作戦
「作戦はこうです」
少女の口が開く。
「あのスネアウルフは、人間を殺すことを愉しんでいるように見えます。けれどもギルドに異常が知らされて、このダンジョンに入る冒険者は減っているはず。この状況なら、きっと私に食い付きます」
懸念材料は少女が一度スネアウルフに怪我を負わせていることだが、それはほとんど魔石の戦果だ。何らかの方法で魔石を所持していないことを理解させればクリア出来そうな問題である。
「あなたは木の上に待機して、仕留めるだけ。簡単でしょう」
事も無げに少女は微笑んで見せる。
明らかに簡単ではない。男は一体どこから質問するべきかと逡巡し、ツッコミどころが多すぎて結局黙った。
男の沈黙をどのように解釈したのか、少女は男に手を差し出す。手のひらから手品のように現れたのは茶色の球体。
「匂い消しの薬玉です。どうぞ」
「ああ……」
押し切られるように受け取りかけて、男は途中で手を止める。
「待て。お前、そのふざけた作戦が本当に成功すると?」
くすり、と少女は笑う。
嫌な笑みだった。
「私があなたに話を持ちかけたのは、ちょっとした復讐心のため。だけど、別に逃げるという選択肢をとっても、不利益はありません」
少女は歌うように言葉を紡ぐ。
語られる内容は嘘だ。少女一人では森を出られない。しかし、できる限り対等な立場を作るには、男からの協力を仕向けるのが一番だった。
「あなたが手を取らないのなら、それはそれで構わないのです。私は逃げるだけ。その後どれだけ怪我人がでようが、死体ができようが、そんなことは関係ない。何ひとつも」
濃霧に包まれたような瞳が、氷の瞳と真正面からぶつかった。少女のものとは思えないその深い色合いに、男は視線を外せなくなる。
さあ、と小さな口は弧を描いた。
「決めるのは、あなたです。物事に絶対はありません。私と組むのも、他の方と組むのも、成功率は勝つか負けるかの50対50。あなたは、どちらを選びますか」
嫌な二択だ。
男は今ひとつ信用しきれない少女を目の前にして思う。
彼女はBランクなのだという。だが、魔法が使える。それも、二属性二系統にまたがるもので、有用性も高い。この森を一日歩き回る体力もあるのならば、Aランクにも手が届き得る逸材だろう。
そして何より、スネアウルフから一度身を守ったという実績がある。協力者として十分な存在だ。
ただ、まるで生気を感じさせない鈍色の瞳だけが気がかりだった。
少し考えて、男は手を伸ばした。
身じろぎすらせず笑みを浮かべる少女の手から薬玉を受け取る。
自分を選ぶと分かっていたのか。いや、彼女は心底どちらでもいいのだろう。
「幾つか質問させてくれ」
はい、と少女は頷いた。
一通りの質問を終えて、男は内心感心する。
子供の浅知恵かと思ったが、なかなかどうして考えられている。奇襲が成功した場合、或いは失敗した場合、成功して致命傷を与えた場合、与えなかった場合、どうしても敵わない場合の脱出方法まで、彼女の口からすらすらと計画が語られる。
机上の空論ではあるが、考えられていないよりはずっと良い。
何より男が気に入ったのは、少女が作戦の方向性を示しても手段は指示しない点だった。つまり、自身の手の内を明かさなくて良いということだ。
それは取りも直さず彼女の手の内も見えないということではあるが。
それでも、パーティーメンバーではない相手に手の内を隠すという一種の「冒険者らしさ」は、逆に信用できそうだった。
「何か、まだ質問でも?」
唐突に聞こえた言葉に、男は思考を中断する。
男の視線の先で、少女は矢張りにっこりと笑っていた。
「いや、そういうわけでは…。よく考えられていると感心しただけだ」
笑みを口元に貼り付けたまま、少女は数度瞬きをした。
先程の作戦は誰かに感心してもらえるような代物ではない。ただ囮を用意し奇襲を掛けるだけという、幼児でも考えつくだろうものだ。
普通であれば馬鹿にされたと思うところだが、相変わらず男の内心はよく分からない。
「ええと、ありがとうございます。それで、どうですか。あなたはこの作戦で、勝てそうですか」
取りあえず言葉通りの意味に受け取ろうと決めた少女は、のぞき込むように質問した。
まだ出会ってもいない魔物に勝てるかどうか分かるはずもないが、男は軽く首肯して見せる。
そこにあるのは、確かな自信。
「俺は単独でSランクの魔物を三体倒している。傷は負ったが深手ではなかった。お前が自衛と支援をするのならば、負けるはずはない」
傲慢な台詞に聞こえるが、男と、男をよく知る者にとっては当たり前の予測だった。だが、当然男をよく知らない少女は首を傾げる。
「そうですね、あなたはきっと強いのでしょうけど」
ゆっくりと右手の人差し指と中指を立てる。
「勝敗はいつだって二分の一の確率で訪れるんですよ」




