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砂の丘、銀の墓標  作者: 潮見若真
第三章 奪われた子供たち
21/58

21.賞賛

「ハル!」

「グンジさんっ」


 向かう途中でグンジに呼び止められた。

 銃を手に駆けまわっているらしく、かすかに息が上がっている。


「逃げろ! あんたは戦わなくていい! 女と子供を連れて、奥に行くんだ」

「ルウと子供たちが、門の近くで……」

「なに?」


「われわれの目的は、殺戮ではない! 食糧と――」


 通りの先で盗賊の一人が叫ぶ声が、銃声によって途切れた。


「やったぞ!」


 歓喜する男の声。


「二人殺った!」


 村の男が走ってきて、「グンジ! 二人殺った。あと二人は逃げた。みんなに知らせてくれ!」慌ただしく叫んでまた走っていく。


「終わったのか?」

 小さく息をつくグンジ。

「ルウを探しに――」


「待って」走り出しかけたグンジを、ハルが呼び止める。「四人? まだいるよ、ほかにも」


「なんだと?」

「銃の数が……五種類はあった、村ののほかに……音が」


 グンジがぐるりと周囲を見回す。


「ここにいろ」


 固い口調で言ってハルの肩を軽く叩き、踵を返す。


「おい! 賊はまだいるぞ! 探せ!」


 大声で叫ぶと、それに呼応するようにあちこちから男たちの声が聞こえた。


 走りだしたグンジが脇道から出てくる何かに目を留め銃を構えた、その瞬間だった。


 ほとんど同時に二発の銃声が響き――。

 弾き飛ばされるように、グンジが背中から地に落ちる。


「グンジさん!」


 叫んでハルは走り出していた。


 グンジの弾は、飛び出してきた賊の足を掠めたらしい。


「うぅぅぅ……痛てえな、クソ!」

 呻きながら賊は、足を引きずって二、三歩歩き、地面に仰向けに倒れたグンジに向かって再び銃を構える。


「グンジさんっ……――ぅあああ!」


 ハルは夢中で手に持っていた農具を掴んで、後ろから賊をめがけて走る。

 鍬だった。それを横なぎに、賊の頭へと渾身の力を込めて叩きつける。


「ああああ!」


 ぐしゃり、と両手に嫌な感触があった。

 賊の男が肩から地面に倒れるのが、やけにゆっくりとした動きに見えた。


 大きなものが地に落ちたような、重たい音が聞こえて、――そして、静かになる。


 すべての音が、消える。

 ハルは肩で息をしていた。


「……え?」


 一瞬遅れて、状況を把握する。地面に仰向けに倒れたグンジ。肩のあたりから血が流れ出ている。少し離れたところで、頭をたたき割られ倒れている男。

 そしてハルの手には――。


「うわあああああ!」


 思わず叫んで、ハルは鍬を放り投げた。


(殺したのか――?)


 ガクガクと手が、足が震えていた。


「……ハ、ル」


 倒れたままグンジが弱々しく声を上げるのが、耳を掠めていく。


 荒い呼吸をしながら、膝からその場に崩れ落ちる。


(殺した――? おれが?)


 ぐっと胃を絞り上げられるような痛みが走って、ハルは口を手で覆った。


「うっ、ううぅ……」


 堪えきれずにうずくまる。

 込み上げる吐き気に、息ができず、涙が滲んできた。


「……ハル」

 また力のない声でそう言って、グンジが手で肩を押さえながら起き上がろうとするのが、かすんだ視界にぼんやりと見えた。


(グンジさん……撃たれたんだ、助けなきゃ……)


 そう思うのに、体が動かなかった。


「おい! 大丈夫か!」


 いくつもの足音と声が聞こえて、村人たちが駆け寄ってくる。


「グンジ! おい、撃たれたのか!」

「大丈夫か!」


 何人かが倒れている賊と、うずくまっているハルに気づき、


「殺ったのか?」

「おい、ハル、大丈夫か?」

「あんたがやったのか?」


(おれが、殺したのか?)


 堪らない吐き気を感じながら、ハルは身を起こす。

 すぐにだれかに肩を支えられた。


「あんたもケガをしてるのか?」

「い……や、おれは」


 大丈夫、と呟いたものの、震えが止まらなかった。


 グンジが村人の助けを借りて、起き上がる。


「おい、グンジが撃たれたぞ!」

「建物に運ぶぞ! 急げ!」


 男たちに支えられたグンジが、まだ立ち上がれずにいるハルの前で足を止めて、


「ハル、おかげで助かった。ありがとう」


 苦し気に、それでも力強い声を掛けて、建物のほうへ運ばれていく。

 それを呼び水にしたように、


「ハル、やったな!」

「助かったよ、ありがとうな」

「すごいな、よくやったよ!」


「え……」


 口々に賞賛と労いの声を掛けられて、ハルは困惑していた。


 喧噪はしばらくの間、続いた。






 地下室でピアノの前に座って。開いた鍵盤の蓋の上に額を載せて、ハルは長いこと動けずにいた。

 ピアノを弾いたら、少しは気持ちが落ち着くかもしれないと思って。


 なのに。

 鍵盤に、触れることができない。


 吐き気が収まらなかった。

 そうして手に、賊を殴り殺した時の、あの感触がまだはっきりと残っていて――。


(弾けない……)


 膝の上で両の拳を握る。


(おれは、人を殺した。この手で)


 いつの間にか、爪が手のひらに食い込むほどに強く握りしめていた。


(ごめん)


 鍵盤を見つめているうちに、涙が浮かんできた。


(ごめん。お前に触れない)


 瞬きをしたら涙が一滴、鍵盤に落ちた。それを拭うこともできずに。


「ハールー!」


 叫びながら階段を駆け下りてくるルウの声と足音に、ハルは体を起こして腕で顔を拭った。


「ハル! ハルー!」


 ルウは転がり込むように入ってきて、ピアノの椅子に座っているハルに抱き着いた。


「手当ては終わったよ! グンジは大丈夫だよ! 痛そうだけど、でも元気だよ! ありがとうありがとうありがとう!」


「そっか、良かった」

 無理やりに笑顔を作ろうとするけれど、どうにも声が震えていた。


 そんなハルを、ルウはきょとんとした顔でのぞき込む。


「どうしたの? 賊をやっつけたのに、元気ないね」

「いや……ちょっと疲れて」

「そうかぁ。じゃあ、今日はもう弾かないの?」

「うん」


 ルウの期待のまなざしに耐えられずに目を逸らしたら、鍵盤が目に入ってちくりと胸が痛んだ。


「今日はもう寝る」


 立ち上がり、部屋を後にするハルの後ろを、ルウが不思議そうな顔でついてくる。


「食事は? 夕食まだだろ? ミラが料理を持ってきてくれたよ」

「ごめん、今日はいいや」

「ええ? 夜中にお腹すいちゃうよ! 賊を退治してくれたお礼だって、ごちそうだよ! ねえ、リサもグンジの世話で忙しいし、一緒に食べようよ! ねえ!」


 後ろからせがむ声が、煩わしくなって、


「食べられるわけないだろ!」


 思わず声を荒げていた。


(なんなんだよ、なんで食欲あるって思えるんだよ……どうかしてるだろ、みんな)


 が、思いがけないハルの剣幕にルウが黙ったのを見て、後悔が押し寄せる。


「ごめん。ちょっと一人にして」


 階上では、グンジの部屋の周辺に村の人たちが集まっていた。


「ああ、ハル! ちょっとおいで」

 ちょうど部屋から出てきたリサに、腕を掴まれ部屋に引き込まれる。


 肩に包帯を巻いたグンジが、ベッドの上で上半身を起こして村人たちと話しているところだった。

 リサに背中を押されてハルが室内に入ると、


「おお」

 グンジが声を上げ、ベッドを囲んでいた村人たちが振り返って道を開けた。


「ハル、本当に助かったよ。あんたは村の恩人だ」


「いや……」


「ほんとだぜ、ハル。よくやってくれたよ」


 周りにいた村人たちが、口々に賞賛の言葉を延べ始めたのを、耐えられない気持ちで懸命に聞き流そうとしていた。


「ハルがあいつをやっつけてくれなかったら、あんた止めを刺されて死んでたんだもんなあ、グンジ」

「ああ。でもそれだけじゃないんだ」


 グンジはハルの顔を見つめて、相好を崩した。

「ハルが賊がまだほかにもいるって教えてくれなかったら、油断して一発で撃ち殺されてたよ」


 ああ、そっちだけなら良かったのにな。


 ハルもどうにか無理やり笑顔を作って、


「無事で良かったよ。お大事に」


 言って、部屋を出る。


「客に助けられるとは、情けねえなあ」

「まったくだ」

「グンジの名も地に落ちたよなあ」


 村人たちの嬉しそうな声を背中で聞きながら、ハルは自分の部屋に戻るとベッドに倒れこんだ。

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