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どうも、観測者Aです  作者: 漣
9歳2ヶ月
4/12

片腕のおじさん

 “僕”、没入。

 思い出すのは2年前の記憶。……そっか、もう2年経つんだ。


 僕があの片腕のおじさんと出逢ったのは7歳になってすぐの暑い日だった。


 病と飢え、腐臭が蔓延する貧民街。毎日ってわけじゃないけど、外を歩けば死体の1つや2つ見付けることが出来る。

 そして、僕等貧しい人間はその死体から服だとか、使えそうなものを奪っていく。どこぞの羅生門だね。悪いと分かっていても、生きるためにはそうするしかないってやつ。


 その日も僕は下町の方にゴミを漁りに出かけていて、残飯だとか、汚れたり、破れたりして捨てられていた服とかいった戦利品を家に持ち帰る途中だった。

 暑くて暑くて、このままじゃ前世の知識の中にある熱中症っていう症状になっちゃう、ってことを考えながら、なるべく日陰の多いところ、そして人気のないところを通って帰ってたんだ。

 人に会ったら戦利品を奪われるし、人――主に子供から奪ったもので生き永らえようとする大人も多くいたからね。毎日、周りを警戒しながら時間をかけて家に帰るしかなかった。

 前後左右を確認して1歩1歩。次の曲がり角を曲がって……って時に、ソレはやって来た。



 前世の知識の中にある曲がり角でドンッ、てやつ。

 ただ、ぶつかったのは人間じゃなかった。180cmはあるんじゃないかっていう木偶人形が飛び出してきて、驚きに声を上げる間もなく下敷きにされた。

 あ、これ死んだ。って本気で思ったね。だって打ちどころが悪くて気絶したもん。




――――

――――――

――――――――




「いやぁ、悪いことをした。すまんかったな」



 目を覚ました僕の前にいたのは、そう言って申し訳なさそうに謝る無精ひげを生やした片腕のおじさんだった。

 場所は分からない。さっきまでいた屋外じゃなくて木造の屋内だった。僕が寝かされていたのも、木で出来たベッド。

 だから僕はすぐに起き上って、傍に置いてあった僕の戦利品が無事かどうか確認した。……取られてはない、と。

 次におじさんを警戒。

 右腕のないおじさんとは言え、僕より大分大きい。自分の父親よりも大きいから、襲われたらひとたまりもないことは分かった。



「ここ、何処」



 警戒しながら言う僕に、おじさんは何もしないよ、とばかりに左手を上げた。



「ここはおじさんの住処だ」


「答えになってない」


「アッハッハ、そりゃそうだ。ちんまいのにしっかりしてるな。正しくは、貧民街の外れのおじさんの住処だ、怪しい場所じゃない」


「おじさんは何。新参者?」


「また小難しい言葉を……。そうだな。つい先日、この貧民街に堕ちてきた」



 貧民街に堕ちてきた。

 破産したとか罪を犯して逃げてきた犯罪者とか、色々なことがあって貧民街の外からやって来た人達が言う言葉。ここが、最底辺のどん底だと思ってる無知な人間が使う言葉。

 それ以上そのおじさんと話したくなくて、僕は早々に出入り口を探した。



「そ。で、どこから出られるの?帰りたいんだけど」


「ふむ。おじさんが何をしてた人間かとか、何で堕ちてきたか、とか聞かないのか?何で右腕がないの?とか」


「興味ない。おじさんみたいな人、この街には何人、何十人もいる。いちいち気にしてられない」



 この街に来て日も浅いからだろう。

 前にいたところの道徳とか、倫理観からこのおじさんは倒れた僕から戦利品を奪わなかった。そして、自分の住処で手当てした。

 連れ込まれた理由は分かった。そのことから子供相手に殺人とか強盗とかをする人間ではないことも分かった。だから興味がない。

 おじさんはそこで納得したように頷いた。



「それもそうか。だが、自分にぶつかって来たあの巨人は何だったんだ、とかは思わないのか?」


「人形遊びが趣味の変なおじさん、としか思わない」


「おっと、とんでもない偏見が生まれていたか。あれは違うぞ、あれはな――」


「帰りたいんだけど」



 話が長くなりそうなのを察知して、僕はさっき言った言葉を繰り返した。

 出鼻をくじかれたことでおじさんが何かしょんぼんりしてたけど、気にならなかったし、気にしなかった。



「もっとおじさんに興味を持ってくれてもいいだろう……」



 なんてぶつぶつ呟きながら、おじさんが木の壁に左手を触れた。

 途端、何もなかったところに木のドアが出来て、僕は目を見開いた。……何、今の。



「ほら、出口だ。ここから外に出られる」


「今の……魔法?」


「ああ、そうだ。おじさんは、樹属性持ちだからな。こんな家も建てられる」


「!!」



 ここは魔法で建てた家!?魔法ってそんなことも出来るの?

 部屋中を見回す僕にどこか誇らし気におじさんが言ってきた。



「どうだ。おじさんに興味が湧いただろう」


「ううん、全然」


「全然かぁ……」


「ねぇ、おじさんは僕をケガさせたよね?」


「ん?そうだな。それに関しては申し訳ないことをしたと本気で思っている」


「なら慰謝料を請求します」


「何だって!?」



 子供の僕からそんな言葉が出て来るとは思っていなかったのかもしれない。おじさんは盛大に驚いた。

 だけど、すぐに「いや、そうだな」って呟き始めた。



「そう言われてもしょうがない。だがなぁ、金なんてないし……食べられそうな植物もまだ育てられていなくて――」


「そんなのいらない。魔法について教えてくれるだけでいいよ」



 僕がそう言ったら、おじさんは目を瞬かせてまじまじと僕の顔を見てきた。

 「何?」って言って首を傾げたら、おじさんがへらりと笑った。



「いや、何……お前さん、素直じゃないって言われないか?」


「言われないね。僕はいつも素直で、自分の欲望に忠実だから」



 そう返したら、おじさんは「そうか、そうか」って笑い出した。ちょっとイラッ。

 慰謝料なんて口にせずに、素直に教えて下さいってお願いすればいいものを、とか思われてたのかもしれない。

 そんなお願いが簡単に聞き入れてもらえる程、この貧民街っていう場所は優しくない。そんな場所で生きていた僕は、等価交換やギブ&テイクっていうやり方でしか人にものを頼めない。



「魔法について、か。お前さん、文字の読み書きは?」


「……ゴミ箱から新聞を拾って、読もうとは、した。文字が読める大人に、聞きもした。文字を書く練習も、一応した。けど、読むのも、書くのも……完璧じゃない」


「いやいや、十分大したもんだろう。お前さんみたいな小さい子供は1日1日を生き抜くだけでも大変だろうに。よく頑張ったな」



 目線を合わせてそう言われたもんだから僕はビックリした。

 初めて、今世で初めて人から褒められたんだ。よく分からない感情が胸の中に溢れて、涙腺が緩んだ。唇を噛み締めて、下を向くことで何とか耐えた。

 出会ってすぐのよく知りもしない人間に、そんな簡単に弱い姿は晒せない。

 頑張った、なんて、過去形で終わらせちゃいけない。だって僕はこれからもこの貧民街で頑張り続けなきゃいけないんだから。



「僕は、まだ頑張れるよ」



 まるで、ムキになった子供だ。

 吐き捨てるようにそう言った僕に、おじさんはちょっと面を食らったみたいだった。

 だけどすぐに穏やかに微笑んで「そうか」って口にした。



「なら、今日はどうする?このまま帰るか?少しだけ勉強してから帰るか?」


「……勉強する。よろしくご指導ご鞭撻下さい」


「お前さん、本当に子供か?」



 前世で26年生きてきた影響ですね、とか頭に過ったけど言わなかった。言っても信じてもらえないか驚かれるだけだもんね。

 まぁ、とにもかくにも、そのおじさんのおかげで文字の読み書きを初め、魔法の簡単な知識を得ることが出来たってわけ。

 なんて説明を黙って聞いていた自称魔王様が初めて言葉を返してくる。



《……そのおっさんはお前を助けなかったのか?》


「え?」


《父親に暴力をふるわれていたんだろう?》


「あー……。お互い自分の素性とかどういう生活をしてた、してるは言ってなかったからね」


《だが、痣や傷が増えれば気付くはずだ》



 そりゃ気付かれてたさ。その度に誤魔化した。転んだ、ゴミを漁ってたら下町の大人に怒られて殴られた、とか言ってね。

 誤魔化しきれてはいなかったと思う。だけどおじさんはそんな僕の思いを汲んで、誤魔化されたふりを続けてくれた。

 僕が、1度も助けを求めなかったから。



「求めていない助けは重荷になるだけだ」


《そう伝えたのか》


「うん。おじさん、優しいから泣きそうな顔してたよ」



 思い出したら今でもちょっと笑えちゃう。



《どうしてお前は助けを求めなかった》


「……どうしてだろうね。あんなんでも父親だと思ってたからなのか、父親の食い残しが少しでもないと生きられないと思ったからか、そのどっちでもない別の理由からか」



 答えは今でも出せないまま。

 だけど、分かっていることが1つある。



「うん、同情されたくない、可哀想だって思われたくない――って思いも強かったのかもしれない。僕の人生を勝手に他人に悲観されたくない、それに尽きるかな?」


《なら今も、そのおっさんはお前のために気付いていないフリを続けているってことか》


「死んだよ」


《は……?》


「出逢って半年経つか経たないかってぐらいに、元々患ってた病気で死んじゃった」



 父親よりも大きい体をしてたけど、元々体の強い人じゃなかった。

 飲み食いした時に胸を押さえてることが何度かあったから気にはしてたんだ。だけどおじさんは笑って大丈夫、って答えるだけ。

 医者なんて貧民街にいないし、いたとしてもお金がないと診てもらえない。

 僕は得意の樹の魔法で売れる道具とか作って、お金を貯めて診てもらった方がいい、とも言った。

 けどその病の進行度は想像以上に早かった。

 自分の魔法で育てた食べ物を飲み込めないからって僕に全部くれた程に。



《――魔法で育てた?》


「そうだよ。じゃがいもとか人参とか」


《それをお前に?》


「うん」


《……なるほど》



 何がなるほど、なんだろう?とか思ってたら、「道理でな」ってボソッと呟いたような魔王様の言葉が頭に響いた、気がした。……どういう意味?

 僕がそのことについて尋ねる前に、魔王様の言葉が続く。



《で、無残に病気で死んでったと》


「全然無惨じゃないよ」



 癇に障る言い方に僕はちょっとムッとなる。

 おじさんの最期は、とても――



「立派だった」



 起き上がるのもしんどいだろうに。声を出すにも、掠れて喉が痛んだだろうに。

 それでも心配はかけまいと、僕に最後のお別れをしてくれた。





“――悪い、な。おじさんは、これからっ……遠い、遠いところに、行く、から……今日で、お別れだ”


“お前さんは……出来る、だけっ……ゆっくり、立ち止まりながら、来るん、だぞ……”


“どうか……俺の、ことは……探して、くれるな……”





「立派だったんだ」



 だから僕は、祈ることしか出来なかった。

 おじさんが苦しまず、眠るように穏やかに逝けますように――って。



《……やっぱりお前は嘘吐きだな》


「え?」


《お前が助けを求めなかったのは、そのおっさんの病があったからだろ》


「……魔王様がそう思いたいならそう思えばいいんじゃない?」



 答えは、出さなくていい。永遠に――

 誤魔化すように僕は軽口をたたく。



「でも、いいの?魔王様、そんなに根掘り葉掘り僕の話聞いちゃって。情が湧いたりしたら人間なんて滅ぼせなくなるよ」


《お前程度が俺に影響を与えられると?》


「アハハ、思わない。じゃあ、そんな子供の質問を公平に1個答えてもらっていい?」


《内容による》


「じゃあちょっと考える」



 この家があるってことは魔王様って元人間なの?とか、今の魔王様ってどういう状況なの?とか。

 聞きたいことは色々ある。勿論これは魔王様に興味があって、っていう意味ではない。僕がこの先生きる上で知っておくと便利、っていうか得だなと思うからっていうだけの話。

 どんな質問だったら答えてもらえるだろう、って考えること数十秒。僕は1つの質問を口にした。



「魔王様って人間について、どこまで知ってるの?」



 人間の良いところとか、悪いところの全部を見聞きして出した結論が、人類を滅亡させることなの?っていう質問。

 その意図は多分、気付けてもらえたと思う。

 けど返事は返ってこない。色々、考えを巡らせてるのかな?…まぁ、そうだよね。今のは意地悪な質問だ。魔王様の返事によっては、別の疑問が解消出来るかもしれないし。



《お前よりかは人間も、世界も見てきたつもりだ。何てったって魔王だからな》



 お、それは良い返し。

 魔王だから、って一言で年齢も分からなくなったぞ。



「そんな魔王様も僕の体を使わないと人類を滅亡させられない、と」


《お前は何か?俺を言い負かさないと気が済まないのか?》


「目の前で魔物が爆ぜる瞬間を見させられたんだよ?しかも、血とか内臓とか体中にかけられて。逆に何でそれだけで僕の気が済むと思うの?」



 そう伝えれば、押し黙るように魔王様の言葉が頭に響かなくなった。

 納得してもらえたようで何より。

 内心で僕がガッツポーズを決めて「よっしゃ、勝った!」って叫んだのは言うまでもない――なんてね。



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