れ家として使える建物が多いかもしれません。ただし、内部に何があるかの確認が必要です。』
かつてオポールの産業の中心地だった場所だが、今では企業の新しい工場が建設されたことで、街の外れへと追いやられた区域だ。
「分かったわ、そこに行ってみましょう。」
ラフィは慎重に歩を進め、MUSEが示した旧工場地帯へと向かった。かつて栄えていた工場地帯の面影はなく、現在は荒廃しており、錆びついた鉄の扉とひび割れた壁が長い年月を物語っていた。
旧工場地帯は都市から追いやられた人々のたまり場と化していた。かつては産業の中心として活気に溢れていたこの場所も、今では荒れ果て、壊れた機械や廃材が無造作に積み上げられている。そこには家を失った者、傭兵団の支配に反抗して逃げてきた者、そして企業の拡大によって仕事を奪われた者たちが集まり、共に厳しい生活を送っていた。彼らは工場跡地に掘立小屋のような簡素な住居を建て、火を囲みながら何とか生き延びている。廃材から拾った鉄板で壁を補強し、生活の糧となるわずかな食糧を分け合う日々。彼らの顔には疲労と絶望の色が浮かんでいたが、その奥にはかすかな抵抗の炎も見え隠れしていた。この場所には、オポールが失ってしまった温かさと人々の絆の残り火が、かろうじて灯っていたのだ。
ラフィは周りの視線を感じながら歩を進めていた。彼女の存在に気づいた住人たちがちらりとこちらを見てはすぐに視線をそらした。何かを警戒するように、人々の目は不安と興味が入り混じっていた。
彼女はそんな中で、できるだけ注目を集めないように動きながらも、隠れられる場所を探していた。しばらく歩くと、以前は町工場として使われていたであろう小さな作業小屋を見つけた。その小屋は、壁にはひびが入り、屋根もところどころ錆びて穴が空いていた。しかしよく見ると、室内には欠けた食器や古びた布が整然と置かれており、そこにはかすかに生活感が感じられた。
「なにもの...だ...」
声に驚き、後ろを振り向くと家主であろう少年が傷だらけで倒れていた。彼の服は薄汚れ、顔には疲労と恐怖が混じった表情が浮かんでいた。ラフィは一瞬警戒したが、その少年が自分に対して敵意を持っていないことを悟ると、少しだけ体を緩めた。
「大丈夫?どこから来たの?」
ラフィは慎重に声をかけたが、少年は怯えたように彼女を見上げ、弱々しく呟いた。
「……ここは……俺の……場所……」
少年の声は途切れ途切れで、かすれたものだった。彼はどうやら、この小屋を自分の拠点として使っていたようだ。ラフィは彼が怪我をしているのを見て、そのまま放っておくわけにはいかないと感じた。
「分かったわ。怪我をしてるみたいね。治療が必要よ。」
少年は恐怖と不信感でラフィを見つめたままだったが、彼女の真剣な眼差しに少しずつ表情を緩めた。ラフィはポーチから応急処置用の包帯と薬を取り出し、少年に見せた。
「これで少し手当てをするわ。あなたを助けたいだけよ、何も取ったりしないから。」
少年はしばらく黙ったままラフィを見つめていたが、やがて力なくうなずいた。ラフィは慎重に少年に近づき、傷口を確認しながら包帯を巻き始めた。彼女の手は冷静で、傷の手当てをする動作には迷いがなかった。
「名前は?」
ラフィは静かに尋ねた。少年は一瞬ためらったが、小さな声で答えた。
「……レブ……」
「レブね。私はラフィ。勝手に入ってごめんなさい。お詫びにしばらくの間、周辺の警戒に当たってあげるから、安心して休んで。」
その言葉を聞くと少年ーーレブは気を失ってしまった。
ラフィが周囲を警戒してしばらくするとレブはうっすらと目を開けた。痛みで顔をしかめながら周囲を見回し、視線をラフィに向けた。彼が目を覚ましたとき、まだ不安と混乱が顔に残っていた。
「……なんで助けてくれたんだ?」
ラフィは少し微笑んで答えた。「目の前に助けが必要な人がいたから。それだけよ。」
レブは一瞬ラフィを見つめた後、ゆっくりとため息をつきながら体を起こそうとした。「そうか……でも、俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ。」
「何をしなきゃならないの?」
レブは一瞬躊躇し、重苦しい表情で語り始めた。
「市場で普段通りに買い物をしていたんだ。そしたら突然、傭兵団が現れて市場を荒らし始めたんだ。その時、俺は持っていた銃で抵抗しようとした。でも力及ばず、こうして怪我を負ってしまった。それだけじゃなく、俺にとって大事な銃まで持っていかれてしまったんだ。どうにかして取り返さないと……」
(もしかしたら私が傭兵団を刺激したからここまで捜査に来たのかしら)
そう考えながらラフィは問いかけた。
「その銃、どこにあるの?」
「おそらくここからすぐの第一監視塔だ。傭兵団のあの塔に保管されている。警備も厳しくて、並の人間じゃ近づくのも難しい場所だ。」
ラフィは頷いた。
「なるほどね……私に任せて、レブ。私もあいつらに思うところがあるから。」
レブは驚いた。
「どうしてそこまでしてくれるんだ?」
「別にただで助けるわけじゃないわよ。取り返した暁には、ここを私の隠れ家としても使わせてくれない?」
「それくらいなら、むしろありがたいよ。この場所は一人では広くて寒いと感じていたんだ。」
ラフィは立ち上がり、すぐに準備に取り掛かった。
「それじゃここでしばらく休んでなさい。私が必ず取り返してくるから。」
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