作戦準備
王都から離れた小さな田舎町。
そこの街道から離れた山中にある洞窟の中。
薄暗い道を数百メートルほど進んだ先に現れる赤い門を開いた先に俺の新たな仲間達はいた。
『ふっ、待たせたな。元魔王軍のみんな』
俺が入室した時、彼らは勇者達を騙し打ちするための最終リハーサルを行っていた。
『来たか、アーレス。
これが俺達の半年を掛けた訓練の成果だ。よく見ておけ。』
仲間達のリーダーである元魔王軍魔術師団長キッコロが不敵に微笑みかけてきた。
俺は舞台に上がるとゆっくりと配置についた。
場所はパーティ会場。
舞台上には勇者達を模した人形が設置されている。
作戦は勇者達が歓談してる最中に行われるのだ。
『ば、バカな…』
勇者達の罵倒でよろめいた俺が机の上に乗った皿を床に落として割る。
これが作戦開始の合図だ。
皿の割れた音が場内に響くと、どこかで聞いたような独特な緊張感と軽快なテンポのBGMが流れる。
『デッデーデデ、デッデーデデ♪
マッドマァ~ン!!』
例えるなら全身が泥まみれの太った中年のハゲオヤジ。
見た目からして不愉快なモンスター、マッドマンがBGMと共に扉を開けて泥をまき散らしながら突撃してくる。
美しいパーティ会場は瞬く間に泥まみれというわけだ。
続いて2階の窓ガラスからガーゴイル達が汚い雄たけびを上げながら乱入してくる。
彼らはビラをまき散らしながら天井を飛び回る。
『勇者のバァーカ!』
『王女は誰にでも股を開くー!』
『魔法使いはコミュ障ー!』
ビラに書かれている内容をガーゴイル達が連呼する。
いいぞ、勇者達の狼狽する姿が目に浮かぶようだ。
更に大量のコボルト達がパーティ会場に乱入する。
そこで振舞われるという王女お手製の料理を汚く食べ散らかす。
それを口にしたコボルト達は一斉に料理を吐き出し床に叩きつける。
『犬にでも食わせとけ!!』
いいぞ。
マンガならばそこそこの大ゴマに集中線がついて顔がアップで映し出されるような激高っぷりだ。
これはかなり頭に来るだろう。
畳みかけるように砲塔を引いてゴブリン達が現れる。
いきなりの兵器登場に奴らはさぞかし驚くだろう。
だがコイツは兵器ではない。
『発射ー!!』
砲塔からゆっくりとした軌道で放たれるのは勇者達の顔を模した風船玉だ。
風船玉はパーティ会場に設置されているケーキに着地する。
『次弾、撃てー!!』
ケーキに着地した顔に赤い塗料がブチ撒かれる。
風船玉はさながら勇者達の生首のようになるのである。
この流れ、見事という他にない。
『キル・ユー!』
ゴブリン達が勇者を煽ると同時に3体の巨大な生物が会場に乱入してくる。
『ゆーしゃさまぁぁぁぁああん!』
『ゆーじゃさまはわだぢのものよぉぉおおん!』
『ふたりともあいしてるよぉぉぉん!』
オークが勇者、サイクロプスが王女、オーガが魔法使いを模した風船人形を抱いて突撃してくる。
『誓いのキィィイイーーーッス!』
3匹が風船人形の顔を押し付けると圧力に耐えきれず風船人形の顔は破裂する。
『べぇー!ヤワな愛だぜ』
すなわち顔の無くなったゴム人形が床に横たわり、ケーキに着地した顔と床に横たわった身体でコンボが決まるのだ。
恐るべき緻密な計算である。
俺はモンスター達の知性を甘く見ていた。
彼らの考える煽りはいい塩梅に低レベルで逆にイラッとさせられるのだ。
ここまでやれば勇者達の情緒は粉砕されるだろう。
モンスター共に体を向けた時が勇者達の最期だ。
『マホツカエーヌ!』
俺は勇者達の背中をめがけて魔法を放つ。
これは魔法を封じる効果を持つ魔法だ。
ダメージはなくともすっかり心が折れたと思っていた俺が突然に動き出すのだ。
勇者達は慌てて俺の方に向き直るだろう。
そこに反対側へテレポートで現れたキッコロが勇者達を抹殺するために編み出した究極の魔法を放つ。
『ジェノサイド勇者ぁー!』
その名も【ジェノサイド勇者】だ。
勇者を抹殺するための魔法なのだから、これ以上にふさわしい名はないだろう。
魔法を封じられた勇者達は防御することができない。
おまけにパーティ会場にいる勇者は正装である。
すなわち勇者達は一切の防御手段なく、最強の魔法をまともに受けるのだ。
いかに勇者達と言えどタダでは済まないだろう。
完璧な作戦である。