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きゅるりん!山の中腹に住む玉肌の少女

作者: 杉乃中かう

やぁ。

こんにちは。

楽しんでいってね!

 

 ここはカルデラ山脈と呼ばれる山の中腹。

 崖、山、草っ葉が生い茂る自然に囲まれた場所。

 早朝になると崖下にある川から霧が立ち込めて、あたり一面見えなくなっていく。朝日が昇る頃、ようやくうっすらと霧が晴れてきて、流動する霧は雲海の中を泳いでいるようで幻想的光景である。もっともここに住んでいる少女と老人それから1匹の犬そして羊の群れと、鶏どもは慣れ親しんだ光景だろう。昼になると、ポカポカ陽気な天候に恵まれることが多く、今日も快晴になり。夕方は都市部に比べ日没が早く、日が傾く頃には夕飯の支度をし明日に備える。全く夜になる頃には暖炉に火をくべて体を休める。たまに風呂に入れるのは少女にとって嬉しいことだ。


 明日には老人が下山して、都市部に売買しに行くため、老人は寝ている。売るものは都市部では、滅多に手に入らず、逆に山ではよく取れるものだ。


 薬草、上薬草、毒薬草、きのこ、虫、鉱石などがあり、薬草が主な収入源で、他のものについては貴重性が高く、保存などの問題もあって、ごくごく稀の臨時収入になる。薬草なら薬師に鉱石なら買取屋か武器屋に直接売りに行くのだ。


 少女は老人の土産をいつも楽しみにしている。

 前回は本だった。騎士と姫の恋愛物語。幼い頃文字を両親が存命の時に習っていたので、子供にしてはたくさん文字が読めた。識字率が高くなく、もっぱら貴族や商人がこれをしめる。


 少女アリアは明日のことをワクワクしながら眠りにつく。意識を手放す中、どこか遠くの方で遠吠えのようなものが聞こえてきた気がした。


 

ーー翌朝、いつも通り朝日が昇りきらない薄暗い中、少女アリアは目を覚ました。

 もぞもぞと動くだけで、布団の隙間から冷気が忍び込んでくる。

 体を震わせる。生まれて、ここに住んで10年。こればかりは慣れない。

 そう布団の中で格闘しているうちに、少しずつ時が過ぎて行く。時が過ぎれば朝の支度が遅れてその後に続く仕事も順当に遅れる事は間違いない。責任感があるし、しっかり者の少女はがばっと布団をめくり飛び起きる。

 

 「うひゃあ!おはよう!!」


 気合よく部屋どころか、暖炉がある居間にまで聞こえる。

 そこには、いつもの通り笑う老人の姿があった。

 誰にとなく寒さを聞き飛ばそうと叫んだ挨拶によって居間にいた犬は伏せた状態から起き上がった。

 バタバタと着替える。少女アリア。

 少女アリアの部屋のドアがひとりでに開いた。足音立てずに、アリアの足元に犬が来た。


 「ハルーおはよう」


 「ウワンッ」


 ずぶとく勇ましい吠え声。犬はハルーと呼ぶ。


 黒茶色に青一房の髪があり青目が特徴の大型の犬でアリアの腰ほどの体長だ。

 凛々しい顔立ちをしていて、人であればさぞかしかっこいい青年であろう。嬉しさを尻尾を振って表現しているのがアリアはとても可愛らしく感じている。

 アリアは着替えると、自室を出て1階へと降りる。階段をトタタッと軽快な足取りで降りていく。


 二階はアリアの部屋が1つ。一階の間取りは居間、キッチン、トイレ、老人オージの部屋、そして空き部屋は物置と化して存在している。

 この家の外観は四角に三角の屋根をのせたシンプルな家。アリアも不自由なく暮らしている。山岳部に家を建てるのは魔法師に頼み込んで作られていてとても頑丈なのが自慢だ。

 冬の季節になれば天候が大雪であっても三角屋根につもらずにすむ。出入り口の玄関ドアをふさいでしまうほどに雪が積もった時は、薄暗い壁がドアを開けて立ちふさがっているから思わずゾワっとしたものだ。


 「おじいちゃん!おはようっ」


 元気いっぱいの弾んだ声は暖炉そばの安楽椅子に座っている老人オージにあいさつした。

 当人は目を開けて孫娘のアリアに微笑んであいさつを返す。


 「アリアおはよう」


 返ってきたあいさつに満足げな表情をする。

 ニコーッと笑いながら顔洗いに水汲み場へ。暖炉方へするするとアリアのそばをハルーが通るのをはし目に。


 水脈から流れる沢から引いてきた水道の蛇口をひねり、清水を両手おけに顔を洗う。

 透き通った水は冷たい。


 「ひぁっこい!」と思わず呟いた。


 ついでとばかりに清水をガブガブと飲み、いい飲みっぷりのぷはぁと声を上げた。

 ただそれだけのことだがアリアにはどこかおかしくてくすくすとかわいらしい快活な笑顔で笑った。


 パタパタとせわしなくキッチンを行き来して朝食の準備をし、朝食を終えた後、洗濯物に取り掛かる。

 大量の洗濯物。といっても、2人分だが。

 今日も快晴で洗濯日和。

 洗濯をさっと終わらせて、木桶(きおけ)を両手に庭へ出る。

 庭には両端に棒が二本立っており片方の棒につけていた糸をピシッとバッと音立てる。木のハンガーに服を通して糸にかけていく。次々と白赤茶色のあおられる洗濯物を見るのは綺麗なものだ。


 開けっぱにしていた。各部屋のドアや窓を閉めて、これで掃除は終了。もともとものが少ない家だ。風通しをすればホコリやゴミはどこへが行ってくれる。楽ちんだ。拭き掃除は軽くやった。毎日してることだからたまることなくいつも綺麗な自慢の家。

 

 アリアはルンルン気分で動物小屋に行く。

 そう、アリアの祖父オージは朝食を食べて売り物をかついで下山した。アリアの足で都市部まで片道一時間かかる。

 いろいろ物入りなので、1泊してくると言っていたのだから、1人お留守番。

 オージはアリアに"戸締まりをきちんとして早めに羊を小屋に入れて上がりなさい"と言っていた。祖父が孫娘にこのところ山が騒がしく危ないようだからと今回は特に念を押されている。もちろんアリアはオージの言うことに素直に従い、早めに切り上げて早々に寝付く心づもりだ。

 動物小屋につくと、中から2種類の動物の鳴き声が聞こえてくる。

 

ーーケッケッコッコッコッコケーコッコッ

ーーメ〜メ〜


 南京錠を外し、開閉扉を開ける。

 むわっと獣の匂いが流れてくる。ひんやりじめっている空気は外の空気に溶け入る。

 アリアは奥へと歩く。両側に備え付けられた柵の中にいる動物たちに顔を向けて挨拶する。


 「おはよう」


 アリアが一声かけるごとに大合唱。騒がしいけれど、みんな元気いっぱいだとわかる光景が好きだ。それに、健康状態を見れて一石二鳥だ。


 (まぁ、うちの子たちはケガや病気に無縁だけどね)


 奥の方まで行くと、表の会計扉と同じように扉がある。今は開けない。アリアは前にこの扉を開けてあちこちから出る動物たちが騒ぎを起こしてしまった。任されて油断していたときの失敗だ。怒られはしなかったけれども、動物たちを誘導するのはひどく疲れた覚えがアリアにはある。その時のことが脳を散らつきかぶりを振る。

 気分を取り直して、アリアは奥の柵から表の柵へと順番に開けて、動物を外へと追い出す。外へ出れば、誘導柵と放牧犬のハルーが羊の群を誘導するのが見えた。

 ハルーは賢い。1つ吠えれば、羊の群れは、ハルーの思う通りの行動をとる。吠えれば、羊も動くのだから、羊の群れも賢いかも。

 ハルーの仕事っぷりに満足のアリア。若干胸を張って自慢げだ。

 (うちの子かしこい!!)

 ひとしきり草原の様子を見て、もう一つの動物の様子を見ようと集まってる近場まで歩む。


 十数羽の鶏集団がち来い臭っぱあたりをついばんでいた。アリアはそばに寄ってしゃがみ込む。

 鶏はカクカクと首を前後に振って、その場の草の葉に首を突っ込み突く。そして歩いてまたついばむ。その繰り返し。ご飯を食べてるようだ。

 また、他の鶏は草原を見つめていたり、座っていたり、おのおの暖かい太陽の、力強く生きる大地の上で自由を謳歌している。

 この子たちから生まれた卵は今日の朝ご飯に目玉焼きでパンの上に乗っていた。美味しくいただきましたよっとニコニコとアリアは鶏どもを見つめて幸せを感じていた。


 「バァウ!バァウ!」


 突如ハルーの叫ぶ声がした。

 アリアは顔を上げてハルーがいた場所を見た。


 「ハルー?」


 アリアはどうしたのだろうと思いながらも、切迫した吠え声に緊張感が芽生えた。

 アリアには心当たりがあった。

 ハルーが吠え声を今だに続けるのはいつだって()()()が現れた時だったから。

 人や動物、柵が壊れだったら知らせるため音色は優しい。そうではないのならそういうことなのだ。


 とにかくハルーのところへと行かなきゃと吠え声が続く場所へと急ぐ。

 

 颯爽(さっそう)と赤いワンピースをなびかせて走る。女の子ながらにしなやかな素足。山に森に草原にて鍛えられた足はハルーの元へとすぐに駆けつけた。


 「ハルーどうしたの。誰か来た?」


 ハルーは躍動して何かを牽制していた。

 アリアは何が襲来してきたのか、薄々感づいていた。

 違っていたら万々歳なのになぁと思っても、口には出さない。


 アリアが来て、体を動かすのをやめて、遠くの方をにらみつけている。うなり声が口から漏れ出ている。犬歯をむき出しにしたハルーは厳ついが勇ましい。

 アリアはハルーが見ている遠方をたどって見た。


 いた。

 (あいつだ。)


 嫌な予感は当たるらしい。

 昨日の夜も遠吠えを聞いた。

 狼。銀色の狼だ。

 車ほどの岩石に立って、狼はこちらを見ている。うかがっているのか。観察しているのか。そんな目だ。

 おそらく、家にいる執事の群れを食べるためだろう。アリアはすぐさま周囲を見回した。狼は群れで狩りをする。他に狼がいないかと思ったが、どうやらいないらしい。アリアの目は遠くにいる動物の体毛を鮮明に見えるほど視力が高い。それほど自身の目に自信がある。

 視力が高くなければ、羊飼の仕事にさしさわりが出るのだが。


 しかし、やはりと言うべきか、狼は襲ってくる気配がない。本当に伺っているだけだろう。

 アリアは嫌な汗をかく。

 襲ってこないのはいい。この動かない時間がいつまで続くのか、もしや永遠と続くのではないだろうかと思った時、銀狼は視線を切って身体をひるがえした。

 そして、軽々と足場を蹴って、山の方へと去っていった。

 

 「ふぅ〜」


 きつかった。アリアはそう思った。

 何の準備もなしに来て、できることがなく、ただじっとしていただけ。

 ハルーのおかげだ。そう思ってハルーをねぎらおうとしゃがみ込みハルーの体毛に顔を埋める。


 「ハルー大丈夫?ありがとうね」

 (ありがとうハルーあなたのおかげよ)


 何もできなかった。そこは、悔しくない。ただ情けなかった。

 いや、やはり悔しい。


 「バウン、ワン」


 慰めてくれるハルー。

 心が落ち着く。


 羊のどの子も大事な子。捨て命は無い。ハルーも。あと、鶏も。

 勇ましく頼りになるけれど、危険を犯してまで前に出て欲しくないし、ましてや怪我して欲しくない。わがままだろうか。

 ぐるぐると考えが、アリアを支配して延々と不安になりそうだった。


 「ウオンッ」


 横から押し倒された。アリアはキャッと悲鳴を上げた。

 ハルーはそこからアリアに乗っかり顔面をなめる。

 「ハルー!くすぐったいよっ」

 元気のないアリアを元気づけようとハルー目を向けさせる。

 動物は感情に敏感だ。すれ違う犬でもそうなのだから、長年連れ添ったハルーならなおさらだろう。

 ハルーはアリアを悲しませることに心を痛める。

 "大丈夫だアリア元気だせ"と言わんばかりのじゃれつきようだ。吠え声もそんな感じ。

 ハスキー、大型犬がのしかかるのはまぁ重い。

 重さに耐えきれず、アリアはハルーをどかす。

 しっぽを高速振りしているハルーはどこか得意げで、ついでに"遊ぼうぜ"とハルーの顔面がそう言っていた。

 草葉から上半身を上げたアリアはそんなハルーを見て呆れた。それと同時に、多大なる愛と優しさを感じた。

 

 「遊ぶのは羊と鶏を小屋に戻してからね。今日は早めに入れよう。」


 いつもは昼過ぎの暖かさが緩やかに変わる時だが、狼が来て、羊や鶏にストレスがかかっただろうから、早いけども小屋に戻す。

 祖父のオージはいない。無理はしない。


 「よしっじゃぁハルー、羊を追い立てて小屋まで誘導して。私は笛を吹くから。」


 ハルーにそう言ったアリアは重かった腰を上げる。

 そして、笛を鳴らす。


 狼の出現地から最も遠い小屋の近くに羊は固まっていて、その羊たちは笛が鳴るとそれに反応して動いていく。

 羊たちも様子を伺っていたようだった。視線が既にこちらにあった。小さい子羊は足元の葉っぱを食べていたけれど。

 ハルーは走って、1番小屋から遠い羊を追い立てて行った。走りながら吠えて、羊を急かせる。

 いつもはしぶしぶと行動に起こす羊たちだが、今日は素直だった。


 ピュィーピュィー、ウォンウォンと晴天世界にこだまして、羊の群れと鶏どもを小屋に入れた。


 ハルーと遊び尽くして、夕方、夜になり、就寝する頃には、アリアにあった。不安は綺麗さっぱりなくなっていた。


 


 次の日の朝。

 鳥のさえずりに目が覚めた。

 布団から入れる。服を着て窓の外を見て、白い息が窓にかかる。

 窓を開けて、新鮮な空気を吸った。

 いつもなら布団からなかなか離れが硬く、寒さと戯れるのだが、今日はする気が起きなかった。


 「…」


 ぶるっ。


 寒い。

 春過ぎた季節だけれども、山岳部だけあって、早朝は冷たい。

 

 ベッドにかけていたストールを手に取り、ファーを閉め部屋を出た。

 

 アリアは下へ続く。階段を降りる。チクリと、アリアの思考に影が差す。思い出さなかったほうがよかっただろうか。ひどく不安になってしまう。

 おそらく、近いうちに狼が来ると。

 昨日目にした銀狼は知ったはずだ。

 いつもいる祖父オージがいない。いるのは、娘と番犬のハルー。あと羊たちと鶏がいるが、脅威なる存在がいないとわかる。

 

 アリア、銀道について知っている。と貴玉祖父のいるいないにかかわらず、遠くから放牧場を見ていたのを。

 祖父オージが視線をよこすと銀狼はしばらくすると帰っていくのだ。

 

 肉食動物は恐ろしい。


 背の高い草原に身を隠し、気をそらし、ゆったりしてるところに目にも止まらぬ速さで駆けて獲物の急所をがぶりと強靭な力でもって絶命させる。血をしたたらせ、獲物を噛み締めてこちらを見る目は空虚のような深遠に見える。

 

 ……。


 ウォン。


 アリアは、はっとして、現実に振り戻った。


 いつの間にか、居間の暖炉前にいたらしい。そして、震えている自身の手に気づく。

 ハルーはそんなアリアを勇気づけるように額を手に擦り付けていく。ぐるっとアリアの後ろを回り反対側に出るとアリアと目を合わせる。


 (しっかりしなきゃ)


 アリアは膝を落とし、ハルーをぎゅっと抱きしめた。

 (あったかい)


 しばらく、そうして元気付けられると動き始める。

 朝食。

 ジュージュージューと焼いて、パンの表面をカリッと焼く。ソーセージ、目玉焼き、香ばしい香りが居間に漂う。

 鉄のポットで温めたミルクを置いて、一緒に持ってきたぶっ刺したチーズの串を暖炉の火であぶる。


 ジリジリ

 パチパチ

 …。


 とろ〜りチーズの出来上がり。

 食べようと合掌、っとサラダの盛り合わせを持ってくるの忘れていたと、バタバタと取りに行く。

 

 「いただきます。」


 香ばしく焼けたパンにサラダをパラパラっと、マヨネーズをねちゃねちゃとなりつける。ウインナーをポイっポイっとのせてそっと押し付けるように整える。そしてとろーりチーズをかける。

 パンをのせて食べようと思うが、

 (バターぬってない!)ことに気づく。

 ひと手間でもう一段階美味くなるバターぬりを忘れていたアリアは、もうひとつのサラダをのせていたパンに、両面ぬりと同じくらいの量のバターを塗りつけてサンドイッチの出来上がり。

 完璧なサンドイッチでなく不完全なサンドイッチが出来上がったがまぁたまには良いかと、ガブリと頬張って、自画自賛する。

 割と頻発(ひんぱつ)するアリアの不完全サンドイッチ。

 完璧でも不完全でもおいしいものはおいしいのでかまわない。料理がへたではないので食べられる。

 不完全なのはアリアの性格。おっちょこちょい、せっかちさん、おおざっぱそこらへんだろう。

 

 そんなものはどうでもいい。

 最高においしい。

 

 「おいひぃ…」


 リスみたいに頬張っている。

 美少女だからかそんな姿もかわいらしい。


 ハルーは床でこんもりと盛られたハルー専用食をもりもりと食べている。ハルーもハルーで頬に蓄えてがっついている。

 似たもの同士、飼い主に似るというやつだ。


 「ふはぁ」

 

 ミルクを飲めばぽかぽかとお腹があったまる。

 白髭(しろひげ)を生やすのはご愛嬌か。

 本当に美少女だからかそんな姿もかわいらしい。


 もぐもぐ。


 チーズがとろり口元にチーズがついた。

 ペロリ。

 そんな姿も、略……。


 朝食でお腹を満たしたら、洗濯掃除動物の世話と順番に片していく。

 

 動物を外に放つと、ふと、空模様が気になった。

山の天気は変わりやすい。

 ここ最近は晴天だったけれど、今日は午後、もしくはお昼前から天気がくずれそうだ。

 そう思ったアリアは洗濯物をとりこんで、柵や家の周りを見回りすることにした。天気がくずれる前に補修や危険な物がないか点検する。


 (雨漏りとか最悪だったからなぁ)


 そうして家の点検をまず終わらせる。

 見るところといえば、屋根、窓、扉。

 外からと内側から点検して異常なし。

 

 動物たちを見つつ柵の点検をする。

 動物や野良の動物に掘り返されていないか、老朽化してボロくなっていないか壊れていないか浮いていないか。一つ一つ内側外側をぐるっと見て回る。

 

 「よっと」


 浮いている柵があった。土が流れている。

 木槌(きづち)でもって打ち込む。

 周囲から土を寄せて固め盛る。

 

 ドスっと刺さる感覚は一種の爽快感がある。

 「ほっと」

 いくつかの柵を打ち込んでーーー

 

 アウオオオォーーーン


 「!!?」

 

 どこからともなく遠吠えが聞こえてきた。

 いったいどこからだとアリアは景色をくまなく探す。

 二回目、三回目と聞こえてくる。

 

 遠吠えをしているということはその場を動かずにいるはず。


 (いた)


 まだずいぶんと遠くにいた。

 ずっとずっと向こうにいるが、すぐに駆けてこちらに向かってくるだろう。


 銀狼とその群れ。


 見覚えのある銀狼に思わず恐れが湧き上がってくる。

 だが、ハルーが視界に入ってきたことでアリアはするべきことに意識を集中させていく。


 「ハルー!羊を小屋に入れて!」

 「ウォン!!」


 阿吽(あうん)の呼吸と言うべきか、ハルーはアリアの意思を悟ったかのように羊の群れを追い立て

小屋に向かわせる。


 羊の群れはこれでよし。それほど時間をかけずにハルー仕事を果たしてくれる。

 アリアは銀狼の様子をおそるおそるうかがった。


 「いない…どこにいったの?」


 銀狼とその群れはすでにいなかった。

 移動しているのか。

 そう思ったアリアははやる。アリアも鶏を小屋に入れなければならない。近いうちに銀狼の群れは来る。


 アリアは走った。

 口笛を吹き、ニワトリ共を追い立てて小屋に入れていく。

 一部のにわとりは動かなかったが、それを後回しにして得物(えもの)を取りに行く。

 小屋に立てかけてあった自身の背丈ほどある子供用のフォークを持って、また放牧場へと舞い戻る。

 そこへハルーと合流。ちょうど羊たちを小屋に入れ終わったところらしい。


 ふと、空を見上げた。

 暗転している。

 これから起こる出来事を示唆(しさ)しているかのようで心が沈みそうだったけれど、ハルーがいる。羊たちもにわとりたちもいる。守るべきものたちのおかげで私は強いと自身に言い聞かせて、銀狼の群れが来るのを待ち構えた。

 そう、視界に入った。にわとり共と銀狼の群れ同時に見えた。

 

 「あ!!!」


 しまった。


 (にわとりたちを入れてない!)


 つい後回しにしていたにわとり共がいたのをアリアはすっかり忘れていた。


 森から現れた銀狼の群れとにわとりとの距離はちょうどアリアとハルーがいる場所の三角形に近かった。

 後回しにしたツケがここにきた。

 

 銀狼の群れは狙いを定めた。

 各々雄叫びを上げて駆けて行く。

 

 アリアは過去の自分自身の行いなら後悔した。

 横着せずにわとりたちを小屋に入れればよかった。にわとりを入れれば、狙われるものはなく、建物の中に避難してやり過ごせたはず。

 狼を意識しすぎて武器を取ったこと、戦う意識が(あだ)となった。


 狙いはにわとりなのは明白だ。

 ハルーに指示を出し、守ってもらう。


 「ハルーっ、守って!吠えて牽制(けんせい)して!」

 と言うや否や、ハルーは駆け出した。


 ハルーは速い。

 矢のような鋭さで狼をものともせず狼の群れの横っ腹を突こうとした。


 さるも狼たち、脅威になる者の接近を知り、四方に散っていく。

 ハルーはそれを追わず吠えて牽制、失速せずぐるっと回ってにわとりたちの近くにおさまった。

 狼のたちはにわとりを囲むように旋回し、ハルーは前に出て吠えて狼たちの出方を潰していく。


 アリアはそれを見てホッとした。知らず知らずのうちに息が浅くなっていたようだ。

 (ハルーありがとう…。?銀狼はどこ?)


 遠目で見た時にはいた銀狼がいない。

 五匹いる灰色狼。

 今しがた銀狼がいないことに気づいたアリアは周囲を見渡す。


 ここまできてリーダーがいないなんてことはありえない。

 アリアはくまなく探す。

 そしたら、いた。


 灰色狼たちが現れた森のそばに。

 銀狼はこちらの状況を見ていた。状況を俯瞰(ふかん)して見ていたのだ。

 しかし、なぜ銀狼は動かないのだろうとアリアは思った。

 数は力だ。力ある狼だろうことは間違いないし、そうする方が利己で効率がいい。あるとしたら、経験を積ませるためか。


 いや、脅威になる者がいないから来たのだ。であれば、全力を出さずとも狩れると思われているのか。実際そうなのだ祖父オージがいない時を狙って来たのがその証拠。

 アリアは悔しく思った。それと同時に、つけいるすきがあるとも思った。


 アリアはとにかく走った。

 にわとりたちを持ち運ぶために。アリアが動いたが銀狼はピクリとまぶたが動いたが何もしない。

 にわとりを持ち運ぶ。

 いち、二羽二羽と運び動いている最中、ポツンと鼻頭に何かが当たった。


 雨だ。

 小雨。

 パラパラと降ってくる。


 アリアは急がなきゃとはやる気持ちを抑えて、群がる狼の隙間をぬって小屋に急ぎ入れる。

 あと五羽かと内心こぼす。戻ってくると、銀狼が動いていた。銀狼は囲みに混じって遊んでいた。


 ハルーを相手に数を生かして二羽掠め取られていた。

 失敗、そう思った。

 格上だと分かりきっていた。無傷でやり過ごそうとする方が間違いだった。

 すでに犠牲が出ているが、ここからはそうはさせまいとアリアは行動に移った。


 雨はだんだん強くなってくる。アリアはうっとうしく髪をかき上げる。

 そして、小屋から持ってきた道具を点火させた。


 ボッーーー


 松明の火は激しく燃え盛った。

 タールが染み込んだボロボロの布にメラメラと火が存在感を主張する。

 

 原始的火を、皆が注目した。

 

 動物は火を恐れる。染みついた遺伝子的恐怖から逃れられない。


 アリアは火が灯った松明を振り回す。


 「おりゃーー!!しっしっ!」


 ぶんぶんと左右に前、後ろに振る。

 熱いのを我慢して振り回す。冷たくなっていく身体にはちょうどよかった。

 その行動、現象()に、銀狼たちは火がせまってくる場所から飛び跳ねるようにして逃れようとする。けれど、包囲をとかず、離れては近寄りを、繰り返すこととなった。

 

 アリアは今のうちにと、ハルーに目配せしてじりじりと小屋の方へと移っていく。


 雨が降っているが、まだ景色は明るい方だ。

 銀狼たちは諦めない。いくつかの獲物を確保したのだから引いてもいいくらいなのだが、動物の考えることはよくわからない。脅威になる火があるにも関わらず、襲い掛かろうとする狼たちに、アリアは心底わからなかった。

 

 (食べるものがないわけないでしょ。早くどっか行ってよ!)


 押したら引いたり、じりじりと後退するアリアたち。


 しかし、時が来た。


 道具()には寿命があるように、火を灯す松明に寿命がきた。

 じょじょにじょじょに火が小さくなっていく。

 

 あまり使わない松明だ。雨もあった。

 (まずいっ、このままじゃ終わっちゃう。)

 マッチ棒程度の火と変わらない火に焦りをおびていく。

 

 そんなアリアに対し、狼たちはふるった。


 アリアの動揺に隙を見た灰色狼たちは一斉に飛びかかった。銀狼が動かなかったことに不審に思ったアリアだが、目の前にはアリアをふくむにわとりたちを狙った強襲が。

 アリアは燃え尽きた松明を投げつけ、フォークを横薙ぎして寄せ付けさせず、ハルーは吠えて唸る。


 「はぁ、はぁ。(よー、なんとかなったわ。次はどうだろう…)」


 灰色狼の一斉攻撃から守りきった。その後の動きをじっと待つ。

 視界にいる銀狼のようすがおかしいことにアリアは気づいた。


 (どこを見ているの?)

 

 銀狼は明後日の方角を見ていた。そっちは確か街へ続く道がある。

 

 「ヴォン」

 「!!」


 銀狼が吠えた。

 その瞬間、一斉におどりかかった。


 二度目の強襲が来る。


 アリアへ複数の灰色狼が襲いかかった。

 ハルーはアリアを守ろうとアリアの方へ意識を向けた。アリアかにわとりか大切なのはどちらかと問われればハルーはアリアをとる。仕方ないことだ。ハルーの優先順位はアリアが最上位なのだから。

 しかし、それにより、にわとりどもが自由になり、灰色狼は狙いを定めてにわとりの急所を噛みつこうとするーーー


 パアァーンーー


 乾いた甲高い音(銃声)が木霊した。


 パァンパアァンーー


 「!おじいちゃん!!」


 街に行く道に祖父であるオージがいた。


 二度目の銃声で灰色狼たちは銀狼の方へ。


 「…」

 

 銀狼はアリアを見て遠方にてこの場に()せ参じようと走るオージを見た。そして、またアリアを見る。

 アリアは視線を感じとるとその視線を見た。


 「「…」」


 銀狼には人並みの知性があるのではとアリアは思った。

 その目が合う間は束の間の時間。

 銀狼はアリアから視線を外し吠えた。

 くるりと身体をひるがえすと、灰色狼たちを連れて走り出す。

 速い走りに呆気に取られながら狼たちを見送る。


 「無事か。アリア。」

 「うん、おじいちゃん。無事よ、ハルーも。でも、にわとりが何羽か死んじゃったわ…」

 「そうか。供養しなくてはな。雨も本降りだ。風邪をひく前にあたたまろう。」

 「…うん」


 祖父と共に残りのにわとりを小屋に連れていく。

 アリアがちらりと後ろを見た。

 森のそばで銀狼がこちらを見ていた。目が合った。

 それも一瞬、アリアはまだいたことに驚いたが、祖父に尋ねられたが何も言わず室内へ。

 

 銀狼は静かに去っていった。







アリアは国の騎士と結婚し幸せに暮らしましたとさ。めでたし。めでたし。


最後まで読んで頂きありがとうございました。そんな、最後まで読んでくれたあなたに"いいねボタン"を押して欲しいです!

少女アリアを読んだあなたは今年も良い年になーる。なーる!


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