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十字路に棲む女霊 3


―――――――――――――◇―――――――――――――


 学校を出て、自転車で渋谷駅へ向かい乗車。乗り換えて地下鉄丸の内線で西新宿。

 出来るだけ何も見ないように意識を集中して、なんとかたどり着いた。


『着いた……けど。本当にここか……?』


 結局、三十分近くかけて狭間さんの事務所がある、とされる建物に到着したが……。

 そこは、少し古い……いや……もはや倒壊寸前のアパートだった。

 木造、二階建て。おそらく築……ウン十年。

 場所は確かに新宿区。

 その西の方に位置する。

 

『なんか、余計に呪われそうだな……』

 

 建物の様子を見て、思わずひるむ。

 そりゃ怯むさ。

 さっきからカリカリコソコソと、シルバニアな……たぶんネズミファミリーが、やっほいやっほいとかなでる音が聞こえるんだもの。


 さっき狭間さんに”イタズラじゃないよな?”と訊かれたが、これは俺の方こそ騙されてやしないか? と疑心暗鬼になる。


『こんな事なら無理矢理にでも、両親について行けばよかった……』


 今、俺の両親は三泊四日の旅行の真っ最中。

 共働きの両親は”たまには”と旅行を計画した。

 別々の会社に勤めているが、有給休暇を同じ日程で調整して会社へ申し出て、今頃はちょっとしたバカンスを楽しんでいる。

 帰ってくるのは明後日だ。

 まさか留守中に息子が呪い殺されようとしているなどと、夢にも思わないだろう。

 

なげいても仕方ない。もうここまで来たんだ、覚悟決めないとな……』


 指定されている号室は二階。

 崩れ落ちそうな戸板を開くと、二階へと続く階段があった。


『……お邪魔します』


 また、この階段もいい感じに朽ちかけている。

 おぉ……。

 スゲェ……。

 人間の体重を支えにくそうな、ミシミシギシギシという低反発の感触と音が、足の裏にしっかりと返ってくる感じだ。


『あはは……帰りてぇ……』

 

 カチ……カチカチ……カチ………カチ……………カチ。


 また時計の音がする。

 ここまでやっぱり憑いて来てるのか……。

 ずっと背筋の体温が、二度、三度、下がる感覚だ。

 

『いや、これは霊じゃない! 俺の足元から鳴る音だ! 多分、動物の骨かなんかが床下で当たっ……!』


 そう自分に言い聞かせようとして止める。


『危ない……危ない……』


 動物の骨が床下になんて、余計に怖い妄想が働きそうだった。

 とにかく、階段を早足で静かに上がった。


『俺はシノビ……。今日の俺は斥候せっこう……』


 そして、ようやく到着。

 うん。間違いなくここだ。

 木のドアに、はめ殺しのすりガラスに黒い字で、”狭間洋介相談事務所”と名があった。

 俺はその玄関先である事に気づいた。


 なんてこった……。

 ドアの横にあるすりガラスの窓が、少しひび割れしてガムテープで補強されている。

 位置からするとキッチンだろうか?

 視線を割れ目に合わせると、向こう側が見えそうだ。

 コレ、すりガラスの意味、無くね?

 

 とりあえず……声をかけるか。いや、まずノックからか。


「今……来たか? 空いてるぜ、入ってくれ」


 部屋の主の方から声がかかった。

 

「はい! 失礼します」


 ドアのノブに手をかけて部屋へ。


「え……」


 内装は外観とかなりのズレがあった。

 フローリングの洋室。

 茶色のサイドテーブルを挟んで、二人が向かい合わせになって座る、足付きの黒いソファーが置かれている。

 

 その一脚に座りテーブルの上でノートパソコンを開いた男の人が、対面に座っている。


『この人が狭間さんか……』


 メッセージをやりとりしたが……。

 ずいぶんとイメージが違っていた。

 黒いスキニーパンツに、ゆったりとしたワイシャツ。

 三十歳手前ぐらいかな。

 まぁ……イケメン……………なのだろう。


 イケメンと断言するのに迷うのが、目がちょっとキツく、野生の狼が攻撃を受けたみたいに、ほんのりと……やさぐれて……いや、生命力が溢れる目力めぢからの強い眼差しをしているからだ。

 

「ボロくて狭いだろ……。驚いたか?」


 ノートパソコンに視線を落としたまま、狭間さんが言う。


「いえ……。室内と外から見たギャップに驚きました」


 耳に入ってきた狭間さんの声……。

 誰かに似ている。

 誰だっけ……この少しハスキーだけど、しっとりとしている……。


「普段なら俺の方から出向くんだけどよ。ちょっと動けない理由があってな……」


「そうなんですか」


 そう言った狭間さんは、手をかぶせているマウスをクリックする。

 

『そうだ分かった。狭間さんの声って』


「狭間さんって、津田健二郎さんに声が似てますね」


「あん? 誰だそいつは。有名人か?」

 

「え、はい。有名な声優さんなんです……」


 しまった。

 津田さん知らないんなら、ちょっと失礼か。


「そっか。いい声だって事だよな? そりゃ褒めてくれてありがとう。靴はそこで脱いで入ってくれるか? スリッパはそこに……」


 よかった。気分は害してないようだ。

 俺を室内へとそう促してくれた狭間さんは、ノートパソコンをテーブルから下ろして横へ退けた。

 そして、空いたテーブルに曲げた両肘をついて、下顎の高さで組んだ両手にコン、とあごを乗せた。

 そして俺をジッと見つめ……、な、なんでしょうか?


「なぁ。俺の部屋に来るまでの間で、ここの住人と会ったか?」


 そう訊いてきた。


「はい? 住んでる人ですか? いえ……会ってませんけど……」

 

「お前……。ここへは一人で来たよな?」


「えぇ……。はい……」


「…………………………」


「…………………………………」


「………………………………………」


「……………………………………………」


 ちょっと狭い部屋で見つめ合ったまま、俺達はひと言も発する事なく……。


 いや。

 ちょっと待て。

 狭間さんが訊いてる内容って、もしかして…………。


「……そっか、分かった。変な事をきいて悪かった」


 突然、腑に落ちた様子で狭間さんは言う……。

 けど!


「ちょっ!! ちょっと待ってください! 何ですか!? 狭間さん、何か見たんですか!? 聞こえたんですか!?」


「シッ! 大きな声出さないでくれ。見りゃ分かるだろぉが、ここの壁は薄いんだよ。住んでる奴ら騒音に敏感なんだ」

 

 人差し指を口に当てて狭間さんは叱責。

 いや、だって……。

 俺は白と黒のツートンカラーのスリッパを借りて、狭間さんの目の前に立った。

 恐怖のあまりに体が勝手に、他人の近くで安心を得ようとしたらしい。


「なんですか? 教えてもらっても怖いでしょうけど、分からないのはもっと怖いです!」


 今度は出来るだけ、声のトーンを落として言うと。


「まぁ、お前は全くデタラメを言ってないって事が、証明されたってだけだ。気にするな」


 なんて嫌な言い方だろう。

 気になるわい。


「脅さないで下さい。泣きますよ? それより、その……早く除霊をお願いします。狭間さんプロなんでしょ? 専門家なんですよね」


「……プロじゃねぇよ」


「はい?」


 フゥゥ……、って鼻でため息をつきながら、なんか言った狭間さんは、さらに。


「専門家でもねぇ、ド素人だよ。ズブズブのな。ここを開業したのも今年の四月だ」


「………………へ?」


 えぇと。

 ちょっと情報が処理しきれない。

 今年の四月って、今が六月だから……えぇと……その……。


「先々月に開業……? え、でも、今まで何かなさってたんですよね? 幽霊絡みとかのオシゴトを……」

 

「いや、全くしてねぇ。でも安心しろ、解決してやるから」


 眼前のペテン師(暫定)が、自信満々にそうキッパリと言う。

 ……ちょっと、この人、何言ってんの?


「……俺、このままだと死ぬっていうのら本当ですよね?」


「あぁ、おそらく間違いねぇ……」


「そっすか……」


 あぁ。

 俺、詰んだ……。

 さようなら、俺の晩御飯達、そして、これまでとこれから出会う人達。

 さらに、苦しくても楽しい俺の未来よ……。

 




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