下:報復と再出発を、貴方と
2週間後、夜会当日。令嬢たちの目には、とある男性2人の姿が。
「あの人たち、凄く素敵ね!何処の家の人かしら?」
「待って、あの新緑色の髪・・・まさか、ダイアン・グリッド?」
「まさか!彼は公で婚約破棄された悪人で、もう半年以上もこういった場所に姿を見せてないじゃない」
「シーッ!アンタ達、ダイアン・グリッドの噂はそこまでにしときなさい。彼の隣にいる人が、誰か分かってるの!?
布や服の商売じゃ右に出る家はないビルバース公爵家の出身で、王家にも衣服を献上しているオルガモット・ビルバース様よ!!」
令嬢たちの囁き声が聞こえたのか、クルリとそこに視線を向けたオルガ。彼女たちにフフッと柔らかな笑みを向ければ、彼女たちは一気に虜になったらしい。ぽぉっと顔を赤らめていた。凄いサービス精神だなぁと、ダイアンは目を丸くする。
オルガの出自を最初聞いたときは、とにかく驚いた。ビルバース公爵の庶子として産まれ、母方が代々取り組んでいた衣服製作に携わってきた彼。男として産まれたが女性の振るまいをしていて「気味が悪い」、服作りの道に進み脚光を浴びれば「庶子のくせに」と心ない言葉を受けつつも、彼はずっと自分らしく振る舞ってきたのだ。公爵家の中では立場が低いものの、彼の服は貴族にも好評で、王太子の服作りもしたことがある。
「隠してたつもりはなかったんだけど・・・貴族社会で傷付いた貴方に、無理に気負いしてほしくなかったから。でもこういう場は慣れてるの、自分の服も自分で作っちゃうし。似合ってるわよ、貴方の服も」
その言葉の通り、オルガは勿論、ダイアンはオルガが作った立派な衣服に身を包んでいる。落ち着きのある上質な衣服で、胸元には彼の好きな花を模した紋章。ボロボロの衣服で弱々しい姿を思い描いていた彼らは、想像と違う姿に戸惑った顔をしていた。が、公爵家との繋がり欲しさか、すぐに挨拶に行く。
「まぁダイアン!隣にいるのは、ビルバース公爵家の方?」
隣に婚約者である伯爵令息ベルトがいるにも関わらず、オルガにキャッキャと話しかける、常識知らずな娘。グリッド男爵も「ビルバース公爵の方ですか、これはこれは!愚息が申し訳ありません」と、下心丸見えのへりくだった態度。半年前には捨てたというのに、この変わり様だ。
ダイアンは1歩前に出た。オルガも言ってやれというような顔で、彼の言葉を待つ。すぅと大きく息を吸い、目の前にいる彼らに告げる。
「今日来たのは他でもない。アデット・フリルとグリッド男爵家から決別するためだ。
僕はもう、ダイアン・グリッドではないからね」
は?と全員がポカンとした顔になる。その情けなさにクスクス笑いつつ、オルガはそっとダイアンの肩を抱いた。
「連絡する必要も無いと思ったけど、一応ね。ちょっと手続きがいるけど、彼は今後、ビルバース公爵家の養子になる予定よ」
はぁ!?と、今度は驚嘆の声だ。間抜けな声と顔に、心の中で笑いが止まらない。
「ま、待って頂戴!じゃあ貴方、これから公爵家に?ななな、何故です?」
「今ね、アタシとダイアンは一緒に衣服の仕事をしてるの。ダイアンにもビルバースの名前があった方が、色々やりやすいからね」
「お、で、ではぁ!我が男爵家とビルバース公爵家に繋がり・・・」
「んな訳ないでしょ。だってあなた達、ダイアンを捨てたんでしょう?彼が婚約破棄された瞬間、ろくに事態を調べずに路頭に捨てたんだし」
少しでも利益を得ようとする男爵に、バシッと言ってやったオルガ。夫妻諸共、ピシッと凍ったように動かなくなる。なんて薄情な親だと、ヒソヒソ声が聞こえてくる。
「ね、ねぇダイアン・・・私たち、やり直さない?」
公爵家の地位につられてか、アデットがそう提案してきた。突然の心変わりに、ベルトはギョッとする。
「はぁ!?待てアデット、どういうことだ!!」
「私、上の立場の人と婚約しなきゃなの。これからダイアンの方が、ベルトより家柄が上になるじゃない!それにダイアンの方が顔が良いし、ずっと昔から一緒にいたんだし・・・!」
とんだ自己中心的な態度に、今度はこちらが呆れてしまう。そちらから裏切った上に婚約破棄したというのに、今更関係を築けるというのか?しかも、そちらから身勝手に。
「おいおい、あの約束を無かったことにするつもりか!?俺達、別々に婚約者のいた者同士で寝たのを合法にするために、互いの婚約者に婚約破棄をしたじゃないか!!無理矢理裏工作もして・・・」
「ちょ、ベルト・・・!!」
え?と周囲にいた誰もが、その言葉に耳を疑った。婚約者のいた者同士で寝た?しかもそれを合法にするため、それぞれ裏工作をして婚約破棄をした??ざわめきが少しずつ、大きくなる。
ダイアンは吹っ切れた。情けをかけることも捨てた。オルガと共に背を向ける。
「もうこれ以上、話すことは無いから。じゃあね」
「ま、待って!誤解よダイアン、これは・・・!!」
振り向いた彼の目に、光は無かった。今まで自分を抑えて付き合っていた人が、ここまで愚かだったとは。もうこれ以上、彼女に振り回される義理などない。
「さようなら、アデット」
「・・・っ」
全てを伝え終えたのだ、もうここにいる必要も無い。最後のダイアンの言葉を聞いて、崩れ落ちるアデット。ベルトやグリッド男爵夫妻も共に青ざめているが、もう誰も心配をかける者はいない。当然だ、そういう奴らだと明らかになったのだから。
とはいえ、少々やりすぎただろうか。あんな公で、一方的に・・・。
「ダイアン。今日の貴方、特に格好良かったわよ」
そうオルガに言われ、ダイアンはそんな迷いから解放されるのだった。
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その後、ダイアンはオルガの義弟として、ビルバース公爵家の者となった。とはいえ生活に大きな変化は無く、部屋の1室でオルガと共に、服作りの仕事をしている。ビルバース家の者になったので、かなり仕事がスムーズになった気がする。
ちなみにグリッド男爵家は何も残らなかった上、跡継ぎがいなくなり、血眼になって周辺の家から支援を求めている。だがあの夜会ですっかり評判を落としたため、支援する家は少ないという。
ついでにアデットとベルトは一応結婚したが、裏工作の婚約破棄計画が明るみになり、社交界からずっと非難されている。互いの家も停滞気味で、夫婦仲も冷え切っているらしい。
時々、そんな彼らのことを考えてしまうこともあるダイアン。だがもう、自分には関係の無い話。向こうが勝手に動いた挙げ句の末路だ、向こうだけで何とかさせるしかないだろう。ふぅと息をついていると、明るい義兄の声がしてきた。
「ダイアン、お疲れ様!ちょっと疲れちゃったかしら」
「オル・・・じゃなくて、義兄さん」
「あら、良いのよオルガで。アタシ、名前で呼ばれた方が嬉しいし。それより出来たわよ、新しいファッションアイテム!」
そう言った彼の手には、四分音符の記号を模したアイテム付きのネックレス。首にかける部分は紐になっており、肌に優しい素材だという。試しにダイアンが付けてみれば、深紅の四分音符がほんのり光を反射していた。
「わぁ、綺麗ですね!」
「首元にオシャレしたいっていう男性も、一定数いるのよ。キラキラした宝石だけじゃなくて、こうした細工であってもオシャレだと思うのよねぇ。王太子様も興味津々だったわ」
おそらく、オルガはこの国において勢いのあるデザイナーなのだろう。彼のファッションアイテムは、国中から需要がある。・・・だが、それでも。
「1番のファンは・・・僕でありたいなぁ」
その呟きに応えるように、後ろから優しく抱きしめられる。
「貴方が仲間で、義弟で、1番のファンで・・・隣にいてくれれば、アタシは幸せだからね」
fin.
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。
結構ボーイズラブもの連続したので、次は別ジャンルを書こうかなと思います。