中:積もっていく、自分の気持ち
30分後、ダイアンはオルガが製作した服を纏っていた。偶然にも今日来るモデルに似た背丈に体格だったようで、彼の体に丁度良い。一応女性のモデルが着る予定だったが、オルガ曰く「性別関係なく着られる」らしく、ダイアンでも様になっている。男女しっかり分ける世界で生きていた彼には、とにかく衝撃だった。
オルガは目をキラキラさせながら、最終確認を行っている。小難しい言葉を呟いてはメモを取っているが、とにかくニコニコしていたオルガに、どこか嬉しくなる。
「うんうん、可愛くて良いじゃない!」
オルガの言葉に、思わず目を見開くダイアン。可愛いなんて、年頃の女子にしか言うなと強く言われていた。少しでも可愛らしいモノに近付けば、男爵令息らしくないと、厳格な執事から注意されたくらいだ。
「とっても似合ってて可愛いわ。ダイアン、膝を曲げにくいとか足を上げにくいとか無いかしら?布地の触り心地はどう?」
「・・・可愛いって、男にも言って良いんですか?」
「そりゃあ勿論!心が動かされたり、なんだか愛しく感じると、みんな可愛く見えて素敵なのよね~。あ、もしかして可愛いって言われるの苦手だった?」
い、いえ!と首を横に振る。世間で可愛いに分類される、綺麗な花、キラキラした宝石、フワフワした生き物。全部好きだった、だが男爵令息だから興味ないフリをした。可愛いモノが嫌いなフリをしたこともある。
でも・・・ここに、そんな束縛はない。心が晴れやかになったダイアンは、それから自然体でいることが出来た。やがて確認が終わったようで、オルガは満面の笑みになっていた。
「ダイアン、協力してくれてありがとう!!貴方のお陰で、今回も納期に間に合いそうよ~」
喜びのあまり抱きついてくるオルガに、ちょっと驚いた。随分ボディタッチが多い人のようで、この距離感がなかなか慣れない。だが彼から発される香りが、とても安らぐ。むしろもっとこうしてほしいような・・・。
「アタシ、貴方のこと気に入っちゃった!ダイアン、仕事とか住む場所を探してるんでしょ。良ければここで働いてみない?」
「え?」
「今日みたいにモデルやったり、一緒に服を作ってみたりしてみない?大丈夫、アタシがやり方を教えてあげるから!」
願ってもいない提案に、ダイアンはすぐ頷いた。慣れない仕事でも、この人の元なら頑張れる。そう信じて疑わなかった。
○
それからダイアンは、オルガの下で暮らし始めた。寝床や衣服に困ることはなかったし、食事もきちんと用意される。生活が安定する幸せを、とても実感した。
最初は慣れない仕事ばかりで大変だったが、オルガのサポートもあってか徐々に慣れてきた。分からないことを許さない家庭教師と違い、分からないことがあれば分かるまで隣にいてくれる。それが本当に安心したからか、比較的やり方を早く覚えることが出来た。
「ダイアン、貴方ってとても素敵な子ね。貴方の良さを存分に出せる服、もっと作りたいわ!」なんて言われれば、自分のことを見てくれていることに喜ぶ。
財務作業が苦手なオルガを手伝えば「ありがとね、貴方がいてくれて本当に良かったわ」と言われ、自分がいる意味を認められて嬉しくなる。
「気味の悪い話し方だな」とオルガの口調を馬鹿にする奴には、存在否定に繋がり不愉快になるから弁えろと、がっつり注意してやった。本人からは遠回しに叱られたが「認めてくれて嬉しかったわ」と言われたとき、心臓が跳びはねる勢いだった。
とにかく言えるのは、オルガと一緒に過ごす日々がただ楽しい。自分を助けられた優しさ、共にいると落ち着く安心感、このままここにいたい願望・・・。楽しい日常が積み重なるに連れ、ダイアンはオルガに対し、感謝や信頼以上の感情を抱いていった。
(助けてくれたことはともかく、年上の素敵な男性に、こんな感情を抱えるなんて・・・。こんなに誰かに思いを寄せるの、初めてかも)
男爵令息だった頃は、なるべく自分を押し殺していた。グリッド男爵家のために、アデットとの婚約を維持する。家のために、家の利益が最大になるよう他の貴族と関わる。自分の感情なんて必要ない、それが当たり前だった。しかし今、自分の感情に素直に生きていける。アデットや実家への怒りを、オルガへの恋愛感情を。
幸せだ。こんな日々がずっと続けば良いのにと、本気で願っていた。
そんな日々を過ごしておおよそ半年、オルガの元に手紙が来た。・・・そこにダイアンがいると突き止めた、グリッド男爵家からだ。
「【アデット嬢の温情で、2週間後に行われる夜会に参加しても良いとのお許しが出た。コレを着て夜会に出れば、今までの醜態も許して家に戻してやろう】・・・ですって。グリッド男爵もアデット嬢も、強引なお貴族様ねぇ」
オルガは呆れながら、届いた手紙を読み上げる。だが送られた服を見て、その状態の悪さに度肝を抜いた。
「何よコレ・・・所々ほつれてるし、破れてるじゃない!こんな服を着ろなんて、自分の子供を何だと思ってるのよ!笑いものにでもしたいわけ!?」
怒り狂うオルガに対し、ダイアンは曇った表情だった。実家の言いたいことが分かった。世間では婚約破棄された悪者なのだ、そして男爵家の地位を下げた。悪人に相応しい格好をして表に出て、アデットに許しを請え、汚名を拭えと。ダイアンはフラフラと服を手に取り、「出なくちゃ」と一言だけ呟く。
「ちょっと、どうしちゃったの!?」
「・・・これが、貴族としての生きる意味なので。家のために、周囲のために生きるのが、僕の存在意義なんです」
「その考えはおかしいわ。そんな辛そうな表情をして・・・貴方、本当は嫌なんでしょう?」
あっさり見抜かれたのが恥ずかしいが、これ以上オルガの迷惑をかけるわけにはいかない。ダイアンは自らに蓋をして、言いたくもない言葉を連ねる。
「・・・ここは僕の居場所じゃありません。僕はグリッド男爵家の生まれですし、貴族です。貴族として産まれた以上、役割を果たさないと」
「ダイアン・・・貴方は貴族である前に、1人の人間よ。裏切った人と捨てられた家のために、自分を犠牲にするの!?」
がっしり肩を掴まれながら、伝えられたオルガの言葉。自分をこんなに信じて見てくれる人なんて、初めてだった。しかし彼の優しさに甘えてはいけない、これ以上は本当にただのワガママだと思ったから。
「・・・心配しないでください。僕は大丈夫ですから」
そう言って彼の手を振り払おうとするが、どうしてか震えている。本能が、心が、彼に止めてほしいと泣いていた。こんな思いは全てに反しているのに、間違っているのに。キャパオーバーした感情は、とりとめもなく涙を溢れさせた。
「・・・っ、ダイアン!!」
オルガはダイアンをギュッと抱きしめた。そして、背中に手を回して完全に動けなくする。抱きしめられた感触も温もりも、こんなにも優しくて、切なくて。必死にせき止めていた感情も、我慢できなくなっていた。
「良いのよ、自分を壊してまで誰かを救わなくて」
「・・・でも」
「貴方が無理をしている姿を、貴方が辛い目に遭うのを、アタシは見て見ぬフリをしたくない!あそこで助けたのは偶然だけど・・・今の貴方は、アタシの大切な人よ。貴方が強く思ってくれているみたいに」
「・・・え」
その言葉で、動けなくなった。一方的に寄せた思いは隠していたはずなのに、「バレバレよ」なんて言われてしまうなんて。それでも、負の思いはない。喜びの涙が、ダイアンから次々に零れていく。
しばらく互いの体温を感じ合う中で、オルガがフフッと笑う。この場には似合わないように、何か悪いことを思いついたように。
「アタシに考えがあるわ、ちょっと賭けてみない?ダイアン、貴方を今までの苦しみや束縛から救うため・・・ね」
オルガが浮かべた少し悪い笑みも、何故かダイアンには嬉しかった。受け入れる意を込めて、ゆっくり頷くのだった。
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「下」は明日夜に投稿します。