表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

十字路に棲む女霊 6

ようこそ起こし下さいました。そしてブックマークして下さった方、ありがとうございます!


 十二時過ぎ。

 マンションやアパートが建つ閑静な住宅街は、梅雨に入る前の春の残りを楽しんでいるかのごとく、陽光を照り返している。

 みんなの図書館もあるこの道は、本来なら気分良く気持ち明るく、そしてほがらかに楽しく通る場所だ。

 

 でも。


 俺の心はナメクジ百万匹いるより、ジメッ!としていたりする。

 もう踏み入れないようにしよう、と思っていたこの場所にまた来てしまった……。

 警戒、警戒……。

 ここがもしお店なら、万引きしそうな気弱な男として目をつけられるぐらいに、周囲に目を光らせていたその時。


「オギャアァァァ!!………グヘァァッ……!」


 何かが空で叫んだ。

 その方を見ようとした刹那だった。


 ドスッ!!


「うわっ!!」


 俺の目の前に叫び声を上げた主なのだろうか、何か黒いカタマリが落下してきた。

 見ると……。

 黒くて艶やかな体。

 鳥類or鳥類……。

 それはカラスだった。

 折りたたんだ羽も体も、ピクリともせず……。

 完全かんっぜんに息絶えている。

 えぇと……。確か、カラスって自らの死期を察知すると、他の生き物の目にふれないように、山とか深い森でひっそりと死ぬんだよな……。

 そんな奴が目の前で、バッタリと死んでいる。

 oh………せんしてぃぶ……。


「涼、このミラーだよな」


 狭間さんが図書館とアパートの間に設置されているミラーを、ドン!と指を差して言う。


「狭間さんスルーしないで!? 結構な事が起きたよ今!」


 俺が悲痛に呼び止める。

 すると狭間さんはピクリと片眉を上げながら。


「なんだよ……。そのカラスの事か? 命をまっとうしたんだろ? いさぎいい死に様だぜ」


 そんなワケのわからない称賛をして、カラスに手を合わせた。


『なんで普通に見届けてんだよ……』


「だから涼。このミラーなんだよな?」


 再度。

 カーブミラーをビシッと指で示す。

 俺はその方を見れない。見たくない……。

 

「狭間さん……。それ……。なんとなくですけど、指は差さない方が……」


「ん……? そうか」


 少〜し怪訝な顔で狭間さんが指を下ろす。


「そうだ、涼」


「は、はい!?……いてっ!」


 俺の首がネチッと筋を違えた音を立てた。

 カラスの事もあって、周囲を警戒してる最中に呼ぶから……。

 あなたが思ってる以上に、俺はオドオドしてるからね?


「俺に敬語は使わなくていい。依頼人はお前なんだ。俺との間に遠慮や溝が出来たら、解決しにくくなるかもしれねぇからな」


 狭間さんがそんな不思議な事を言う。


「え〜……。急にそう言われましても……」


「……っつうか、ちょくちょく言ってるぞ。今もおもいっきりタメ口でツッコミしたろうが……。とにかく今の内に慣れてくれ。ほら、試しに何か言ってみろ」


 いきなりそう言われたら、逆にかしこまっちゃうよ?

 よし、じゃあ思い切って快活に。


「じゃあ……。うん! 分かったよ! 狭間!」


 うん、言った。


「なぁ……。でも流石に呼び捨てはするな。ちょっと入り口開いたら、猛突進で人との距離を詰めて来るんだな、お前って……」


 と、たしなめられた。

 えぇぇ……話が違う……。

 だって言えって言ったじゃん。

 これだから大人が言う、無礼講だのは信用できない。


「じゃあ早速、現場検証だ」


「ゲンバケンショウですか……」


 必要ある?

 うん、あるよね……。たぶん。

 わかってた……。


「お前はその当時、どっちから来てここを通ったんだ? 西か? 東か? 北か?」


「……南なんだけど」


 そんなワケないけど、知っててわざと南の方角だけ外したのかと思った。


「そうなのか。そうかバイトの帰りか」


「うん。恵比寿のダイトーって百円ショップで……」


「……お前、家はどこなんだ?」


「あっち。二丁目のアパート……」


「何……?」


 指した方を見た狭間さんが、不思議そうな顔をする。


「そのアパートって……。1Kのアパートじゃねぇか? この辺の物件を前に見た事あるからよ……。お前、もしかして一人暮らしなのか」


「うん。両親共、仕事で出張が多くて……。今は旅行中だけど普段からあまり家にいないし。それで俺が自立するついでに……って、ちょっと、どうしたの? 狭間さん」


 話している最中に首を折ったようにうつむいた狭間さん。

 何やらブツブツと言っている。

 どうしたんだろう、と耳をすませば。


「……負けた……。高校生に……。俺の……生活レベル……高校生より下なのかよ……」


 なんて事を言っている。


「狭間さん! 違うから! 俺が用意できた環境じゃないからね」


「あぁ……。そうだな、現実は現実でも仕事は仕事だからな……」


 そう言った後、狭間さんは見えない何かを追い払ったようで「あぁ! クソ!」と、踏ん切りを付けて。


「で! 涼。お前はどっちから来たんだ?」


「うん……。だからね、こっち」


 再び俺は南側の方を指す。


「あぁ、そうだったな……。この先は……恵比寿か。今回の件とは関係ないが、涼、その方面に行く時は少し気をつけろよ?」


「なんで? あ、交通事故とかなら大丈夫だよ。なんかここしばらく工事してて、車両通行禁止になってるから」


「そうじゃない。この前、ガーデンプレイスで学生が大喧嘩してるの動画で見てな」

 

「ガーデンプレイスで……。ほんとに?」


「あぁ。一人に対して七、八人が群がってた。その一人に対して複数が殴る蹴るで、もう勝敗は明らかだった……」


「……それはもう、見てられないね」


「そうだよな。そう思うよな。だが、勝ったのはその一人の方だったんだよ」


「……え? ウソ」


「いや、本当だ。俺もヤラセだと思ったんだが、転がってる奴ら血だらけでな……。一人でやったそいつ鬼みてぇな奴でよ。群がって来た奴らに最初は殴られてたんだが、向かってきた奴を一人、一人、確実に仕留めていったんだよ。それで残った複数側の奴ら……三人ぐらいだったか……。その場から逃げ出したんだよ」


「化け物だね……」


「あぁ、もうな、勝つとか負けるとかのレベルじゃなかった。圧倒的でよ。逃げ出した奴の中の一人、追いかけて行った。だから、そっち方面に行く時は気をつけた方がいいぜ? 余計なお世話だろうが」


「……ううん。ありがとう。気をつけ……ます」


 実際にそんなのと遭遇したら、気をつけるどころじゃ済まないかもしれない。


「ところで涼。何か変わった様子はあるか?」


「え?」


「”え?”じゃなくてだ。お前の女霊ストーカーがどっかにいるとか」


「ごめん。今、そういう事を考えないようにしようとしてた……」


「それじゃずっと解決できねぇだろ。何も変化ないのか?」


「えと。………えぇと」


 そう言われてもねぇ……。

 特に変わった……。


 カ……カチ……カチ……カチカチカチ。


「あれ?」


「どうかしたか?」


「あの……。ずっと頭に響いてた、カチカチって音が、今実際に聞こえたような気がして……」


「どの辺りだ?」


 狭間さんと周囲を見渡す。

 お婆さんが二人……図書館の前を歓談しながら歩いて行く。

 いや、違った。片方の人はお婆さんに見えるお爺さんだ。

 もしかすると、あの二人が鳴らした音か。


 カチカチカチカチ………カチ………カチ。


「違う!」


「なんだ……。違ったのか」


 言った狭間さんはりきませた肩を落とす。


「ううん。じゃなくて!」


「なんなんだよ……」


「あっちから聞こえた」


 そう言って俺が指したのは、道路を挟んだ対面にある、図書館の壁から少しはみ出した木の枝だった。

 もっと効率よく日光をとらえようとして、大木たいぼくの枝が塀の中から壁の上にまで伸びている。

 聞き間違いじゃなければ……。


「あの木の枝辺りから聞こえる……気がする」


「あの木か」


 そう確認して図書館の木の方へ向こうとした狭間さんが。


「あ?」


 と、途中でその動きを止めた。

 図書館の木じゃなく、イヤな方向を見上げて、なんだか少し怖い声を……。


「どうしたの?」


「…………………………いた」


「え?」


「今あのミラーに、女の霊がいたんだよ」


 ……は? なんで?


「え……だって……中之中高校ナカコーの学生しか見えないはずじゃ……」


「そのはずだ。なのに……分からねぇ……。なんでだ!?」


 明らかに動揺している狭間さんは、キッキッとニワトリのように小刻みに首を動かして、周囲に警戒をはらう。

 見ているこっちが、ちょっと引くぐらいに動揺してる……。


「クソッ! マジかっ。ざけんなよ!」

 

「狭間さんまだ大丈夫だから! 俺が言うのも変だけど、ちょっと落ち着いて!」


「憑かれるのは学生だけだろ……! 俺は安全圏で楽勝だったはずだ!」


「狭間さん! 動揺のあまりに、イヤな本音がだだ漏れしてる!」


「おい……。なんだこいつは……」


「ほんとだ……。ちょっ……」


 二人同時に気がついた。

 自分達の足元に血痕が、いつの間にか浮かび上がっていた。

 血痕は車道まで伸びていて、アスファルトの上に血溜まりが出来上がっている。


「………………こりゃマジでなんかやべぇな……。一旦帰るか、涼」


「さっきと立場が逆になってるよ……。とりあえず、あの木まで行って確認しよう」


 なんだろう。

 俺、ビクビクしてたはずなんだけど。

 隣りで動揺している人を見ていたら、急に”落ち着かなきゃ”って気がしてきた。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ