十字路に棲む女霊 6
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十二時過ぎ。
マンションやアパートが建つ閑静な住宅街は、梅雨に入る前の春の残りを楽しんでいるかのごとく、陽光を照り返している。
みんなの図書館もあるこの道は、本来なら気分良く気持ち明るく、そしてほがらかに楽しく通る場所だ。
でも。
俺の心はナメクジ百万匹いるより、ジメッ!としていたりする。
もう踏み入れないようにしよう、と思っていたこの場所にまた来てしまった……。
警戒、警戒……。
ここがもしお店なら、万引きしそうな気弱な男として目をつけられるぐらいに、周囲に目を光らせていたその時。
「オギャアァァァ!!………グヘァァッ……!」
何かが空で叫んだ。
その方を見ようとした刹那だった。
ドスッ!!
「うわっ!!」
俺の目の前に叫び声を上げた主なのだろうか、何か黒い塊が落下してきた。
見ると……。
黒くて艶やかな体。
鳥類or鳥類……。
それはカラスだった。
折りたたんだ羽も体も、ピクリともせず……。
完全に息絶えている。
えぇと……。確か、カラスって自らの死期を察知すると、他の生き物の目にふれないように、山とか深い森でひっそりと死ぬんだよな……。
そんな奴が目の前で、バッタリと死んでいる。
oh………せんしてぃぶ……。
「涼、このミラーだよな」
狭間さんが図書館とアパートの間に設置されているミラーを、ドン!と指を差して言う。
「狭間さんスルーしないで!? 結構な事が起きたよ今!」
俺が悲痛に呼び止める。
すると狭間さんはピクリと片眉を上げながら。
「なんだよ……。そのカラスの事か? 命を全うしたんだろ? 潔いい死に様だぜ」
そんなワケのわからない称賛をして、カラスに手を合わせた。
『なんで普通に見届けてんだよ……』
「だから涼。このミラーなんだよな?」
再度。
カーブミラーをビシッと指で示す。
俺はその方を見れない。見たくない……。
「狭間さん……。それ……。なんとなくですけど、指は差さない方が……」
「ん……? そうか」
少〜し怪訝な顔で狭間さんが指を下ろす。
「そうだ、涼」
「は、はい!?……痛っ!」
俺の首がネチッと筋を違えた音を立てた。
カラスの事もあって、周囲を警戒してる最中に呼ぶから……。
あなたが思ってる以上に、俺はオドオドしてるからね?
「俺に敬語は使わなくていい。依頼人はお前なんだ。俺との間に遠慮や溝が出来たら、解決しにくくなるかもしれねぇからな」
狭間さんがそんな不思議な事を言う。
「え〜……。急にそう言われましても……」
「……っつうか、ちょくちょく言ってるぞ。今もおもいっきりタメ口でツッコミしたろうが……。とにかく今の内に慣れてくれ。ほら、試しに何か言ってみろ」
いきなりそう言われたら、逆にかしこまっちゃうよ?
よし、じゃあ思い切って快活に。
「じゃあ……。うん! 分かったよ! 狭間!」
うん、言った。
「なぁ……。でも流石に呼び捨てはするな。ちょっと入り口開いたら、猛突進で人との距離を詰めて来るんだな、お前って……」
と、窘められた。
えぇぇ……話が違う……。
だって言えって言ったじゃん。
これだから大人が言う、無礼講だのは信用できない。
「じゃあ早速、現場検証だ」
「ゲンバケンショウですか……」
必要ある?
うん、あるよね……。たぶん。
わかってた……。
「お前はその当時、どっちから来てここを通ったんだ? 西か? 東か? 北か?」
「……南なんだけど」
そんなワケないけど、知っててわざと南の方角だけ外したのかと思った。
「そうなのか。そうかバイトの帰りか」
「うん。恵比寿のダイトーって百円ショップで……」
「……お前、家はどこなんだ?」
「あっち。二丁目のアパート……」
「何……?」
指した方を見た狭間さんが、不思議そうな顔をする。
「そのアパートって……。1Kのアパートじゃねぇか? この辺の物件を前に見た事あるからよ……。お前、もしかして一人暮らしなのか」
「うん。両親共、仕事で出張が多くて……。今は旅行中だけど普段からあまり家にいないし。それで俺が自立するついでに……って、ちょっと、どうしたの? 狭間さん」
話している最中に首を折ったように俯いた狭間さん。
何やらブツブツと言っている。
どうしたんだろう、と耳をすませば。
「……負けた……。高校生に……。俺の……生活レベル……高校生より下なのかよ……」
なんて事を言っている。
「狭間さん! 違うから! 俺が用意できた環境じゃないからね」
「あぁ……。そうだな、現実は現実でも仕事は仕事だからな……」
そう言った後、狭間さんは見えない何かを追い払ったようで「あぁ! クソ!」と、踏ん切りを付けて。
「で! 涼。お前はどっちから来たんだ?」
「うん……。だからね、こっち」
再び俺は南側の方を指す。
「あぁ、そうだったな……。この先は……恵比寿か。今回の件とは関係ないが、涼、その方面に行く時は少し気をつけろよ?」
「なんで? あ、交通事故とかなら大丈夫だよ。なんかここしばらく工事してて、車両通行禁止になってるから」
「そうじゃない。この前、ガーデンプレイスで学生が大喧嘩してるの動画で見てな」
「ガーデンプレイスで……。ほんとに?」
「あぁ。一人に対して七、八人が群がってた。その一人に対して複数が殴る蹴るで、もう勝敗は明らかだった……」
「……それはもう、見てられないね」
「そうだよな。そう思うよな。だが、勝ったのはその一人の方だったんだよ」
「……え? ウソ」
「いや、本当だ。俺もヤラセだと思ったんだが、転がってる奴ら血だらけでな……。一人でやったそいつ鬼みてぇな奴でよ。群がって来た奴らに最初は殴られてたんだが、向かってきた奴を一人、一人、確実に仕留めていったんだよ。それで残った複数側の奴ら……三人ぐらいだったか……。その場から逃げ出したんだよ」
「化け物だね……」
「あぁ、もうな、勝つとか負けるとかのレベルじゃなかった。圧倒的でよ。逃げ出した奴の中の一人、追いかけて行った。だから、そっち方面に行く時は気をつけた方がいいぜ? 余計なお世話だろうが」
「……ううん。ありがとう。気をつけ……ます」
実際にそんなのと遭遇したら、気をつけるどころじゃ済まないかもしれない。
「ところで涼。何か変わった様子はあるか?」
「え?」
「”え?”じゃなくてだ。お前の女霊がどっかにいるとか」
「ごめん。今、そういう事を考えないようにしようとしてた……」
「それじゃずっと解決できねぇだろ。何も変化ないのか?」
「えと。………えぇと」
そう言われてもねぇ……。
特に変わった……。
カ……カチ……カチ……カチカチカチ。
「あれ?」
「どうかしたか?」
「あの……。ずっと頭に響いてた、カチカチって音が、今実際に聞こえたような気がして……」
「どの辺りだ?」
狭間さんと周囲を見渡す。
お婆さんが二人……図書館の前を歓談しながら歩いて行く。
いや、違った。片方の人はお婆さんに見えるお爺さんだ。
もしかすると、あの二人が鳴らした音か。
カチカチカチカチ………カチ………カチ。
「違う!」
「なんだ……。違ったのか」
言った狭間さんは力ませた肩を落とす。
「ううん。じゃなくて!」
「なんなんだよ……」
「あっちから聞こえた」
そう言って俺が指したのは、道路を挟んだ対面にある、図書館の壁から少しはみ出した木の枝だった。
もっと効率よく日光をとらえようとして、大木の枝が塀の中から壁の上にまで伸びている。
聞き間違いじゃなければ……。
「あの木の枝辺りから聞こえる……気がする」
「あの木か」
そう確認して図書館の木の方へ向こうとした狭間さんが。
「あ?」
と、途中でその動きを止めた。
図書館の木じゃなく、イヤな方向を見上げて、なんだか少し怖い声を……。
「どうしたの?」
「…………………………いた」
「え?」
「今あのミラーに、女の霊がいたんだよ」
……は? なんで?
「え……だって……中之中高校の学生しか見えないはずじゃ……」
「そのはずだ。なのに……分からねぇ……。なんでだ!?」
明らかに動揺している狭間さんは、キッキッとニワトリのように小刻みに首を動かして、周囲に警戒をはらう。
見ているこっちが、ちょっと引くぐらいに動揺してる……。
「クソッ! マジかっ。ざけんなよ!」
「狭間さんまだ大丈夫だから! 俺が言うのも変だけど、ちょっと落ち着いて!」
「憑かれるのは学生だけだろ……! 俺は安全圏で楽勝だったはずだ!」
「狭間さん! 動揺のあまりに、イヤな本音がだだ漏れしてる!」
「おい……。なんだこいつは……」
「ほんとだ……。ちょっ……」
二人同時に気がついた。
自分達の足元に血痕が、いつの間にか浮かび上がっていた。
血痕は車道まで伸びていて、アスファルトの上に血溜まりが出来上がっている。
「………………こりゃマジでなんかやべぇな……。一旦帰るか、涼」
「さっきと立場が逆になってるよ……。とりあえず、あの木まで行って確認しよう」
なんだろう。
俺、ビクビクしてたはずなんだけど。
隣りで動揺している人を見ていたら、急に”落ち着かなきゃ”って気がしてきた。