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砂の丘、銀の墓標  作者: 潮見若真
第五章 目覚めた者
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38.協力

 呼ばれて招き入れられた部屋にはリサとグンジがいて、ニーナやミラや、十人ほどの村の男女が集まっていた。

 ハルがアスカから持ち帰った草――バニラの栽培方法と加工手順を、もう一度みんなの前で教えて欲しいと言われて、アスカでシブという老人から教わってきた内容を説明する。


 テーブルの上に、鉢植えで持ち帰ったバニラを置いて。


 ナギはハルがヤマトへ帰った翌日に、すでに実をつけるまでに成長したものを数株と、それに加工前後の実とバニラで香りづけしたアスカのパンを、荷馬車いっぱいに積ませて届けてくれた。苗はこれから増やして送ってくれるという。根のついた株は、一部はひとまず畑の隅の柵のあたりに植え付けて、一部は鉢のまま室内菜園に置き、持ち帰った鉢はそのままハルが面倒を見ている。……とは言っても、当面の間、土が乾いたら水をやる以外にすることはないのだけれど。


「これに、その実が成るんだ」

 鉢に植わっている植物を指さして、説明する。


「で、さっき言った方法で加工すると、このパンの香りの元になる。香料は高く売れるって聞いたから、商売にはいいかなって思ったんだけど、どうかな。畑仕事よりは力が要らないし、実の状態で保管して少しずつ加工することもできるから、たとえば冬の間に少し手作業するだけでも多少の収入源にはなると思うんだけど」


「うーん。これは……ちょっと強烈なにおいだけど……でもそのパンの香りはいいね」

 ニーナがバニラの実を鼻に近づけて苦笑するように言った。

「うん。作業もほかの仕事に差支えのない範囲でできそうだしさ。いいんじゃないの?」


「数日やりこめば、市場に出せるくらいの量にはできそうだね」

 リサが同意する。

「それでちょっとでも収入の足しになれば、子供らに寒い思いをさせなくていいくらいの金にはなるかもね」


「女や子供らは好きそうだよな」

 自分だってまんざらでもない顔をしながら、男の一人が言う。

「たしかに香料や調味料は、高く取引されるしさ」


「ふうむ」

 グンジが納得したような、場をまとめるような唸り声を上げた。


「ヤマトの農作物は、夏が中心だからな。冬は手工業でしのいではいたが、その片手間で香料を売り出すことができるなら、良い収入になるかもしれないな。みなに異存がないなら、少しこの栽培を進めてみるか」


 その場の皆が頷いて、散会した。


 ハルはグンジについて、その部屋を出ながら、


「グンジさん、それで、例の『計画』だけど……」

 気まずくても、訊かなければならないことだった。明日はアスカに再び村の代表者が集まり、火薬の調達スケジュールを打ち合わせる日。早めにヤマトにも会合に参加してもらい、ほかの村の者たちに協力の意志を見せておく必要がある。


 アスカから帰ったその日に、ハルはグンジにトキタの計画とアスカでまとまった話を伝え、グンジの頭を飛び越えてほかの村々と話を進めたことを詫びた。


 そのことについては怒ったり気分を悪くしたりされるかもしれないものの、計画自体には乗ってくれるだろうと思ったのだが、意外にもグンジは特段の感想を差し挟むことなくハルの話をすべて聞いた上で、「少し考えさえてくれ」と言っただけだった。


 ヤマトが協力しなくても計画自体に差しさわりはないが――というよりも、ヤマトは最初から軍備や人員の面では協力しないとほかの村々から了承を得ているのだが――、そうかと言ってグンジが首を立てに振らなければハルは話を先に進める気にはなれない。

 ヤマトのためでもあったこの計画でグンジに機嫌を損ねられては、ハルは立つ瀬がないのだ。


「うむ、そのことだ……」


 ついて歩いてくるハルに歩調を合わせて、グンジは少し歩みを緩める。


「こういうことを言うと大人げないが――」


 一緒に立ち止まり、グンジは腕を組んでハルと向かい合った。


「アスカやほかの村で先に話を進めたことは、正直少し口惜しかった」

「ごめん……」

「いや。謝ることじゃない。私やヤマトのことを考えてくれたというのは理解している。礼を言うべきはこちらだ」

「怒ってたんじゃないの?」

「いや。ただ、……そんな危険な橋を渡る前に、もう少し私を頼って欲しかった……というのが本音だ」


 そう言うと、グンジはふっと顔を逸らして、

「あんたはもう少し、他人に甘えたり、相談したりしてくれてもいい」


「え……」


「村の人間は、みんなあんたが自分で思っている以上に、あんたのことを大事に思ってるんだ」

「えっと……『客』は大事にするもんなんだよね」

「いや。あんただからだよ」


 わずかに表情を緩めて、グンジは顔をそらしたままハルの頭に手を載せた。


「ヤマトのために、いろいろとありがとうな」


 その言葉は温かくて、嬉しくて、少し苦しかった。


「それじゃ……」苦しさを紛らわせたくて、ハルはどうにか声を上げる。「計画には?」


「うむ。少し考えたかったのは、本当にあんたの言う程度にしかヤマトが協力できないのか、ほかの村を頼るにしても、もっと積極的に何かできることがないのか、だ」


「それは――」


「ああ。分かっている。いろいろと考えたが、あんたの言う計画よりもいい案は思い浮かばん。これまでずっとそうだったのだからな。だが……」


 話しながら、グンジは歩き出す。半歩遅れて、ハルも従った。


「その機会があれば、私は命を賭けて戦おうと思っていた。いつかも話しただろう。それだけの覚悟を持っていたのに、あんたの計画じゃほとんど指をくわえて見ているしかすることがない」


「周りの村との交渉は、手伝ってもらいたいよ。それにそれはあくまで準備の時の話で、決行の時がきたらやってもらいたいことはある」


「ああ。そう願ってるよ。だがな、ハル。本来この村のために働いたりなどしなくていい……しかも攫われた子らと歳も変わらないあんたが、危険を冒して計画を進めてくれているというのに、村じゃ何もしなくていいのか。無論、ここで不穏な動きを見せてシンジュクに発覚するのは避けねばならないとしても、それを留意した上でわれわれにできることはないのかと――ここ数日考えたのだが。しかし……」


 腕を組んで、グンジは小さく首を振った。


「たしかに村には血気盛んな連中も多いし、あんたも考えている通り、子供を奪われた親たちは一刻も早く取り戻したくて逸るだろう。長期の計画が必要だなどとは伏せておいたほうが無難だ。それに……村の人間の命も財産も損なわず安全に子供たちを取り返せる方法があるというのに、私の覚悟に皆を付き合わせて痛手を被る選択をすることは、やはり私にはできない。とんだ腑抜けで申し訳ないが」


「そんなことないよ」

 ハルは慌ててグンジの前に回り込んで、少々高い位置にあるその顔を見上げた。

「ヤマトがあえて『何もしない』ってのも計画の一部だし、やってるより辛いと思うよ。こっちから何もしないでくださいって頼まなきゃならないくらいだ」


 するとグンジは立ち止まり、相好を崩した。


「ああ。それでは、全面的にあんたの計画に従おう」


 はっきりと、頷く。


「まったく、シンジュクと取引をする間に情報が得られれば……とは言ったが、いきなり大本命を持ってくるとはな」

 苦笑するように顔を歪めるグンジ。そうしてハルの顔を指さして、


「あんたに何か礼をしなければならない」

「いや、これはおれのほうが村の世話になってる礼なんだ」

「そら、これだ」


 グンジが口を曲げる。


「……え?」


「もっと甘えていいと言っているのだ。たまには我がままを言ってみろ」

「えっと、じゃあ」


 ハルは少し考えて、


「計画が終わるまで、おれこの村にいていい?」


 すると、グンジは意外な言葉を聞いたように眉を上げた。


「なんだ、そんなことか? そりゃもちろんだ。計画が終わるまでと言わず、好きなだけずっといろ。いや、いて欲しい」


「……ありがとう」

 またほんのわずかに心苦しくなりながら、

「だけど、シンジュクと往復することになる。この村に危険がないとも言い切れないよ」


「それは、近いほうが通いやすいだろう。その間、あんたを守るくらいの協力はこの村にもさせてくれ」


 目を細めて言うグンジに、


「ありがとう」


 ハルはもう一度礼を言った。


「そうだ、それと、アスカの――ナギだな。アスカに目をつけるとは、あんたもやるな。あそこには面白いものがいろいろあるが、少々遠いしネリマを経由すれば欲しいものは手に入るから、しばらく直接の通商がなかったのだ。久しく会っていないが……バニラの件と言い、ここまで骨を折ってくれているんだ。相応の礼をしなければなるまいな」


 むしろそれこそ、ナギの「詫び」なのだが、それは言わないでおく。

 こちらから頼んだ以上の対応をしてくれていることは確かなのだし。

 グンジから「相応の礼」を受けたナギがどんな顔をするのか、ちょっと楽しみだと思った。




 翌日、ハルはグンジとともに再びアスカでの会合に向かった。

 会えるかと思ったサヤは、けれど姿を現さなかった。

 新宿以外になら連れて行ってもいいと言ったのだが、やはりほかに行く気にはなれないのだろうか――と思い、こちらから探して会うことはしなかった。

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