鏡の憂鬱〜姫君にショック療法を求められています〜
「もっと、もっとよ! もっと口汚く罵ってちょうだい!」
にわかには信じられないかもしれないが、これは紛れもなく、城内の誰からも愛されている姫君の言葉だ。
姫の強い声で鏡は小刻みに揺れ、人であれば酸欠になっているだろう。
「我が姫君は……えっと……」
「何なの!? その貧弱な語彙力は! 少しは本でも読んだらどうかしら」
「姫、私のほうが罵られています。それに鏡は本を持てません。それとも、姫君が読み聞かせてくださるのですか?」
「あら、確かにそうね。いいわよ。今度、読み聞かせをしてあげる。子供ができた時のために、たくさん練習しているのよ」
「姫が様々な努力を重ねていらっしゃることを、よく存じ上げております。私は姫君のお部屋にある鏡。あなた様のご成長をずっと見守ってまいりましたから」
「ふ、ふんっ。優しくしたって無駄よ。これからも私をディスってもらいますからね」
「承知いたしました……」
とある国の第四王女メアリは、可愛らしい顔立ちに聡明な頭脳を持っていた。
学問だけではなくマナーや所作の勉強にも真剣に取り組み、優雅に微笑めば、新人の使用人は崩れ落ちる。
そして、メアリは十歳の誕生日に、隣国の王子の婚約者候補に選ばれた。
本日は、王子と顔合わせをするための茶会が開かれる。
失礼がないように、愛らしく見えるようにと鏡で何度も身だしなみを整え、笑顔の練習もした。
しかし、「貼り付けたような笑顔が気持ち悪い」。王子はそう宣ったのだ。
破片で一矢報いることができるなら、喜んで割れてみせよう、と鏡は思った。
王子の言葉に深く傷ついたメアリは三日三晩泣き明かしたが、唐突に鏡へとにじり寄った。
そして、凛とした立ち居振る舞いで話しかける。
「あなた、本当は話せるのでしょう? 私のお願いを聞いてくれないかしら」
躊躇したが、鏡はゆっくりと口を開いた。
「はい。おっしゃる通り、私は話すことができます。今まで隠していた無礼をお許しください。我が姫君」
「いいわ、私のお願いを聞いてくれるなら許してあげる」
「なんなりと」
そして、メアリは王子から受けた言葉に上書きをするために、ショックな言葉をかけてほしいと鏡に求めるようになった。
それから六年の月日が経ったある日、メアリは優しく愛おしそうに鏡を撫でた。
「私ね、もうすぐ十六歳になるの。成人するのよ」
「心よりお慶び申し上げます。私にとっても感慨深い日となりましょう。メイドたちの噂話を聞いたところ、すでに多くの殿方から求婚されていらっしゃるとのこと……」
「あなたさえいれば、婚約者なんて要らないわ。あなた、鏡の精と呼ばれるものよね? 鏡から出て、人のように暮らせるのでしょう?」
「申し訳ございません」
その一言だけで、メアリの顔はとたんに曇った。
「私は所詮、鏡の中の住人。姫君と婚姻を結ぶことは叶いません。どうかご理解ください。あなた様は本当に魅力的な女性です。遠くない将来、運命の殿方と出会う日がおとずれるでしょう。私のことなど、どうかお忘れください」
鏡をまっすぐに見つめるメアリから、真珠のような涙が溢れた。
鏡の姿では、その涙を拭うことすらできない。
グッと強く、自らの指で涙を拭いたメアリは大人びた顔で微笑んだ。
「ありがとう。今までで、一番刺さる言葉でした」
Fin.
『そこのあなた、早くこの雪だるまを解かしなさい』に引き続き、女王様口調の主人公です。
しかし、いざ読み返すと、
Mっ気のある姫君なんだか、ツンデレなんだか、よく分からないことに。
とりあえず、一所懸命に生きる女性ではあります。
十六歳の時の一人称が「わたくし」から「わたし」に変わっているのは脱字ではなく、鏡の前でだけは無理をせず、甘えられるようになったからです。