上:悲しみからの出会い
趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。
自分らしさを大切にしたいけど、時々自分が分からなくなるもんです。とりわけ気まぐれなモノでね・・・。
冷たい雨が降りしきる城下町、歩く人もまばらになってきた夜。グリッド男爵家の息子ダイアン・グリッドは、死んだ目をしてずぶ濡れになりながら、路地裏を彷徨っていた。美形だともて囃された顔立ちも、絶望を前にして淀んでいる。
彼は全てを失ったのだ。婚約者も、貴族としての立場も、実家での居場所も。たった1つの濡れ衣のせいで。
ダイアンには幼馴染みで、婚約者だった子爵家の娘アデット・フリムがいた。貧乏男爵家が無理を言って出来た婚約だからか、格下の相手を婿にすることに、アデットは不満だったようで。彼女は頻繁に、地位の高い美男子と交流していた。無闇に荒波を立てないよう、ダイアンは黙認していたが。
だが数ヶ月前の夜会にて、突如ダイアンは糾弾される。
「ダイアン・グリッド!貴様の非道ぶり・・・貴族の風上にも置けないぞ!!」
そう叫ぶのは、アデットと特に仲の良い伯爵令息ベルト・シューザ。アデットは彼の胸の中で、何故か涙を浮かべている。
「アデット、どうし・・・」
「貴様に発言は認められてない!長く彼女を侮辱して、挙げ句の果てには階段から突き落とした不届き者が!!」
侮辱なんてしたことがない、階段から突き落としてもいない。だが、その反論すらも許されない。周囲も完全に鵜呑みにして、ダイアンを悪人として睨む。そして最後に言い渡されたのは、「アデットとダイアンの婚約破棄」と「アデットとベルトの婚約成立」だ。
呆然とするしかないダイアンを見て、アデットはクスッと嘲笑していた。立場が上の伯爵と結ばれたいがあまり、自分を悪人にして婚約破棄したのだろう。ベルトもすっかり彼女に魅了されていて、利用されてしまったのだろう。
周囲からの冷笑とヒソヒソした侮辱で、怖くてここにいられなくなった。青ざめた顔で会場から逃げ出したところ、あっという間にその事実と彼の汚名が広まってしまう。失望した両親から頬を叩かれた挙げ句、「もう顔も見たくない」「犯罪者など消えろ」と暴言を浴びせられた。
誰も信じてくれなかった、自分の潔白など。心が砕けたダイアンが家から捨てられるのに、そう時間は掛からなかった。
行く宛も無く、路頭を彷徨う。金も食料も与えられず、衣服も身につけているモノだけ。雨に打たれつつ、これからどうしようとボンヤリ考えて、比較的濡れない路地裏に身を寄せる。
すると何やら、大柄な男達がダイアンに近付いてきた。もしや、ここを寝床にしているホームレス?場所を変えようと立ち上がろうとしたところ、ガッ!と腕を掴まれ、背中を壁に押された。
「おい、コイツは大物だぜ!こんな綺麗な肌の野郎、ここらじゃ見ねぇ」
「オメェ、さては貴族だな?金目のモン、全部出してもらおうか!!」
すぐに強盗だと分かった。色んな人間がいる城下町、路地裏にはこういう輩が一定数いるらしい。ナイフを出されて命の危険を察知したが、金など1銭も無いと、震えた口からなんとか出す。
「あぁ!?ふざけんな、嘘つくんじゃねぇ!」
「ふざけやがって、だったら全身くまなく調べてやる!」
刹那、男達はブチィ!と、ダイアンのシャツのボタンを強引に外していく!このままでは身ぐるみを剥がれる!と慌てて抵抗するが、全く力が及ばず、壁に手をに押しつけられた。
「良い子にしてりゃあ、優しくしてやるからよ」
気付けばズボンにかけられた、奴らの汚い手。下品な笑いに怯え、叫ぶ声すら出ず、ダイアンは涙目で震えるしかない・・・。
「アンタたち、何をしているの!?」
その叫びと共に、どんどん大きくなっていく足音。低い男声で女性のような口調である声の主は、閉じた傘で男達をなぎ倒していく。膝から崩れ落ちて怯えるダイアンは、殴る音と男達の鈍い声しか聞こえない。やがて悲鳴が遠のき、周囲は静かになる。嗚咽しか出せないダイアンに、「これを着て」と、着古したコートを与えてくれた人物。
その時はじめて、その人の顔を見た。濡れている銀髪に鋭い目付き。スラッとした体格で、比較的背の高いダイアンよりも大きい。ドクン、と心臓が揺れた。
「あんな怖そうな奴らに襲われて・・・寒かったし、怖かったでしょう?さっき一目散に逃げてったから、もう大丈夫よ」
先程から震えが止まらないダイアンに、彼は優しく声をかける。「ここにいちゃ危ないわ」と、彼はそっとダイアンを抱きかかえた。
「え、あ・・・」
「今夜はずっと雨だし、ウチにいた方が安心よ」
彼の腕の中で、フワッとした感覚に酔いしれるダイアン。久しぶりの人の体温に、どこか安心できたのだろう。今までの疲労困憊もあり、彼は呆気なく意識を手放した。
●
鳥の声と朝日で目が覚めたダイアン。温かい毛布から身を起こすと、「おはよう、ご飯食べられそう?」と、銀髪の男性が話しかけてくれる。夢じゃなかったんだと改めて喜びつつ、焼きたてのトーストに齧り付いた。
ダイアンを助けてくれたのは、オルガという男性。衣服を仕立てることを生業としている。用事で夜まで外に出ており、ようやく帰ろうとしていたところで、あの現場を目撃したそう。
「ちょっと良い傘を持ってて良かったわ!か弱いアタシでも、なんとかあの怖い男達を撃退できたしね」
いや、か弱い人は持っていた傘で、ナイフを持った男に立ち向かおうとしないのでは?そんな疑問が浮かぶが、何も言わないでおいた。それにしても見知らぬ自分を助けてくれただけでなく、お風呂に新しい服、さらには寝床や朝食も用意してくれるなんて。神様は実在するんだなと、ダイアンは本気で思っていた。
「その、えと、オルガさんって・・・男の人、ですよね?」
「そうよ。あ、この女口調に戸惑っちゃってる?なんかコッチの方が、アタシらしくて良いのよね~。周りにこういう人がいなくて、驚いちゃったかしら」
ウフフ、と微笑む彼につられて、思わず笑顔になったダイアン。厳格な貴族社会では、あまり見かけない人だ。でも平民にしては、どこか威厳があるような・・・。
「それにしても、昨夜は雨が降ってたのに、どうして危ない路地裏にいたの?見た感じ、近所の子じゃ無さそうだけど」
そう言われ、飲んでいたコーヒーを少しコップに戻してしまう。・・・正直、自分の身の上を話すのは辛い。それでも上手い嘘など用意していなかった。ダイアンはグッと唾を飲み込んで、貴族のお辞儀をした後、口を動かした。
「・・・僕は、ダイアン・グリッドと申します。グリッド男爵家の出身ですが、婚約していた幼馴染みから、彼女は他の人と結ばれたいがあまり、悪人にされて婚約破棄をされて。無実を信じてくれない実家からも捨てられたので、仕事や生きる場所を探しにここまで来た所存です」
文字にするだけで散々だ。たった数日で、人生がここまで変わってしまった。その事実があまりにも惨めで、どうしようもなく涙が溜まってしまう。
「・・・そうだったの、大変だったわね」
オルガは静かに話を聞き、涙を拭くハンカチも渡してくれた。
「知っている人に私欲で濡れ衣を着せられた挙げ句、両親からも信じられずに見捨てられるなんて・・・酷い話だわ。辛かったでしょう」
よしよしと頭を撫でられ、戸惑いつつも安心する。少しずつだが、感情の昂ぶりが落ち着いてきたようだ。誰に何を言っても信じてくれない、そもそも話すら聞いてくれなかったのに。こんなに優しい人、初めて会った。こんなに温かくて、隣にいてくれる人・・・。
しばらくオルガに身を任せていたダイアンだが、ドンドン!と扉を叩く音が、2人を現実に戻す。オルガは慌てて来客対応。「えぇ~!?」と扉越しでも聞こえる大声を出して、はぁ~と大きなため息をついて戻ってきた。
「今日来るはずだったモデルちゃん、急病で来られなくなっちゃった・・・。どうしましょう、あとは実物を着る最終確認だけなのに・・・このままじゃ納期に間に合わない!」
服作りには、モデルに着てもらう過程がある。ちゃんと衣服として機能するか、最終判断をする大切な作業。それが今日のモデル不在で、オルガは大慌てだった。
困っているのなら・・・助けなければ。人間としての常識、そして自分の感情が、バチッとダイアンの頭をよぎる。
「・・・あの、僕で良ければ!お手伝いできること、ありますか!?」
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。
「中」は明日夜に投稿します。