ラーメン屋田口
「へいらっしゃい!」
俺がラーメン屋ののれんを潜ると、店主が元気よく挨拶してきた。ここはラーメン屋田口、都内でも有数の寿司屋だ。
「何握りやしょう」
何を握るか?そう問われて俺は自身に答えを求めた。
俺は何を握って欲しいのだろう。そんなこと、生まれてから考えたことがない。
金か?いや違う。金で物質的に幸せになっても、それは本当の幸せじゃない。
では、心か?心を握って欲しいのか。そもそも、俺の心ってなんだろう。
「今日はマグロがいいの、入ってますよぉ」
大将がマグロを勧めてくる。
マグロだと?マグロを握ることで、何が握られるというんだろう。
そんなのむなしいだけだ。俺は死にたくなる。
「へいお待ち!」
大将が俺の前に何かを置いた。
それはラーメンだった。
「寿司だとでも思ったか?」
はっとした俺が顔を上げると、大将が俺を睨みつけていた。
「俺はマグロは握らねえ。それだけは握っちゃいけねえんだ。お前えみたいな奴には煮干しラーメンで十分だ。死にな」
ラーメンの湯気が俺を襲う。その度、頭がおかしくなりそうになる。
「やめろ・・・やめろおおおお!」
大将は叫ぶ俺に冷たく言った。
「墜ちろ」
堕ちていく・・・俺の魂と煮干しが・・・
気がつけば俺は宇宙にいた。
その宇宙には火星と木製と、すしざんまいが浮かんでいた。
俺は火星にかるく会釈をする。火星は返事をしない。
次に木製に会釈をする。木製も返事をしない。
最後にすしざんまいに会釈をする。「すしざんまい!」返事があった。
意識が太陽系の外に出そうになって、俺は現実に戻った。
そうだったここはラーメン屋田口である。
ここで大将が意外な行動に出た。
俺を優しく抱きしめたのだ。
「俺には最初からわかっていたさ。あんたが悩んでいたこと。一人で悩んで悩み続けてこの店にたどり着いたってこと。いいんだ、もう。ここはラーメン屋野口。お前みたいなやつに会いたくて商売してんだ」
「大将…」
「だから、なあ、握らせてくれ。あんたのためのとっておきをよ…」
涙を浮かべながら大将は優しく笑ってそう言った。
俺は、めんどくせえなと思って店を出た。
おわり