二
~♪
~♪
~♪
誰かの鼻歌で目を覚ます。
ボヤーっとした意識の中で、前に起きたことを思い出すと鼻歌の方に目線を動かした。
夢では無かったんだ。
彼はその部屋で何か料理をしている様だった。音程の取れた鼻歌を歌いながら。それは聞いた事のあるフレーズで、私が昔良く聴いていた洋楽だった。
「~♪…………あっ、あいちゃん起きてたの?!…ぼ、僕、音痴だから聞かれてたの恥ずかしいな…っ!」
布団の擦れる音がして、彼はフライパンを持ったまま此方を向いた。
「…なんでまだマスク付けてるの?」
1番先に思ったのがその疑問だった。
私が眠ってしまってから4時間は経っていた。彼は会った時からずっとマスクを付けていたから、軽く5時間以上はマスクを付けたままだ。
「……あいちゃんってさ、僕の事覚えてる?」
私が質問をした後、彼は少し間を置いてからゆっくりマスクを取った。
彼は美しい顔立ちをしていた。マスクをつけていた時からも分かっていたが、薄いミルクティー色の髪に色素の薄い瞳。長いまつ毛。鼻筋はすっと通っていて薄い唇。
左の頬にある大きな古い切り傷の跡。
「………ん〜、覚えてないや」
ベッドからゆっくり身体を起こすと、彼は慌てて此方に駆け寄って来た。背中を支えてくれたけど、もう大丈夫だよと微笑んで彼に伝えた。
テーブルの上に置かれたのはオムライス。しかも、いつか食べたいと思っていたふわとろオムライスだった。
「……!!これ…!」
「喜んでもらえたみたいでよかった。……あいちゃんの好きな食べ物だもんね、作れるようになりたくてシェフに教えてもらったんだよ」
私は目を輝かせてオムライスを眺めていると、彼は使用した器具を洗いながらサラリと答えた。
シェフ?
何処かバイトで体験したことがあったのだろうか?
食器を洗い終わった彼が持ってきたのは失敗したオムライスとケチャップ。最初に作ったのは少し失敗しちゃった、と恥ずかしそうに笑う彼。
「…ね、ケチャップ貸してっ!」
「……?はい、どうぞ?」
私は彼の失敗したオムライスにケチャップをかける。
ハートの形。
その中に、“ふーくん”と。
「はいっ!どうぞ!」
彼にそのオムライスを渡すと、彼は顔を真っ赤にしてカメラを取り出し、何十枚も撮り始めた。
カシャ。カシャ。カシャ。カシャ。カシャ。カシャ。
部屋に響く機械音。
「〜っ!!あいちゃん、ほんと、本当に嬉しい……っ!僕、あの時諦めなくて良かった、あいちゃんに出会えて良かった……!!」
あの…と声を掛けようとした途端、ぱぁっと表情を明るくさせた彼はカメラを握り締めそう言った。
……何も変わってないんだね、
私の事大好きな事も、その笑顔も。
「そういえばさ、私っていつ此処から出れるの?」
いただきまあす、と2人で手を合わせると、テレビを流しながらオムライスを食べ始めた。数口食べて、ずっと気になっていた事を聞いた。
「……出る?」
彼は途端にスプーンを落とし、無表情で私の目を見つめてきた。ゆっくり私の方に近付いてくると、がばっと私を抱き締めた。
「……出さないよ。…あいちゃん、僕、ずっとあいちゃんの面倒見るから。僕達のお家にずっと居てよ。」
僕達、という言葉を強調させて言うと、最後の辺りは抱き締める力は強くなっていた。
……彼は、あの時からずっと私を思ってくれたんだろうか?
……彼なら、わたしをあいしてくれるのかもしれない。
「……良いよ。」
私は彼の背中に手を回し、彼と同じ様に抱き締めて見せた。その途端、彼はザッと後退りをし、私から距離を取り、口を手でおさえた。
きょとんとしている私を見ると、次は涙を零し始めた。
「……っ、だって、僕、まさか良いなんて言って貰えるなんて思ってなくて…っ!!OKしてくれたってことは、僕達両思いなんだよね…っ!嬉しいよ、すっごく嬉しいよ…!!」
どうしたの、と声を掛けて背中をさすると、その手を掴み早口になりながらぼろぼろ涙を流す彼。
そんなに喜んでくれるなんて。
「も〜泣かないでっ!オムライス冷めちゃうよ?一緒に食べよう」
彼の手を優しく撫で、にこりと微笑むと彼はまた顔を赤らめた。
。。