表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうも、観測者Aです  作者: 漣
9歳2ヶ月
8/11

配下1号 ~Side:魔王~


《お前はここを動くな。絶対に意識を手放すなよ》



 バルコニーで座らせたガキに俺はそう伝えて屋敷の中へ戻った。

 この雨の中、いつの間にか侵入していた何者かの存在を見極めなきゃいけない。

 魔物除けも人除けもしているこの地帯に一体どうやって入り込んだんだか。



(高位の神官か何かか?)



 だが、何の目的で?

 さっきガキの体を使って上ってきた階段を今度は下りて、俺は1階を確認していく。

 玄関ホールには誰もいない。食堂室にも誰もいない。続く厨房にもいない。



(入れ違ったか?)



 反対側に位置する応接室に向かいながらそう考えていると、丁度そこから出てくる人影を見付けた。

 黒に近い深みがかった青の髪に、やや吊り上がった目。歳は……20代前半、ってとこか。スラっとして見えるが、なかなか筋肉質だ。

 見た目は神官じゃなくて騎士そのもの。



(……ん?)



 その男が背負っている大剣の鞘、そこに刻まれている1つの紋章に違和感。

 あれは確か――。



(だが何故、あいつがそれを?)



 ちょっと観察してみるか。

 器のない今の俺の姿は向こうから見えない。この男が何を目的としているのか、それを知るために俺は後をつけた。

 1階を全て見て回ったらしいこの男が次に向かったのは2階。

 ふと、寝室のバルコニーで待たせているガキの姿が過ったが、男の行き先が反対方向だと分かって少し、ほんの少しだけほっとした。



 男は客間を1室1室確認していく。

 装飾品や引き出しを漁らないところを見るに、窃盗が目的ではなさそうだな。

 こんな広い屋敷に人がいないことを不審がっているのか辺りに視線を向けては眉を寄せている。無理もない。

 無人の屋敷の中がこんなに綺麗に保たれているわけないからな。使用人が何人かいると思われたって不思議じゃない。



 “魔王のくせに配下が1人もいないぼっちの自称魔王様が悪いんだ”



 数十分前にクソガキに言われた言葉を思い出して俺は内心で舌打ちを零す。

 悪かったなぼっちで。

 俺がそう毒づいている間にも男は屋敷の中を徘徊していく。今まで何も漁ろうとしなかったそいつが、書斎に入った時、初めて行動を起こした。

 分厚い魔導書を本棚から引っ張り出して開こうとしている。けど、残念。



(開けないんだよな。俺“達”以外には)



 力づくで開けようとしている男を見て俺は鼻で笑う。

 けど、これで何となくこいつの目的が分かった。

 俺は今まで何度も魔物や人間にやってきたように、男の体の中に入り込んだ。

 ビクッ、と男の体が強張る。俺が中に入り込むと入り込まれた生物の体は、あのクソガキを除いて必ず金縛りにあったように動かなくなる。これが拒絶反応の初期症状。



「な、んだっ……?」



 男は動かない自分の体に戸惑ってひどく動揺している。これもいつもの反応。

 俺は嘲笑うようにそんなこいつに語りかけた。



《人様の屋敷に勝手に侵入しておいて何だ、はないだろう》



 男は息を吞んだ。

 俺の姿でも探そうとしているのか視線を右へ左へ、下へ上へと彷徨わせている。

 必死に動かそうと、支配権を奪おうと力を入れているのか体が小刻みに震え出した。

 俺は気にせずに語りかけ続ける。



《300年前に滅びた王国の騎士様がうちに何の用だ?》


「――っ!?」



 信じられない、という感じで目を見開く男。そこまで驚くことでもないだろう。

 こいつの体が内側にいる俺という存在に耐えられなくなって鼻や耳、目から血を流し始める。両手の爪も音を立てて割れていく。

 せり上がってきた血を口から吐き出しながら、男は俺に向かって言ってきた。



「ごふっ……。あ、あんたがっ……“黒の賢者”か?」



 問われた言葉に俺が何かしらの返事を返す前に、男の体が壊れた。

 腹が、胸が爆ぜて、内側から大量の血と臓物が辺りに散らばった。男の体が仰向けに倒れる前に俺はこいつの体から出て、目をかっぴらいて床に沈んでいくこいつを見下ろした。



 (あ、畜生。本にまで血がついちまった)



 いくら綺麗に保つ魔法がかけてあるとはいえ、汚れたら汚れたで嫌なんだよな。 

 今の俺が自分の肉体を持っていたら、肩を落としてため息をついているところだ。だけどその肉体はここにはない。



(早く、何とかしないとな)



 あのクソガキを使って、早く――。

 そうするためにはあのガキを何とかして生かし続けないと。栄養のある食い物を与えないと終わる。

 けど、今のあいつの体力じゃ街にも行けない。それ以前に、このまま雨が降り続けると本当に餓死させちまう。

 気ばかりを焦らせながら、俺は寝室のバルコニーに待たせているガキのもとへ戻るため書斎を後に……



「ぐっ……がはっ……」



 後にしようとして、声と一緒に気配を感じて止まった。

 床に飛び散っていた臓物がうねうねと動いて、元に、男の体に戻ろうとしているのが見えて振り返る。

 常人ならそこで腰を抜かして驚いていただろうな。

 今、正に、内側から爆ぜて壊れた男の体がみるみると再生していくところだった。

 痛みにもがき苦しみながら男がゆっくりと身を起こす。まったく……



《死んだふりでもして逃げればいいものを》



 こっちはそのために出て行こうとしてやったってのに……もう起き上がるなんてバカにもほどがある。

 男は荒い呼吸を繰り返しながら俺の姿を探そうとまた辺りに視線を向け始める。



「正体を……見せろ……!」


《お前には絶対に見えないよ》



 なんせ肉体がないからな。

 それを知る由もない男は「くっ」って悔しそうに顔を歪ませる。男前が台無しだぞ。



「危害を、加えるつもりは……ない。ゴホッ、ハァハァ……俺はっ、“黒の賢者”に聞きたいことが……、頼みが、あって……ここに来た」


《その“黒の賢者”が、何でお前のその願いに応える必要がある?なぁ、勝手に入り込んできた不法侵入者さんよ》


「っ……」



 言い返す言葉もないんだろう。黙り込む男に俺は内心でため息を吐く。



(付き合いきれないな)



 俺は今度こそ書斎を後にした。

 そんな俺の気配がなくなったのを感じ取ったのかもしれない。男が「待ってくれ!」と叫んで、書斎から飛び出してくる。



「俺に、出来ることなら……何でも、するっ……!だから、どうか……どうか!」


《呪いを解いてくれ、って?》


「!!」



 きっと、続く言葉を言い当てられたことに驚いたんだろう。男はまた目を見開いてその場に硬直した。

 300年前に滅びた国。そこに住んでいた人間ごと、他国に移り住んでいた人間ごと例外なく滅びた国に、生き残りなんているわけがない。

 もしいたとするなら、そいつはもう人間じゃない。

 歳もとらず、死なない化物。不老不死、それがこの騎士の正体だ。そんな化物だからこそ、この地帯に、この屋敷に侵入出来た。



「解いてくれ、とまでは……言わない。せめて、解き方を教えてほしい」



 呪いの解き方、か。

 何としてでもこの男を生かそうとする、重過ぎる愛。そんな傲慢な呪いを解く方法は1つだけ。だがそれは、こいつにもこの俺にも絶対に出来ない方法だ。

 それをそのまま正直に答えて、こいつを絶望させてやってもいいんだが……



(使えるものは使わないとな)



 俺はフッ、とほくそ笑む。



《何でもする、その言葉に二言はないな?》


「!……当然だ」


《それがたとえ、お前の理に――騎士道に反することでも?》



 そう問いかけると、ぐっ、と男は堪えるように歯を食い縛った。

 300年前に滅びたっていうのに、まだこいつは当時の隊服を、国の紋章が刻まれた大剣を背負っている。

 それら全てを投げ捨てでも、お前はお前の望みを叶えたいのか?



 数十秒、あるいは数分の長い長い間があった。

 苦渋に顔を歪める男がやっと口を開く。



「この呪いが……必ず解けるのであれば、俺は……貴方に従おう」



 そう言ってこいつは跪く。

 今の俺に肉体があったら、さぞ邪悪な笑顔を浮かべていたことだろう。読まれる表情がなくて良かった。



《お前、名前は?》


「――ヴィヴィアン」


《ならヴィヴィアン、契約だ》



 俺は再びヴィヴィアンと名乗った男の体の中に入り込む。



《第一に、お前はこれから、俺の依代となる人間を決して死なせずに生かし続けること。第二に、俺の命令に背かないこと》



 拒絶反応でまた男の体が壊れていったが、俺は気にせずに語り続けた。



《俺の目的が達せられるその時までこれら2つを守り続ければ、お前にかけられている呪いの解き方を教えてやる》


「しょ……ぅぐっ……承知、した……」


《よし。契約の証を刻んでやろう》



 証の紋を何にしようかと考えていたら、こいつの大剣に刻まれた国紋が思い浮かんだ。

 国花の白いフィーニルから生まれた3つの雫、か。



(となると、刻むべきは……)



 俺は男の右手の甲にその紋を――黒く枯れ落ちたフィーニルの花を刻んだ。

 それはすぐに肌に染み込むように消えていく。

 契約完了。これでもうこいつは俺に逆らえない。




 ヴィヴィアンと名乗った男はまた拒絶反応を起こして、今度はうつ伏せに倒れ込んだ。

 俺はそんなこいつの体から抜け出して、バルコニーで待たせているガキの下へ向かう。



(あいつ、ちゃんと大人しくしているんだろうな)



 寝室に入って、そのままバルコニーに出てみると、自分の膝に顔を埋めて縮こまっているガキが見えた。

 おい、こいつ……寝ようとしてないか?

 俺は即座にガキの体に入り込む。



《意識を手放すな、って言っただろ》



 そう語りかけたら、このガキは盛大に肩を跳ね上げた。

 いつもみたいに何か言い返してくると思ったら、いつまで経ってもガキは何も言ってこない。



《あぁ》



 そうか。俺が喋るなよって言ったからか。

 へぇ、案外律儀なんだな。

 ほんの少し感心しながら、「もう喋っていいぞ」と伝えたら、返ってきたのは思ってもいなかった言葉。



「とりあえずお風呂入りたい!」


《開口一番がそれかよ……》



 今の俺に肉体があったら、がくっ、と肩を落としているところだぞ。

 やっぱりこいつは普通のガキじゃないな。言動が斜め上過ぎる。



《もっと色々あるだろ?どんな奴が入ってきてたんだ、とか。終わったってどういうことだ、とか》


「あ、僕そういう面倒事は関わりたくないからいいです」



 はっきりとした拒絶。いっそ清々しいな。

 いくら関わりたくないとはいえ、普通は知りたくなるものだろう?

 どうしてこいつはこんなに我関せずでいられるんだ。

 俺がそんなことを考えている間にも、ガキは立ち上がって外套についた雨粒を払って部屋の中に入っていく。

 そのまま暖炉に火をつけて、浴室に行って浴槽に湯を張って……って、本当に温まってくつろぐ気満々かよ。


 暖炉の前で一息つくこいつに声をかけようとしたら、ぐぅ~とデカい腹の音が鳴った。

 そういえば何も食わせてなかったな。

 嘆くようにガキは「うぅ~……」と唸って、部屋を出る。風呂に入る前に蜂蜜でも食うつもりかもしれない。その足が厨房へ向かおうとして――止まった。



 見付けちまったんだよ。

 廊下の奥に血溜まりをつくって倒れているあの男の姿を。



「何あれ。……あれが侵入者?」



 ようやく聞く気になったか。俺は「そうだ」と答えておく。

 その時、倒れている男の体がピクッと動いた。

 あれだけ血を流している人間が生きているなんて思わなかった――いいや、思えなかったんだろう。ガキは警戒心をむき出しにして1歩後退った。

 それとほぼ同じタイミングで男の体が動き出す。



《起きたみたいだな》



 ガキがまた1歩後退る。

 男が肩で息をしながら、咳と一緒に血を吐き出しながら身を起こす。

 ガキがまたまた1歩後退る。

 視界の端で動いたこいつを捉えたんだろう。男がこのガキの方を向いた。その口が動く。



「子供……?そうか、お前が……」



 ああ、そうだよ。こいつが俺が生かし続けろと言った人間だ。

 ガキは起き上がった男を呆然と見つめていた。

 そんなガキに俺は言う。



《こいつが今日から俺の配下になった“ヴィヴィアン”だ!》



 さんざん配下がいないだとか、ぼっちだって言われ続けたからな。もう2度とバカにさせないぞ。

 まぁ、このガキのことだからまた生意気なことを言ってくるんだろう。

 そう思っていたからだ。その次の瞬間に起こったことに俺は何も反応出来なかった。



「!おい、お前……大丈夫か?」



 どこか焦ったようなヴィヴィアンの声。

 それが聞こえた瞬間、視界が一回転。ぐらりと揺れる体。いや、違う。これは俺の体じゃない。この体の本当の持ち主は――



《“――”!?しっかりしろ!》



 俺の声は届かない。

 ぐるぐる回っていた視界が明滅し、黒一色に塗り潰された。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ