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相棒

執務室は沈黙に包まれていた。


少年時代のアルバートの境遇。彼の父母。怪しい伯爵夫人と、さらに怪しい商人の青年。そして、宝石のような、赤い錬金の果実。変貌する姿。

怪奇小説のようなアルバートの話に、ヒースと少女は暫くの間声を出さなかった。


それでも二人とも言いたいことはあったのだろう。ちらりと視線を交わし、真っ先に口を開いたのはヒースだった。


「君の過去については知っているつもりでいたけど……僕の知る限りでは、館に商人が居たなんて記録はなかったな」


どこか伺うような口調だった。

それもそのはず、問いかける相手であるアルバートは、まだ記憶の只中にあるような表情をしていた。普段以上の無表情で、青い瞳の焦点は中空にある。

もしかすると、返事はかえらないのではないかとさえ少女は思った。


けれどもその心配は杞憂のようで、アルバートの瞳にはすぐに壮絶な光が宿る。

炎は赤色よりも青色の方が温度が高いという話を、少女はなぜだか思い出した。


「ああ。報告書の記述は、カミラの証言に基づいている。幼い子供の戯れ言より伯爵夫人の言が信用されるのは当然のことだ」


アルバートは淡々と答えた。

脳裏に浮かぶのは、惨劇の夜の翌日。カミラが呼び寄せた騎士が事件の調査を行った時のこと。

血の臭いも生々しい食堂で、カミラは蒼白な顔をして、母が犯人だと騎士達に訴えていた。母が溢れる魔力のままに二人を殺し、壁をぶち抜いて霧の中に逃げたのだと。

目元を赤く染めながらも冷静さを失わないその立ち居振る舞いは、大いに騎士達の同情を買い、彼女の意見は全面的に認められた。

アルバートが見たものはショックに起因する妄想だと処理され、報告書に書かれることすらなかったのとは、全くもって対照的だった。


だが、騎士達が帰り、広い館に二人きりになった瞬間、カミラは小さく呟いたのだ。「ざまあ、みろだわ……」と。

彼女のその一言が無ければ、アルバートは自分で自分の記憶に蓋をしたかもしれない。夢を見たのだと、封を施して。

だから、アルバートが当時の記憶を残しているのは、ある意味カミラのおかげと言えた。尤もアルバートはどんな形であれ、カミラに対して礼を言うつもりは無いが。


「そもそも有り得ないような話だからな。カミラが死んだ後は、俺も随分揺れた。俺が見たものは現実だったのか……だが」


今日、アルバートの人生に、再び赤い珠が現れたのだ。

それは、果たして偶然だろうか?


「あなたの見たその赤い実が、血の宝珠と関わりがある、と」


少女が呟いた。

白く深いレーネンの霧の如く底知れない瞳が瞬く。


「もしそれが正しければ、あなたにとって今回の出来事は、犯人に続く手がかりというわけですね」


「……ああ」


「あなたの目的は、商人の彼への復讐ですか」


アルバートはほんの少し目を眇めた。

何を当たり前のことを、と言いたいらしい。

どこかで見たようなその表情に、少女はにこりと笑った。アルバート以上に無表情にも見える、不思議な笑顔だった。


「これで納得がいきました。あなたが言った「やるべきこと」が何か、私は何を求められているのか、全て。つまり私は、あなたの復讐を手伝えばいいんですね?」


確認するように問われて、アルバートは一瞬逡巡した。自分勝手な行動に、他人を巻き込むことに。しかも、巻き込む相手はほんの子供なのだ。

自身の望みと倫理観が何度目か分からぬ争いを始めて、それでもいつものように望みが軍配を上げた。


少女がこの日に現れなければ、アルバートは彼女を諦めるつもりでいた。だが、ことこの期に及んでは、逃がすことなどできはしない。


「……そうだ」


だから結局、アルバートは頷いた。


「それなら、ええと…、私たちはパーティーを組んだ、という扱いになるんでしょうか」


少女が問いかけた相手はヒースだ。

彼は軽く首肯する。


「そうだね。二人きりの場合は、特に相棒とも言うけど」


「相棒……」


その響きは、少女の胸に新鮮な感動をもたらした。

面倒に巻き込まれたことに違いは無いはずなのに、どこか肯定的に受け入れている自分もいて、それがどうにもむず痒い。

誤魔化すように、少女は立ち上がった。


「とにかく私は帰ります。明日、というか今日、また」


「待て」


わたわたと言う少女を短く制止したのはアルバートだった。続いてヒースが笑いながら親指で壁を指し示す。


「泊まって行きなよ。ギルドにはSランク冒険者のために幾つか部屋があるんだ。その相棒となれば、誰も文句は言わないさ」


「いえ、それは、」


「いいから、いいから」


断ろうとする少女を手で制止して、ヒースは壁に掛けられたベルを鳴らす。驚いたことに、数秒後にはギルド職員が執務室の扉を叩いた。


「お呼びでしょうか」


「うん。この子を赤木の部屋に案内してあげて。丈の合った着替えもよろしく」


「かしこまりました」


「あ、え、ちょっ…」


何かを言う暇さえ与えてもらえず、少女の姿は扉の向こうへ消えた。





男二人となった執務室で、ヒースはアルバートの対面に腰を下ろす。先程まで少女が座っていた席だった。


「あれで良かったんだろ」


ヒースがぽつりとこぼした言葉は、先程の自身の行動についてだ。

ギルドに泊まらせるということは、取りも直さず彼女を監視下に置くことを意味する。逃げる隙を与えず、惑う暇も与えず、少女の居場所を限定して、支配する。

常のヒースであれば反対するような、随分と汚いやり口だった。


「すまない。助かった」


それでも協力したのは、それを仕組むのがこのアルバートだからだ。この男は、復讐に身を捨てるようでいて甘さを残している。主導権を握るのが彼であるならばきっと、そうひどいことにはならないだろう。


「ま、若者に手を貸すのも年長者の務めだ。それに、どうも彼女は一筋縄ではいかないみたいだしね」


「……?…どういう…」


意味だ、と口に出せば、ヒースは紅茶の入ったカップを指さした。カップにはなみなみと赤茶色の液体が残っている。

まるで、一口たりとも飲まれていないかのように。いや、事実そうなのだろう。


「あの子は不必要な程に慎重だ。でも、臆病ではない。…そういう手合いには多少心当たりがある。もしかすると、彼女は君の手には負えない存在かもしれないね」


ヒースの口調は、どこか忠告めいた響きを持っていた。

だが、アルバートの耳には別の意味をもって届いたらしい。

彼は、獣のように笑っていた。


「……ああ。それでこそ、だ」


アルバートの様子にヒースは眉を寄せるも、気を取り直すようにワイングラスに指を滑らせる。

彼の無自覚な傲慢さや楽観的な姿勢も、それが若さの発露だと思えば眩しいものだ。


「では、乾杯しようか。君の相棒に!」


「俺の復讐に…」


チン、とグラスが合わさった。

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