~中編~
1日目
紬希は普段通りにアパートを出た。
すれ違う人に何の変化もなし。
「当たり前か。」
黒ラビットもいない。
御津駅から電車に乗り、南御津に着いた時、白いオーラに包まれている人がいた。
「誰だろう?…あ、」新汰であった。
何度か、電車で見かけて話す程度の人だったが、初めてオーラを感じた
学校についても、周りの生徒からはオーラは見えなかった。しかし、予鈴が鳴るころに
教室に戻ると やはり黒いオーラを持つ者を見つけてしまった。唯奈だ。
紬希は、できるだけ唯奈の視界に入らないように席に着いた。
椅子を出したとき、椅子の上に黒ラビットが居た。
「きゃ」一瞬、驚いたが、紬希は小さく柏手を2度叩いた。
「黒兎、見つけた。」と小さく呟いた。
すると、黒い靄は飛び跳ねるように消えていった。
紬希は黒兎が消えた椅子の上を見ていた。
椅子の上には、どす黒い血のような液体が撒かれていた。
黒い靄がかかった人には近づかないこと。
黒ラビットにも近づかないこと、でも柏手で回避できる場合もある…
紬希は注意深く一日を過ごした。
2日目、3日目、どういうことだろう、イジメや不運が回避されているのであった。
今までの自分は何だったのかとさえ思えてきた。
4日目、ホームルーム すれすれで教室の前にいつものように来ると、扉に靄がかかっていた。
唯奈が待っていたのだ。
「あ、紬希 やっと来た。」
「な、なに?」
「なに?じゃねぇよ。最近、遊んでないから放課後一緒に帰ろうよ。」
「わ、私 放課後委員会があって、先生に呼び出されてるの。」
「あ?そんなこと知らねえよ。」
「おーい。お前ら何してる。ホームルーム始めるぞ。」
担任が廊下の先で声をかけてきた。
「っち…はーい。入ろ。紬希ちゃん。」
やはり、黒い靄には近づいてはいけないと、紬希は確認した。
5日目、今日も何とか回避できた。見えなかったときは気が滅入り不安だったが、見えている今は、精神を削っている感覚だった。
風呂に入って鏡を見ると紬希は少し違和感を感じた。
自分の目が少し充血していて、黒目部分が一回りほど大きくなっているのだ。
「な、なんで?まだ5日目なのに…」
湯船に浸かって考えていると、白ラビットが風呂場の隅に見えた。
「あ、…どうしよう。」
ボヤッと靄のかかる白ラビットを見つめる紬希
「…捕まえよう。明日は土曜日だし…」
風呂場で白ラビットに触れると紬希は呪文のように唱えた。
「白ラビットさま、捕まえた。」
すると、白い靄はスーッと空気に溶けるように消えていった。
鏡をみる紬希。
目は少し充血していたが、黒目は元の大きさに戻っていた。
「…よかった。」
紬希は、土曜、日曜と『ラビットさま』を行ったが、返事は『まだだよ。』だった。
「明日は、月曜日…学校どうしよう…」
案の定、学校で紬希は、唯奈たちに、暴力を振るわれていた。
「寂しかったよ。紬希ちゃん。なんでか知らないけど、先週ぜんぜん遊べなかったよね。」
「あはは、その分も楽しんでやるよ。」
紬希は、できるだけ唯奈たちに、刺激を与えないように、体を小さくし抵抗しないで、飽きるまで殴られ続けた。火曜日も水曜日も…
新たに『ラビットさま』ができたのは水曜日の夜だった。
「あー、これで、逃げられる。」
月曜日の朝 いつものように黒い靄と黒ラビットを避けながら駅に着いた。
沿線上の駅で人身事故があったため、ホームが人で溢れかえっていた。
《間もなく、2番線に電車が参ります。白線の中側でお待ち下さい。》
ホームに電車が到着し扉が開く。
人がどっと車内に流れ込む。
紬希は、反対側の扉に押し込まれた。
「…」
本を読みたくても身動きが取れなかった。
仕方がないので、両手で鞄を胸元に抱えて外を見ていた。
しばらくすると、お尻に違和感を感じ始めた。
痴漢だ。
電車のガラスに写った男からは黒いオーラがはっきりと出ていた。
身動きが取れず、怖さと恥ずかしさで声が出せない。
早く、駅についてと願うばかりだった。
《次は南御津、お出口右側。》
駅に着いても、痴漢男は紬希に張り付いた ままだった。
「だ、だれか…」声に出ない声で助けを求めようとしていた。
「はい、すみません。通ります。」
混雑はしても、会話のない車内で人の声がした。
痴漢男の横に無理やり入ってきたのは、新汰だった。
「紬希さん。おはよう。大丈夫?」
白いオーラに囲まれていた新汰を見て、紬希は泣きだしてしまった。
「おい、おっさん。次の駅で降りろ。」
痴漢男を睨みつける。
身動きの出来ない痴漢男
「新汰くん。私なら大丈夫です。だから…」
事を大きくしたくなかったのか、紬希は、これ以上しゃべらなかった。
《次は、豊一お出口右側》
「おい、おっさん。次見たら、やってようが、やっていまいが、警察行くからな。…降りろ。」
「は、はい。す、すみませんでした。」
電車が駅に着くと、痴漢男は消えていった。
「紬希さん、本当に大丈夫?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございました。」
混みあう車内で、新汰は扉に腕を伸ばして紬希を守るように空間を作っていた。
紬希は、そんな事もあり、『ラビットさま』に依存し始めていた。
ラビットが見えない期間は、家から出るのが恐怖に感じられるぐらいまでなってしまっていた。
そんな日がしばらく続いていた。
ある朝、珍しく母親も朝出社だったため、一緒に支度をしていた。
紬希は母親の白いオーラが濁っているように見えた。
「白いオーラに黒い靄?」
不思議だった。黒いオーラや黒ラビットは危害を加える。黒い靄は災いや危険な場所。
「…ねぇ。お母さん、何か変わった事ある?」
「なに? 何もないわよ。ほら、学校でしょ」
「う、うん。」
学校へ向かう電車の中で紬希は母親の靄が気になっていた。
「紬希さん。寝不足?」そう聞いたのは新汰だった。
あの事件後から紬希と朝の通学を一緒にしていたのだ。
「ううん。違うの少し悩み事。」
「大翔たちの事?」
「え、違うよ。そっちは、今落ち着いてる。」
「そっか、僕でよかったら話聞くよ。」笑顔の新汰
白く暖かいオーラの新汰に紬希は安心していた。
学校でも、唯奈たちの嫌味は以前ほど気にならなくなっていた。
暴力からは逃げられるようになってきたし、黒ラビットも柏手で回避できる。
『ラビットさまさま』だった。
授業が終わるってスマホを見ると薄く黒い靄がかかっていた。
「…スマホに靄?」
恐る恐る、スマホを開くと数件の電話が入っていた。
その電話にかけてみる。
トゥルルル…トゥルルル…ピッ
「はい、豊一総合病院です。」
「あ、あの、私 晴野と申しますが、電話が入っていたもので…」
「あー、晴野さんね。ちょっと待ってもらえます。」
電話での内容は、母親が仕事中に倒れて搬送されたとのこと、念のため入院して検査をするので病院まで来てほしいとの連絡だった。
「はい、すぐに行きます。」
学校から一駅隣の豊一駅に着きバスで向かった。
「もしかして、お母さんに付いてた靄って」
嫌な予感しかしなかった。
病院に着き、母親の顔をまずは見に行った。
「お母さん」
「あ、紬希ちゃん。ごめんね。心配かけちゃった。」
「なに、言ってるのよ。」
「最近、ちょっとダルくて風邪ぎみだったから…」
母親の靄が消えていない。普通の風邪じゃないと紬希は思った。
涙目になる紬希
「お母さん、ゆっくり休んで無理しないで、私 頑張るから ちゃんと検査して」
「紬希ちゃんどうしたの?お母さんなら大丈夫だよ。」
涙を我慢する紬希
「うん。」
数日後 母親は急性骨髄性白血病と診断された。
紬希は、これまでにない絶望感を抱いていた。
母親が、もしかしたら死んでしまう。
父親の暴力にも、イジメによる暴力にも我慢してきた。
それは、母親がいたから我慢もできた。
二人で協力して支え合って生きてきた。
その母親がいなくなってしまう?そう考えただけで紬希は、この世の終わりと思えた。
何回目の『ラビットさま』だろうか、紬希の内腿は切り傷だらけだった。
「……、49、50。ラビットさま、ラビットさま。もういいかい?」
『もういいよ。』
慣れた行為だった。
鏡を見る紬希
「ひどい顔。」
母親の居ないアパートは荒れ始めていた。
「紬希さん、疲れてない?顔色悪いよ。大丈夫?」新汰は心配そうに紬希の顔を見ていた。
「だ、大丈夫です。あまり見ないでください。」
「あ、ごめん。…ねぇ、紬希さん」
「はい?」
「もし、よかったら、今度の日曜日 ど、どこか遊びにいきませんか?」
「えっ?」
「ぶっちゃけ、紬希さんの行きたい場所ならどこでもいいけど、できれば、二人で決めたいなって…」
「あ、ありがとうございます。でも、ごめんなさい。日曜日は母親の見舞いにいかないと…」
「え? お母さん、具合悪いの」
「うん。」
「そっか、それで元気がなかったんだね。」
「すみません。」
「あやまんないでよ。紬希さん。」
紬希は暖かい新汰の白いオーラが痛いと感じた。
~後編へ続く~
読んで頂き誠にありがとうございます。
前編は、ほぼ『ラビットさま』の説明だったような気がしますw
後編も楽しんで読んでいただけたら幸いです。m(._.)m