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十字路に棲む女霊 1


「ねぇ、隣のクラスの山川君。あの十字路の幽霊に昨夜殺されたらしいよ」


 六月半ばの水曜日。

 俺が教室で少し怯えていると、クラスの古谷ふるやさんという女の子が、教室へ入って来た岸川きしがわさんという女の子にそう告げた。

 岸川さんは赤い服を着た女の人を同伴している。


「え……なにそれ。山川君死んじゃったの?」


 立ち止まった岸川さんは、おうむ返しをした。


「そうみたい。キッシー、去年同じクラスだったよね?」


「……うん」


 元クラスメイトの訃報に、岸川キッシーさんは言葉を無くした。


「これで三人目よ、この半月で。おかしいよね」


「……先生達はどう思ってるのかな」


『もう三人目か……。やっぱりただ事じゃないな……』


 中之中高校の近くの十字路には、女性の幽霊が潜んでいると、噂が噂を呼んでいる。

 中にはもちろん、とりとめもないでっち上げの噂もあって、やれその十字路で首をつっただの、事故で下半身を失った女性がいるだの、DVDをダビングすれば助かるだの、多々あるが。


「山川君、ずっと赤い服着た女が見えるって言ってたらしいよ。誰も信じなかったみたいだけど」


「そう……なんだ……」


「そうなの。女の人がそこにいるって、ずっと言ってたらしいんだけど、同じクラスの子、先生やSNSの人も信用しなかったらしいのよ。それで昨夜……」


「もう……怖いよ……やめよう? ね? ナズ」


 青い表情をした岸川さんは、古谷さんのあだ名であるナズと呼び止める。

 古谷ふるや 奈沙なずなでナズ。

 うん、分かりやすい。

 この古谷なずさんは、今気になる事は絶対に言葉にせねば気が済まない性分なのだ。

 という事を今、はっきりと知った。

 

「どうして? もっとはっきり言っていかないと、私達も危ういかもよ? 学校に動いてもらわなきゃ」


「まぁ……、うん。そうなんだけど……」


 古谷さんが言う噂のその十字路は俺にとって、学校とバイト先の百円均一ショップと、家を結んでいる小径こみちにあたる。


 カチ……カチ……カチカチカチ……カチ…カチ………。


「で、山川君ね。女の人が見えるって事と、あと気になる事を言ってたみたいなんだけど……」


「何? どんな事……?」


 古谷さんの声量が徐々に大きくなっている。

 教室の皆が自分の話に耳を傾けていると気づいて、気分を良くしているらしい。


「時計の針の音が、ずっと聞こえてたんだって。一日中……」


 古谷さんが口に手を当てがって小声で話す素振りをするが、決してその声は小さくはなかった。


 カチカチ……カチカチ……カチカチカチ…………。


「そんなのずっと聞こえてたらおかしくなっちゃうよね……」


 岸川さんはそう言うと視線をどこか遠くへ投げた。

 なるほど。

 二人の会話で一つ、やっと受け入れる事が出来た。

 

 うん。そうか。

 

 俺。

 

 呪われてるわコレ。


 昨日、学校帰りに直接バイトに行って、その帰りに件の十字路を通った。

 バイトで疲れた事もあって、ぼんやりと帰り道を辿っていた。

 その時だった。

 気がつけばその十字路に差し掛かっていた俺は、そういえばこのカーブミラーって……、と女の人の幽霊の話を思い出した。

 不思議な感覚だった。

 ただのカーブミラーなのに、目が合ったと感じた。

 そしてよくよく見ると、ミラーの真ん中に自転車にまたがった俺が映っていて、端の方に女の人が映っているのが見えた。

 一瞬だった。ストロボを焚いたような瞬きの間だった。

 だけどもその一瞬が余計に印象的で、脳裏に焼きつくには充分だった。

 その女の人は赤い服を着ていた。

 目が合った、という感覚を確かに覚えたはずだったが、その女性の両目が見えなかった。

 なのに。

 俺を確実に見ている、この女の人は俺の事が見えているんだ、という実感だけがあった。


『いや見てない違う、気のせいだ……!』

 

 俺は強く自分にそう言い聞かせて、その場を去った。

 そんな翌日にまさかクラスメイトの噂話で、答え合わせをする事になるなんて思わなかった。

 そう分かった途端に怖くなってきた。

 ずっとこれは気のせいと目を逸らして来たが、急に現実味が増した。

 これは誰かに相談せねば……。


「でね? 山川君って……」


 なおも古谷さんの話は続いている。

 岸田さんはもちろん、徐々に周囲の人達も少しうんざりとしたらしく、各々の雑談に戻り教室は普段のざわめきを取り戻した――――――のはずが。

 古谷さんを残して、教室がシンと静かになった。

 どうしたんだ、と俺が思っているとその理由がすぐに判明した。

 教室の一番奥の席にいる藤巻が、いつの間にか立ち上がっていたからだ。

 結構な荒くれ者で滅多に喋らない藤巻。

 そんな藤巻が、突如として椅子を蹴った。

 ガコン!と、教室に鳴り響いた音に古谷さんが「きゃっ!」と、軽く悲鳴を上げた。

 

 水滴がしたたり落ちる音さえ聞こえそうなほど、教室内は静まり返った。


「……いい加減にしろよ」


 藤巻はうつむいて、誰に言うともなくうなった。

 対象者は歴然だが……。


「えと……あの……」


 なんとか言葉を絞り出そうとしている古谷さんは、ひどく怯えた顔をして目を泳がせている。

 この間、ほんの数十秒のはず。

 そんな僅かな時間のはずが、すごく長く感じる。

 

「チッ……」


 舌打ちをした藤巻は、カバンも持たずに着の身着のままで、そのまま教室を出て行ってしまった。

 お帰りになられたのか。


 そういえば、彼、藤巻がマトモにおかばんを持っているところを見た事がないな。

 そんな藤巻の姿が消えても誰も会話をする事もなく、何かの様子を伺っているようだ。

 

『そうか……。藤巻の足音が確実に遠ざかって行くのを聞いているのか……』


 藤巻が出て行った教室の入り口を、俺も横目で見る。

 

「……!」


 つい気を抜いていた。

 危うくワケの分からない言葉を口にするところだった。

 藤巻が出て行った教室の出入り口付近で、俺に真っ直ぐ顔を向けている女霊の姿が見えてしまった。


 本当に確実に俺、呪わてるんだ、という事実を再確認させられた。


「怖ぇ……アイツ……」


 男子の誰かがボソッと言った。

 その一言に、クラス内の連中がクスクスと笑い始める。

 嫌な笑い方じゃなく、皆、なんとかこの場を安心できる空気に変えようとする、ほのかな笑い声だ。


「ごめんね、私のせいで……」


 古谷さんがまず目の前にいる、岸田キッシーさんにそう言った。


「ううん、気にする事ないよ。ちょっと藤巻君、機嫌が悪かったんじゃない?」


 岸田さんがニコリと微笑んで、小首を傾けた。


「アイツ……。山川と、もしかして仲良かったのかな?」


 そう誰かに訊くように呟いたのは、”ド”がつくほどの草食系男子の並木だ。

 並木は誰に呟いたのか。

 奴の声がする方を向くと。


「え? イヤ、知らんけど。ナゼオレニキク……ポプラよ」


 その相手は俺だった。

 俺が座っている右後ろに、眼鏡の痩せた男、並木は立っていた。

 並木コイツはその名からポプラ並木を連想するという事で、ポプラとあだ名が付けられている。

 

 ……というのは本人に対する建前だ。


 実はポプラの木は”根が浅い”という事を誰かが知っていて、それでそのあだ名となったらしい。

 それを本人には伝えていない。

 知らぬが……という事もある。


 そんな軽く見られている彼、並木にも最大の長所がある。


 それは運動神経がほぼゼロに等しいという点だ。

 スポーツがまるで出来ない。

 そんな所が俺と同じで馬が合った。


「だよなぁ。ザッキーは前に ”……うるせぇ” って言われてたもんなぁ……。安定の雑魚スモールフィッシュ扱い……」


「……それが言いたかったのかよ」


 並木は俺の事を山咲ザッキーと呼ぶ。

 この男が言っているのは少し前の事。

 藤巻がどうにも他校の奴らとトラブルになり、殴り合いの喧嘩となったらしい。

 それが学校にまで知られて、彼は三日間の停学となった。

 その停学明けに登校して来た藤巻に、「おかえり」と微笑みながら俺は言った。

 すると少し顔をらした藤巻は「……うるせぇよ」と、俺に唸った。

 結構、悲しかったがその時は、彼のツンデレと思う事にした。

 いや……っていうか、並木ポプラを相手にしてる場合じゃなかった。

 呪われてる事を誰かに相談……。

 えーと……。

 相談出来そうな相手を探して周囲を見回すが、答えはすぐに出た。


”無理”と。


 まず、信用されない。

 それに解決方なんて、誰も知るよしもないだろう。

 じゃあ、どうするか。


『そうか……。スマホで……』


 幽霊、呪い、解決依頼。

 そのワードで検索をかけた。

 

『え、いるじゃん……』


 ヒットしてしまった。

 まずそんな事をする人がいる事に俺は驚いた。


「何調べてんの?」


 真ん前に立つポプラが携帯を覗いてきた。


「いや、もし心霊現象とか起こったら、解決する人がいるのかなぁ、って思ってな」


「……全ての人間は、生まれてきた時になんらかの呪いを受けてるもんだよ」


 ……何言ってんだコイツ。

 いや、だから並木を相手にしてる場合じゃない。

”俺いまカッコイイ事を言った”と、まぶしい顔をしているこの男はスルーして、検索結果に戻る。


 〇〇協会とか並ぶ中で、目を引く事務所があった。

 狭間洋介相談事務所、と個人名を全面的に打ち出した相談所だ。


”呪い、怪奇現象でお困りの方。相談相手のいない方

 まずはメール、SNS、電話でご相談を”


 と、書いてある。

 野菜でも個人名を書いている方が、信頼できる気がする。

 ここに相談させてもらおう。



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