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どうも、観測者Aです  作者: 漣
9歳2ヶ月
2/11

遭遇、のち邂逅

 “僕”覚醒。

 目を開けて真っ先に飛び込んで来たのは、どこまでも青い空だった。……どゆこと?

 僕は頭をフル回転させる。

 えーっと、確か、僕は変態に買われて、コロシアムみたいなリングの上で魔物と対峙していたはず。

 僕の記憶が正しければ、あれは地下だったはず。



 何で僕、こんな外で仰向けに倒れてるの?

 他の子供達は?

 あれから何分、何時間経った?



 疑問だらけ。

 とりあえず僕は体に異常がないか確認してみる。まずは手を前に突き出して開いたり、閉じたり。よし、動く。視界も良好。



「ぁ……あーあーあー」



 声も出る。耳も聞こえる。

 嗅覚、も問題なさそう。体中にこびり付いた魔物の血液。それに混じってる鉄の臭いを感じられる。

 次に僕は、起き上がって今自分がいる場所がどこなのか確認した。

 僕が仰向けに倒れていたのは砂利の上。視線を右に移せば川が見えた。左は林……っていうか森?かな。

 どこにも誰もいない。



 「ん~?」



 意味が分からなくて首を捻る。

 僕、もしかして瞬間移動とか、空間移動っていうテレポーテーションでもしたのかな?

 それとも、あのコロシアムにいた生き残りの観客だか誰かが、気絶した僕を攫った?

 攫われたっていう方が現実的で納得も出来るんだけど……何のために?



「意味分かんない……」



 考えるのが嫌になって僕はまた砂利の上に寝転ぶ。

 そしたらお腹がぐぅ~って鳴って空腹を告げてくる。こんな時でもお腹は減るんだね。

 川に入って魚を獲る?森に入って山菜とかキノコでも探す?



「無理」



 そんな体力ない。

 まぁいいかな。このまま死んでも。

 魔物に食べられて死ぬより、飢えで死んだ方が万倍も良い。このまま目を閉じて、眠るように――



《なんだまだ寝てるのか》



 ……なんかまた頭に声が響いた気がしたけど、気にしない。

 死んだふりならぬ寝たふりでやり過ごそう。



《それならそれで好都合》



 次の瞬間、僕の体が硬直した。金縛りにでもあったみたいに、体が動かせない。

 と思ったら、ぐんっ!と何かに引っ張られるように上半身が無理矢理起こされる。

 驚いた僕は目を開ける。目の前には何も、誰もいない。

 混乱している間にも僕の体が勝手に動く。ううん、勝手に動かされる。

 立ち上がって、川に向かって足が動く。



 え、待って待って。



「身投げは嫌だぁ……!」



 溺死なんて苦しい死に方は絶対に嫌!って体に力を入れる。

 そしたら勝手に動かされてた足が止まった。



《やっと見付けた動かせる体を誰が殺すか》



 また頭の中に声が響く。



「何?誰ぇ?」



 リングの上で僕に話しかけて?きた魔物は爆ぜて死んだはずだから、この声はあの魔物じゃないはずだ。

 だからきっと別の魔物だと思うんだけど…。かろうじて動かせる視界を辺りに彷徨わせてもやっぱりどこにも何もいない。

 また足が川に向かって動かされる。僕の意思を無視して、何かに――操られているかのように?



《力を抜け。血や臓物で汚れている体を洗うだけだ》


「そ、そんなのっ、自分で、出来るしっ!」


《ならやれ》


「え……わぁっ!?」



 まるで自分の体を何かに手放されたような感覚。

 自分で動かせなかった体が急に返ってきて、僕はその場で前のめりに倒れ込んだ。

 咄嗟に両手をつけたから良かったけど、砂利が皮膚に食い込んで痛かった。



「何なの……」


《さっさと体を洗え。かなり臭うはずだ》


「君は何!どこの誰!?」



 好き勝手やられてさすがの僕も怒ったよ。

 叩き付けるようにそう言ったら、数秒考え込むような間があった。



《俺はまぁあれだな。“魔王”ってやつだ》



 まおう……?

 それってゲームとか、マンガとか、アニメとか小説とかに出て来るあの魔王?

 魔物だとか悪魔の王?



「頭があるのか知らないけど、頭大丈夫?」


《よし。とりあえずお前が生意気なクソガキだっていうことは分かった》



 また勝手に、今度は右手が動かされてそのまま僕の頬を引っ張ってきた。……地味に痛い。



《今、お前の体は俺の支配下にある。これ以上勝手に動かされたくなければ、言われた通り行動しろ》


「……ここまで連れて来たのは君?今みたいに、体を勝手に動かして?」


《ああ、そうだ》


「…………」



 そんなことが出来る存在を僕はあのリングの上で見た。



「君は、あの魔物を殺した――あの場所にいた観客を殺して回ったあの黒い靄?」


《そうだ》



 頬を引っ張っていた僕の手が下ろされる。

 自称魔王様が言った言葉を僕は頭の中で反芻させた。

 最初、この魔王様は僕の体を〈やっと見付けた動かせる体〉と言った。

 それはつまり、人間全てを自分の思いのままに動かせるわけじゃない、ってことを意味する。そして、動かせる人間はかなりレアってことだ。

 なら、あの魔物みたいに内側から体を爆発させられて殺されることはない…よね、多分。

 他に気になる単語は“俺の支配下”かな。

 あの黒い靄は死んだ魔物から出てきた。寄生してた、ってことだ。そしてその寄生先は今、僕になっている。“僕”の中に、あの黒い靄がいる。



「っ……」



 想像すると気持ち悪いな。

 とりあえず今はこの自称魔王様の機嫌を損ねないように川に入っておく。

 流れはあまり強くない、穏やかで静かな川。水は透き通っていて、川底にある石だとか水草がよく見えた。中に入るほど水深が深い。

 今が夏だったら水に浸かっても気持ち良いって感じたかもね。残念なことに今は秋。冷たい川の水に僕は身を震わせる。



《頭まで浸かれ》



 その命令口調に軽くイラッとくる。



「元はと言えば君が僕の前であの魔物を殺すのが悪いんだ」


《殺していない。拒絶反応を起こして勝手に壊れただけだ》


「君が寄生してたからでしょ。世で人はそれを殺したって言うんだよ」


《だが、俺がそうしていなければあの場でお前は死んでいた》


「僕は……それでも良かった」



 息を深く吸い込んで、鼻を右手で抓んで僕は水の中に潜る。

 やっぱり耳から声を拾ってるわけじゃないんだね。《何故?》って頭の中に自称魔王様の言葉が響いてくる。

 空いてる左手で頭をわしゃわしゃ掻いて、頭だとか髪についてる汚れを落としていく。

 そのまま浮上。鼻から右手を放して頭を犬みたいにぶるぶる振る。……だいぶ伸びたな。



《死にたがりというわけではないだろう》



 また頭に声が響く。

 その話、まだ続けなきゃダメ?

 内心でため息を吐いて、僕は返事を待っている自称魔王様に答える。



「生きてたってどうしようもない。帰る場所も、生きるために必要なお金も、生きる目標も、夢も、何もない。だったらもう、ずっと眠っていたい」


《なら、それでいいじゃないか》


「?」


《お前はこれからずっと眠っていればいい。その間、俺がお前の体を使ってやる》



 何言ってんだ、こいつ。っていう言葉を何とか僕は飲み込んだ。

 川から上がってボロ切れ同然の服を絞る。



「因みに、なんだけど……僕の体を使って君は何をするの?」


《最終的に人類を滅亡させる》



 なんていうテンプレ回答だ。

 今感じた寒気は川から上がって体が冷えたからだと思いたい。

 最終的にっていうことは、そこに到達するためのステップ的な、通過点的なものも存在するんだろうね。そして、その人類の中には間違いなく僕も含まれている。



「……具体的にどうやって滅ぼすの?」


《方法は色々ある。魔導兵器を使ったり、人類に害となる細菌を世界中に蔓延させたり、国同士で戦争を起こさせて自滅させたり…どの手を使うかはその時の気分次第だな》


「とても僕の体を使って出来ることとは思えないんだけど」



 僕がそう言ったら、自称魔王様がくつくつ笑ったような気がした。……感じ悪っ。

 どうやら自称魔王様は僕の素朴な疑問に答える気はないらしい。まぁそれならそれで構わない。こんな変な奴に関わる必要はない。



「僕は君に体なんて使わせないよ」


《ずっと眠っていたいんだろう?ならいいじゃないか。お前の意識が戻らないように配慮はしてやる》



 配慮、とは。

 要は僕の肉体は生かして精神は殺す、って言ってるようなもんじゃない?

 なんか会話するのも、付き合うのも面倒になってきたな。僕はため息を吐く。



「あのさぁ、自称魔王様」


《自称を付けるな、自称を》


「好き勝手言ってくれてるけど君は今、僕の体に住まわせてもらってる立場だっていうこと忘れてない?」



 そう問いかければ、頭の中に響いていた自称魔王様の声がピタリと止んだ。

 数秒の沈黙の後、ちょっと不安そうな自称魔王様の声が響いてくる。



《……何が言いたい》


「お金払ってもらえる?」


《がめついクソガキめ》


「でも逆らえないでしょ?だって、自称魔王様が使える人間は今のところ僕だけ。しかも、さっきの意識云々の話から僕の体が生きていないと使えない、ってことでしょ?」



 自称魔王様は答えない。きっと、僕が言おうとしていることが分かってるんだ。

 それに気付かないフリをして言葉を続ける。



「僕はこのまま自分を殺したって構わないんだよ」


《……欲しいのは金だけか?》


「衣食住も提供してもらえると嬉しいな」


《そしたら体を寄越すと?》


「うん、気が向いたら使わせてあげる。でも、僕が嫌だと思ったことはさせない」


《クソガキがっ。ずっと眠っていたいっていうのは嘘か》



 自称魔王様、ご立腹。

 別に嘘をついたわけでも、騙そうとしたわけでもない。だからここは正直に答えておく。



「嘘じゃないよ。ただ、死にたがりっていうわけでも、自分の人生に絶望してるわけでもないってだけ」



 生きる希望っていうのかな?それか一筋の光明?が見えたらそりゃあ迷わず縋りますよ、人間だもの。

 とか考えてたらまた急に右手が動かされた。

 なんか、僕の頭を殴ろうとしてきたから、ふざけんな止めろって思って右手を止めようとしたら止まった。

 うんうん、なるほど。体の支配権はやっぱり宿主である僕の方が上なのか。



「他に使える体を探した方がその……人類滅亡だっけ?それも早く出来ると思うよ」



 少なからず存在する良心から言ってあげたんだけど、自称魔王様からは何も返ってこない。

 諦めたのかな?



《…………クソガキが》



 ボソッと呟くように響いてきた言葉。え、なんか拗ねてる?

 この自称魔王様、前世の“あたし”がゲームだとか漫画で見てきた“魔王”とはちょっと違うね。凄く人間臭い。

 僕に話しかけてこないで、勝手に僕の体を動かせば色々出来ただろうに。まぁ、そんなこと思ってても口にしないんだけどね。もっと拗ねそうだし。



「えっと……交渉成立ってことでいい?」


《今この時をもってお前は魔王の敵となった》



 そんな敵も殺さないなんて魔王様は寛大ですね。

 なんてことを言っても良かったけどこれ以上煽るべきじゃないか、って思って飲み込んだ。自称とは言え相手は“魔王”だからね。



「じゃあ、これからよろしくね。自称魔王様」



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