十字路に棲む女霊 2
SNSの”Z”をやってると書いてある。
そこから俺のアカウント”ryo”からメッセージを送信するか。
けども。この男が邪魔だな。
そう思って顔を上げると、並木の姿はすでに消えていて、他の奴との会話に夢中になっている。
さっき言った「全ての人間は―――」って下りをスルーしたからか。
ちょうど良かった。
メッセージを早速開いて。
”突然すみません。中之中高校の者なんですが、どうにも幽霊に取り憑かれた(?)ようなんです。お話を聞いていただきたいのですが。お願いします”
と、そう打った。
イタズラだと思われないように、細心の注意をはらって打ったつもりだけど……どう伝わるか。
後は今日の授業が終わるまでに返信があれば助かるが……。
と、そう俺が手を合わせる間もなく、ピコンと返信通知が来た。
『早…………!』
このアカウント、ずっと見てたのか?
その返信を開封すると。
”メッセージ見た。イタズラじゃないよな? 本当だったら話を聞く。とりあえず本名と今、何年生かを言ってくれ”
そう書かれている。
少し乱暴な書き方だけど確かな返信だ。
そのメッセージに対して。
”イタズラじゃありません。俺は高二で、名前は山咲 涼と言います”
そう送ると。
”了解した、山咲 涼だな。俺は狭間だ。涼、お前は運がいい。丁度、依頼がないかアカを開いたところだった。どうした? 何が起きてる?”
たまたまタイミングが合ったのか。
良かった。
じゃあ早速、本題に。
”ありがとうございます。今、かなり困惑してて”
”昨日、S区の十字路にいるって幽霊を見ちゃったんです”
”それからずっとどこかで、その幽霊に見られています。俺の中之中高校で噂になってる幽霊なんですが”
”相談できる相手とかいなくて”
そう立て続けに送った。
”分かった、とりあえず落ち着け。噂になってる……か。少しこっちで調べる。その幽霊を見たのは何時頃の話だ”
”見たのは昨日の夜、九時頃です”
”昨夜、九時か。分かった。そのまま少し待っててくれ”
そう返ってきた。
狭間さんのこの返信に少し違和感を感じた。
俺が幽霊を見た時間を何故聞いてきたのだろうと。
まぁいいか。同じ時刻で他に誰か見ているか調べるのに必要なのかもしれない。
とりあえず、俺の不安と真実味は伝わったはず。
そう思っておこう。
クラス内は普段の装いだ。
誰かと誰かが絶え間なく、会話を弾ませている。
その空気が、隣のクラスにいた同級生が亡くなった事から、なんとか意識を逸らしているように見えてしまう。
そんな普段と少し違う朝の光景は、どうにもボーっと見ている俺にとって気分が落ち着かないものがあった。
狭間さんがいつ連絡くれるか、分からない。
それまでこのヤキモキした気分でいなければならないのか……。
気を揉みながら、携帯をあてもなくいじるのは、こんなに楽しくないものか……。
スマホが映した時刻は、早くも八時二十分となっている。
マズい。
言ってる間に、もうすぐHRが始まりそうだ。
かなりそわそわしていると、狭間さんからのメッセージ通知が来た。
この人、本当に早いな……。
メッセージを開くとこう書かれていた。
”昨日死者が出てるな。山川って奴か?自宅マンションの階段から転落して死亡か……。いいか涼? 落ち着いて聞いてくれよ? 俺の推測が正しければ、だな。お前はかなりマズい最悪の状況だ。単刀直入に言うとお前はーーー”
その後に続く文面に血の気が引いた。
現実を突きつけられて、心の逃げ場を無くされた気分だ。
それでもなお。
『ウソでしょ……? そんな事起きないでしょ……』
狭間さんの言葉を受け入れきれずに、そう心の中でウジウジと抗おうとする俺がいる。
狭間さんが告げたのは。
”ーーーおそらく三十時間前後で殺される。今からでもすぐに手を打たねぇと、だ”
俺が死ぬまでのカウントダウン。
そうバッサリと書いている。そして狭間さんはさらにもう一通のメッセージを届けてきた。
”本気で解決したいなら、今すぐに俺の元まで来てくれ。会って話しをして依頼をするかしないかは考えてくれりゃいい”
”解決できるんですか!?”
まさか解決できると思わなかった俺は、狭間さんが提示した”解決”の言葉に食いついて返信した。
”もちろんだ。解決して欲しいからメッセージを送ってきたんだろ? 公開してあるが念の為に住所を書いておくぞ。 場所は新宿区の……”
そう丁寧に書いてくれた住所を見ると隣の区だ。
近くで良かった。事務所の営業場所とか何も考えずに送ってたな……俺。
ここなら電車で乗り換え含めても、二十分もかからないだろう。
ただ、こういう特殊な仕事の人って依頼料、結構するよな……。
となればメッセージを……。
”今すぐですか。じゃあ学校早退して行きます。ですが、あの高校生なんで……依頼料とか不安なんですが……”
そう送ると。
”お前、もしかして……取り憑かれて呪われてるクセに、普通に学校に行ってんのかよ……。いい根性してるなぁ……オイ。あぁ、依頼料の事は任せろ。考えてやるからよ。待ってるぜ”
と、返信されてきた。
”呪われてるクセに”って……。
だって、家で一人でいると余計に怖いから、集団に紛れたかったんだ!
ただ……そうは決めても……。
『しかし……早退か……』
まだ授業は始まっていないから、早退というより欠席扱いになるだけだ。
ただ、そのことをアレに伝えなければいけないのが、かなり億劫。
そう思ってたら、前のドアから一人の男性教師が入ってきた。
常に人を見下す態度を崩さない、内面にコンプレックスの塊のようなものを感じる、ウチの担任の真元。
最近、何やら自然環境保全だの、やれ健康思考だのと、謳っているらしい。
今日も銀のスクエア型の眼鏡が一層、この男の冷たさをそそり立たせている。
今日に限って一時限目が、なぜ数学IIの真元なのだ。
ちょっと気が重い。
けども……うわ……。
その真元が行こうとしている教卓の前に、一瞬だけ赤い姿の幽霊が見えた。
別種類の緊張をしていたから油断していた。
今からそこへ行かなければならないのに……。
いや……。
怖がってなどいられない。
この呪いを狭間さんって人に、解いてもらうのだから。
俺は立ち上がって、真元に向かって行った。
そんな俺を見て、真元は煩わしそうに「なんだ……」と俺を見る。
「先生、すみません。今朝から風邪気味で、これぐらいなら大丈夫だと思ったんですが、どうしても体調が悪いみたいなので帰らせて下さい」
そう言った俺の体は、本当に体調が悪くなったように震えている。
複雑な緊張と恐怖心が混ざって、俺の体を揺らしているんだ。
「なんだそれは。なぁ山咲、お前は馬鹿なのか? どうしてそんな体で学校へ来たんだ」
そう言われて「それが……」と弁解を一瞬だけ考えたが、本当の事を言えず。
「来たら体調も回復するだろう、と思ったんですが……」
と、そう言うと。
「他の者にお前の病原菌が感染するリスクは考えなかったのか? 全く……これだから底辺のクズは理解し難い……」
コイツ……。
眼鏡を掛け直す、その指を折ってやりたい。
「いいかお前達? 先ほど出て行った、あの藤巻やこの山咲みたいな行動は慎め! 甘くは無いんだ。この世の中はな」
そう、調教師さながらに教室を睥睨した真元は。
「もういい。さっさと帰れ」
と、言うと真元は振り返り俺に背を向けて、黒板にチョークで数式を書き出した。
振り返る際、誰にも聞こえない声で真元は「ゴミが……」と呟いたのを俺の耳に入った。
『ゴミはお前みたいな大人だよ……』
その真元に俺も背を向けて、自分の机に掛けてあるザックを取ると素早く教室を後にした。
あぁ……………………腹立つ。
真元は他人との話し方、特に歳下に対する口の利き方についての手本には全くならない。
クソ……。
血が沸騰しそうなほどイライラしていると、俺の携帯にメッセージが届いた。
また狭間さんからの追加メッセージか?
そう思って開くと、並木からだった。
『なんだよアイツ……』と、開いてみると。
”いまだ!”
”戻って来て真元をブン殴れ!!”
”そして君は今日、英雄になるのだ!!”
などと連発してきた。
『ポプラって……よく分からない……』
並木の書いてある事に、ニヤニヤしながら俺は。
”その役、お前に譲るよ。ありがとな”
と、返信した。