十字路に棲む女霊 4
十七歳にもならずに詰んで終わり。
なんて短い人生だったんだろう。
そっか死ぬんだ俺……。
いつかは受け入れなきゃならないけど。
それが今なんだ。
でも、死ぬ前ってもっと騒ぐかと思ってたけど、想像してたよりずっと静かだ。
もう外界の喧騒ですら、くっきりと聞こえる。
遠くで子供達がキャッキャと、はしゃいでいる声がする。
近くに保育園か幼稚園でもあるのだろうか。
いいなぁ……。
楽しそうだなぁ……。
子供達にはこの世が、ネバーランドみたいに感じるんだろうか。
ネバーランドかぁ。
いいなぁ……。行ってみたいなぁ。
「おい…………」
でも、全身が真緑のドレスコードはいただけないなぁ。
あ、でも、空を飛べるのか。
空かぁ……。
いいなぁ……。
ただ空気が薄そうだなぁ……。
でも、きっと食べ物とか腐りにくいんだろうなぁ……。
「おい、大丈夫か? 涎たれそうな顔してるが……。戻って来い、涼」
「なんだか現世から呼び戻す声……。今にも天に召されようとしている俺を――――――」
「召されんな。いいから聞け」
言った狭間さんはノートパソコンをまた机の上に戻す。
「なんですか。だってだって……」
一体、このありさまで何を聞かせようと……。
蜘蛛の糸って何万回読んでも、最後にはブチ切れるんですよ?
カチ……カチカチ………カチ………カチ……。
ほら。またカチカチと、迫ってきてるし。
「軽く嗚咽するな。鬱陶しい……。お前、俺とメッセージ交換してて不思議に思わなかったか?」
「何を不思議に思うんですか。 呪われてる事をですか?」
「そうじゃなくてだ! いくら俺が怪奇現象や、呪いの相談を受けるって看板を出しているからって、話がスムーズに進み過ぎだと思わないか? しかも、いち高校生の話をだ」
「それは……。狭間さんが超絶に暇だったからとかじゃ……」
「……ブン殴るぞ。たとえ暇でもいちいち相手にしてられっかよ。よく見ろ、二日前に俺はコレを見たんだよ」
言って狭間さんはノートパソコンをくるりと回転させて、俺に画面を向けて。
「分かるか? SNSに投稿された書き込みだ。こんなのが投稿されてたの知ってたか?」
と、対面から画面を手で覆うようにして、指し示した。
えぇと……何?
その日の初投稿が……夜、九時二十分。
”ミラーに映ってた。マジか……。本当にいた”
そう呟いている。
え……。昨日の俺と一緒じゃん。
さらにそのすぐ後の十時に。
”ヤバい。頭の中でカチカチ音が鳴ってる……。ついて来た?”
おぉ……やっぱり同じだ。
そして翌日の朝、八時半の投稿分が。
”普通に教室に来たし。見えてるの俺だけ……”
と、なっている。
………って、マジか。
「な? お前だったら分かるんじゃねぇか?この内容」
画面に釘付けとなって怖気を走らせている俺に、狭間さんが立ち上がってそう言うと。
「んで、極めつけがコレだ。まだ消えてなくてよかったぜ」
俺の横に来て、別のウィンドウを開いた。
カーソルを合わせて開いたものは、動画の投稿サイト。
マイチューブのショート動画だった。
タイトルが”この幽霊ってどうすりゃいい?”と書いてある。
「いいか、再生するぜ? お前なら……」
言った狭間さんが動画を再生すると、とある街中の風景が映った。画面が少し揺れているのは、ゆっくり歩きながら携帯で撮影しているのか。
ものすごく見覚えのある風景が流れていくと、やたらと際立つ建物が画面上に現れた。
その建物の玄関先に立つ黒曜石のような壁が、ぬらぬらとした光沢を放っている。
「ここって、中之中高の近く……大使館前……?」
そう訊くと狭間さんは。
「……そうらしいな。で、コレなんだけどよ」
と、大使館の玄関先に立つ、黒い壁を示した。
狭間さんが指すタイミングと、ほぼ同時に撮影者が。
ーーー「……見えてる? コレ……どこで除霊したらいい?」―――
そう実況し始めた。
男の声だ。
声のトーンが小さくて、少し震えている。
なぜ震えながら話すのか、その意味が分かった時、俺は呼吸を止めてしまった。
黒い壁に手形が浮かんでいるのだ。
―――「ちょ……」―――
少し慌てた様子の撮影者が、その石壁から離れようとする。
が、今度はアスファルトに足跡が浮かんだ。
撮影者を追ってるのか。
降り積もった新雪についた足跡のごとく、次々と足跡は出現した。
―――「マジで……昨日より距離近い……」―――
撮影者がそう言った途端に、ガタガタと携帯を揺らす音が聞こえた。
すると、風景がさっきよりも速く流れ出した。
この場から逃げるように、歩くスピードを上げたんだ。
―――「ゲッ……」―――
勢いよく流れ行く風景の中で。
はっきりと俺の目に映った。
地面に女の人の顔……。
両目の無い顔が、何かを叫んでいた……。
そこで映像は、四方八方の景色を映して消えた。
携帯をしまってその場から逃げ去ったようだ。
「こんなにはっきりと映ってる……。なんで騒がれなかったんだろう」
「…………………………………」
鳥肌を立てながら、呟くように俺は狭間さんに訊いた。
そんな俺を狭間さんは黙殺して、代わりに動画のコメント欄をクリックした。
そこには。
”何? 国際問題とか起こす気なのか?”
”残酷だよな……。生まれて初めて石に映る自分を見た。そしてキミという怪物を見てしまったと……。(愛のあるコメントのつもりです)”
”しまった再生に引っかかってしまった……。わかっていたのに……”
などのコメントが並んでいる。
どうにもヤラセだと思われたよう。
「で、改めて聞く。涼には何が見えた?」
画面をホームに戻して、狭間さんが訊く。
「何がって……。おもいっきり見えてたモノですよ? 手形と足跡、それと幽霊の顔が……。顔は一瞬だけでしたけど」
「そうか……」
少しフッと短いため息を鼻でつくと、狭間さんは対面のソファーに戻って。
「そこにコメントしてる奴らは全員、それが見えてないんだよ」
「……………………え?」
「もちろん俺もな。そこに書いてる奴らと同じ気分だ」
「…………………何、え? いや、そんなはず……」
「悪いが本当だ。お前と一緒に見ても、やっぱり見えなかった。おそらくだがこの撮影者は、自分に見えている女霊が他の人間には見えないと知り、動画を撮影して見せようとしたんだろうぜ」
「……それでも誰にも見えなかった。という事ですか」
「あぁ、そういうこった。SNSを見た時、最初は俺もふざけてるだけだと思った。中之中高校で噂になってる怪奇現象に便乗してるだけだってな」
「えぇ」
「だが、その翌日に山川って奴が死んだってニュースだ。それで気になって調べたんだよ。するとこの動画にあたった」
「俺が連絡する前に、狭間さんは調べてたんですか」
狭間さんはコクリと首肯して。
「で、俺の中で繋がったんだよ。SNSとこの動画を撮影した奴がな。これらは両方とも山川が投稿したもんだ」
言いながら狭間さんは、ノートパソコンをパタンと畳む。
やっと分かった。
俺にいつ幽霊を見たのか?と訊いたのは、この山川が投稿した内容と、俺が体験した事の同意点を確認したのだろう。
俺が山川と同じモノに、憑かれているのかを。
「そう……だったんですか……」
「俺もこんな看板出してるからな。いつ関わるとも限らねぇ。もし誰かから依頼が来たら引き受けようと思ってたところへ……だ」
「俺から連絡が来たんですね」
「あぁ、そうだ」
「あの……狭間さん……! 俺はどうすれば助かりますか!?」
俺は中腰になって狭間さんに問いかけた。
山川が残した映像を見て、急に恐ろしくなってきたからだ。
「さぁ、そこだよ」
「はい?」
さて、ここからが本題だ、と言わんばかりに小さく手を叩いた狭間さんは。
「幽霊って、なんでいると思う?」
などと、意表を突く疑問を口にした。
「え……? なんでって言われても……」
そんな事、考えた事もない。
「当て推量でいい。なんでだと思う?」
「えぇと……。怨念……恨みつらみがあるから、とかでしょうか」
「あぁ。それも含めてだ。俺は……」
言って立ち上がった狭間さんは、キッチンの冷蔵庫まで行くとペットボトルのお茶を取り出して、俺の前に差し出してくれ。
「”心残り”があるからだ。と思うんだよ」
と静かに言った。
「心……やり残した事ですか」
「あぁ。誰かに伝えたかった事や、または護りたい近親者がいたり……。それこそ今、涼が言った怨念も含めてだ。俺は当人が心残りにしていたソレを探し当てる事が出来たら、解決できると思っている」
「出来るんでしょうか……」
「出来る出来ないじゃなくてだ。この場合”やるしかない”だ。死にたくねぇだろ? 俺は絶対にお前を見捨てたりしねぇ。約束する。どうだ? 依頼してみるか?」
『そっか……』
狭間さんが自分自身の事を何故”ド素人”と、はっきり言ったのか分かった。
解決できると思ったからなんだ。
自信があるから、ド素人と俺に正直に言ったんだ。
このままだとどうせ俺は、何も出来ないまま死ぬんだろう。
彼女とかも出来ないまま……。
……イヤだ。
絶対に死にたくない。
ド底辺だろうが何だろうが生きたい。
だったらもう……一か八かだ。
『……よろしくお願いします!』
俺は立ち上がって、頭を下げた。
この人に俺の命を賭けさせてもらう。
そんな事を思っている俺を知ってか知らずか、狭間さんは口の端を吊り上げて。
「よっしゃ、契約成立だな。絶対にお前を救ってやる」
と、会ってから初めて優しい顔で微笑した。