嘘つき
大学の同窓会帰り、少し飲みすぎたせいか電車で寝てしまった。気がつけばちょうど最寄駅に着いたところだったので慌てて飛び降りた。
降りた時、何かを落としたような気がしたが気にせずにそのまま歩き続けた。
大学のゼミの同窓会で久々にメンバーが全員揃った。卒業してもう8年になるがみんなそれほど老けていなかった。当たり前なことだがみんなの顔を見てなぜかほっとしている自分がいた。
「ただいまー」
「おかえりー」
家のドアを開けるとちょうど玄関に妻がいた。靴の整理をしていたようだ。
「思ったより帰るの早かったね。あれ? 今日帽子かぶって行ってなかった?」
「え、帽子?」
妻に言われてすぐに頭に手をやり、悲しくなった。帽子を落としたようだ。
「ショック……みんなと別れた時はかぶっていたから、たぶん電車の中か駅で落とした気がする」
「とりあえず明日にでも駅員さんに聞いてみたら?」
「そうする……いや、やっぱり今聞いてくる」
我が家から駅まで徒歩15分ぐらいだ。今日の同窓会は昼スタートだったので割と早い時間にお開きになったのだ。時計を見るとちょうど22時になったところだった。
「ごめん行ってきます」
私はすぐに家を出た。
先日、妻が「なんとなく似合いそうな気がした」という理由でいきなりプレゼントしてくれた黒のハット。今日の同窓会に早速かぶっていたのにまさか落としてしまうなんて。
「何としてでも見つけなくちゃ……」
駅に向かう足は自然と速くなり、額からは冷や汗が止まらなくなった。見つからないなんてことにでもなれば暫く口をきいてもらえないだろう。
駅に着いてすぐ駅長室に向かった。すると駅長室のカウンターの上に私の帽子が置いてあった。
「よかった……」
思わず私は胸を撫で下ろした。
「どうかされましたか?」
帽子のことで頭がいっぱいだったためか、カウンターの近くにいた駅員さんに気がつかなかった。急に声をかけられ、私は少しビクッと体を震わせてしまった。
「あ、すみません。その帽子私のなんです。家で落としたことに気がついて」
私は慌てて答えた。よく見ると20代ぐらいの若い駅員さんだった。
「そうでしたか。先程ご友人の方が届けてくださりましたよ」
「友人?」
「ええ。今日は大学の同窓会だったんですよね?」
「……はい、そうなんです」
「8年ぶりにみんなに会えて楽しかったんだけど一緒に帰ってきた友達が帽子を落としてたから預かってほしいって。あ、あと、きっとすぐに取りに来るはずだからって言って帰られましたよ」
「はあ」
私は間の抜けた返事しかできなかった。
「それ奥様からのプレゼントなんですね? そうそう、もし帽子を取りに来たら、『そんなうっかりばかりしていたら今後もっと大切なものを落とすことになるぞ』って伝えてくれって言われました」
駅員さんは爽やかな笑顔でそう話しながら帽子を手渡してくれた。
私には状況が理解できなかった。
同窓会のメンバーとは現地で解散した。私と帰宅方向が同じメンバーは1人もいなかった。もちろん電車には1人で乗った。それから帽子が妻からのプレゼントということは今日誰にも話していない。
「そうだったんですね。あいつが拾ってくれてたんだ。すみません、ご迷惑をおかけしました。ありがとうございました」
不気味に思い早く帰りたくなった私は、若い駅員さんには申し訳ないと思いつつも適当に話を合わせて帰ることにした。
「何か御用ですか?」
若い駅員さんにお礼を言い、帰ろうとしたところで後ろから声をかけられた。振り向くと少しお腹が出た中年の駅員さんがいた。
「お待たせしてすみません、ちょっとお手洗いに行ってたものですから」
中年の駅員さんは申し訳なさそうに言った。
「ああいえ、先程駅で帽子を落として取りに来たんです。今、こちらの若い駅員さんに対応して頂いたところですので失礼します」
そう言って立ち去ろうとした私に、中年の駅員さんは少し困ったような顔をした。
「若い駅員ですか? 今この駅にいる駅員は私だけですが?」
なんだかすごく申し訳なさそうに中年の駅員さんは言った。私は駅員さんに言われた言葉を理解するのに5秒ほど時間がかかった。
ゆっくり駅長室を見るとカウンターには誰もいなかった。もちろん駅長室の中にも。
「その帽子はあなたのですか? いつの間にかカウンターに置いてあったんですよ。見つかってよかったですね」
中年の駅員さんはさっきの会話なんてなかったかのように話しながら駅長室に入って行った。私は急に怖くなってきて帽子を持っているのが嫌になった。
「ごめんなさい、よく見たら似ているけど私が落としたのとは違う帽子のようです」
私は妻になんて言い訳しようかと悩みながらも帽子を置いて帰ることにした。中年の駅員さんは不思議そうな顔をしていたが帽子を受け取ってくれた。
駅を出ようとした瞬間、また何かを落としたような気がした。慌てて周りを見たがなにも落ちていなかった。
気のせいかと思って歩き出そうとした時
「嘘つき」
生温い息とともに暗い感情のこもった声が耳元で聞こえた。