魔王、出会う
俺は魔王だ、だが名前はまだない。
なぜ魔王の立場にいながら名前がないんだ?となるのだがそもそも魔王になったのはつい数か月前のことで先代魔王であった親父が勇者と相打ちし、唯一生き残った幹部に訳の分からないまま魔王の座に座らされたのだ。
父を亡くした可哀想な青年の立場だがほとんど顔を合わせたことのない親父がどこぞのよくわからない奴と刺し違えたと言われても「へぇー」としか感想が出ない。
親父には『息子よ』としか呼ばれておらず、母親にはあったことがない。箱入り息子のように育てられたため従者も俺の名前を知ってるものはいない。さてはあの親父、俺に名前つけてなかったんじゃないか?
「暇だ」
そもそも魔王になって何をしろっていうんだ?元々親父は魔王軍なんて率いて何してたんだ?仮にも軍を持ってたならホウレンソウ大事だろうよ。
…辞めたいなぁ、魔王。
「散歩に行ってくる」
傍に控えていた幹部にそう伝え、外に出る。外の世界も魔王になってから知った。これまでは外に出ることは禁止されてたからな。そう考えると魔王になってよかったと思える。城から出られると魔王の立場が釣り合ってない気がしないでもないが…
まぁそれは置いておいて今日は世界の端の村まで飛んで行ってみるか。親父の書庫で本を読み漁っている際にたくさん覚えた魔法のひとつ【飛行魔法】が、なかなか便利なのである。これを使って散歩(歩いてないが)が日課になっている。
「よし、この辺でいいか」
【飛行魔法】を切る。やはり散歩は陸に限る。庭にはない大自然の中を闊歩するというのもなかなかいい。この辺りまでは親父もほとんど把握していなかったらしいし、何も手付かずの新鮮な地というわけだ。
「…っ…」
何か聞こえるな、暇つぶしにはちょうどいいだろう。声らしきものが聞こえたほうへ向かってみると確かウォルフという魔物が1匹と赤子を抱きかかえた今にも息絶えそうな出血の人族の女、それとウォルフと人族の死体の数々だ。さてどうしたものか。。。
魔族と魔物に仲間意識はないが人族を助ける理由もない。ここは経緯を観さ、おっと人族がこちらに気づき絶望と希望の半々の目をこちらに向けている。ふむ。。。おぉいい案が浮かんだぞ。とりあえず助けるか。
グシャッ
ウォルフを重力魔法で潰し人族の女に向かい合う。あぁこれはもう助からんな。治療魔法も失った血の補充はできんからな。となると。
「何か伝えたいことはあるか?」
治療魔法を使い、会話の時間だけは稼げるようにすると怯えの目を向けていた人族の女の目に少しばかりの希望が再び宿る。
『せめてこの子だけは…助けて…』
「ちょうどいい。その子には勇者となってもらう。いずれ俺と殺し合うという避けられぬ未来、今死ぬよりは希望があっていいだろう?」
『…名前はアルトと言います。どうかよろしくお願いします』
そう言って女は逝った。そのままでは魔物の餌になるだろうから【火炎魔法】で火葬しておいた。人族の埋葬方法など知らん。
さて、
「アルトよ。俺は…俺名前ないな。どうするアルト?」
『あーだー』
「あーだーではわからんぞ…いや、面白い。アルトよ、俺は今日からアーダルトを名乗ろう」
『だー』
暇な魔王などさっさと辞めたいがどうやって魔王を辞める?
ただ辞めるのでは幹部が口を出してくるだろう。なら親父のように倒されればいい。勇者がいない?勇者が居ないなら作ればいい!
勇者を自ら育て、戦い、倒された振りで転移でこっそり自由に生きよう!
「ハッハッハッ!我ながら完璧だ。なぁアルト」
『だー』
「・・・ふむ。だがどうやって敵対状態を維持したまま育てるんだ?」