中編
「ハレン! 会いたかったわ! 1年間……ずっと待っていてくれたのね」
目の前で、メリルが涙を浮かべながら立っていた。
嬉しそうな声で、ボクの名前を呼んでいる。
ボクは彼女に駆け寄る。今までの事はきっと悪い夢だったに違いないと、そう思い込んだ。
彼女が手を差し出してきたので、その手を掴もうと腕を伸ばす。
手と手が触れ合おうとする瞬間、背中に激痛が走り、胸から剣が生えてくる。
苦痛に呻いていると、メリルが手を引っ込め、指を差しながらボクを笑った。
「馬鹿じゃないの? 私はアイン様を愛してるの。アンタみたいなゴミから待って居られても困るのよ」
その顔は、前にも見たことがあった。
地を這い、必死に彼女を求めたボクに見せていた時の――嫌悪に満ちた顔。
「クズ貧民は、さっさと死んどけよ……メリルは俺が幸せにしてやるからよ」
「アイン様、早く殺しちゃってください」
背後から聞こえるのは、ボクを殺した勇者の声。
目の前から聞こえるのは、ボクを裏切った女の声。
「おら、死ねよ!」
背中に刺さった聖剣を引き抜いた勇者は、そのまま僕の頭目掛けて。
剣を、振り下ろした。
ああ、そうだ……ボクは、こいつらから――殺されたんだ。
***
「うわぁぁああああああ!」
叫び声を上げ、ベッドから飛び起きた。
荒い息を吐きながら、混乱した頭を整理する。
すると階段を駆け上がる音が聞こえ、部屋に二つの人影が入ってきた。
「どうしたのメア!?」
「何があった! パパが来たからには、もう大丈夫だぞ!」
「……怖い夢を見たの」
そう言うと、2人は安心したような顔となる。
「もう、メアったら……あんまり心配させないでね」
「そうだぞ、お前に何かあったら、パパは生きていけないからな……」
「心配かけて……ごめんなさい」
「謝る事なんて無いのよ。そうだ、怖くないように今日は3人で寝ましょうか?」
「おお、そうだな。パパとママは勇者と聖女なんだ。夢で見た怖い人物が現れても、護ってやるからな!」
パパ……こと、アインはそう言って来たけど、まさか自分自身が怖い人だとは思っても居ないんだろうなぁ。てか、この2人と一緒に寝ると余計に悪夢が酷くなりそうな気がするよ。
ボクの名前はハレン。
ううん、ハレンだった……といった方が正しいかも。
ハレンだったボクは幼馴染のメリルから裏切られ、勇者に殺された。
そして、原理は不明だけどボクは生まれ変わったんだ。
この2人の、娘としてね。
訳が分からないまま育てられ、気が付けば娘になって12年が経つ。
ボクの面倒を見てくれた優しそうな使用人のお婆さんは寿命で死んじゃって、現在は家族3人で暮らしている。
……今のボクの名は、メア。
おそらくだけど、メリルとアインの頭文字を取って付けたに違いない。
勇者と聖女の大切な一人娘。
それがボクという存在。
「汗かいたから……おふろ、はいってくる」
「1人で大丈夫? 一緒に行きましょうか?」
「だいじょうぶ」
「なら、パパが――」
「いらない」
あんな夢を見た後、この2人と顔を合わせるのは精神的に良くないので、ボクはお風呂を言い訳に少しの間距離を取ろうと思った。
その際に両親……から声を掛けられる。
心配そうなメリルの声を聞くと、今でも違和感がある。
あの時、ボクが死ぬ姿を見て微笑んでいたとはとても思えないから。
……アインについては、ノーコメントで。
「なあメリルぅ! メアが最近、俺に冷たい気がするぞー……」
「そんなことないわ。多分、照れてるだけでしょ」
部屋を出る際、チラリと2人を覗き見ると、笑顔のメリルに泣きついているアインの姿が目に入った。あいつは、物凄くボクを気に入っているらしくなにかと溺愛しようとしてくる。
子煩悩な父親と言った感じだ……何も知らなければね。
だけど――ボクは知ってる。
あの2人がどれだけ醜悪な人間なのか。
人が良さそうな笑みを浮かべているメリルは、裏ではボクをゴミのように切り捨てた。情けない父親面したアインは、まるで虫を潰すようにボクの命を奪った。
これが現実なんだ。
クズが求めあって出来た愛の結晶。
クズのサラブレッド。
この身体に、あいつらの血が混ざってると思うだけで……反吐が出る。
***
鏡に映るのは、銀と白が映える――可愛らしい少女。
銀は少女の髪、白は少女の肌。
奇しくもその姿は、幼き日のメリルに似ていた。
唯一違うのは、勇者から遺伝したと思われる銀色に輝く髪。
さすがは美男美女から生まれただけあって、その造形は大したものだ。
悔しいけど、例えボクとメリルが結ばれていたとしても、こんなに可愛い子供は出来なかっただろう。
その事実が、何よりもツラい。
そんな存在に、自分がなってしまった事が……どうしようもなく、遣る瀬無い。
まあメリルと違って、胸は育ちそうにないけど。
……別に、いいけどね。邪魔なだけだし。
そんな事を考えながら服を脱ぎ、風呂場へと入る。
シャワーを浴びてると急に後ろの扉が開き、アインが入ってきた。
「……なんで来たの?」
「そんな事言わないでくれ! 娘と交流をしに来ただけじゃないか」
舌打ちしたい気持ちを抑え、無言で身体を洗うことにした。
「最近のメアは、一緒にお風呂に入ってくれないからパパは寂しいぞ」
何が悲しくて、自分を殺した男と一緒にお風呂に入らなきゃいけないのさ。
変な拷問よりもきついから、本当に勘弁して欲しい。
「しかし、メアも12歳になるのか。もう魔法学校に入る時期になるんだから、時間が経つのは早いもんだよなぁ。いや、今が幸せだから時間が早く感じられるのかもな」
ボクは今の時間がとても遅く感じられるけどね。
今が幸せじゃないからかな……。
湯船に浸かりながら、アインを観察する。
30を過ぎたにもかかわらず、その身体は引き締まっており、衰えをまるで感じさせない。
流石に顔は昔見た頃よりも老けたけど、それでも20代後半くらいの容姿だ。
勇者ともなると、通常の人より老化のスピードも遅いのだろうか。
どちらにせよ――不意打ちしたところでボクには殺せそうもない。
じゃあメリルの方なら、と考えたけどあっちも多分無理だろう。
聖女の力によって、殆どの傷を彼女は自動修復してしまう。
一撃で殺せるならともかく、そんな力があるはずもない。
勇者と聖女の娘であるのに関わらず、ボクには何の力も受け継がれなかった。
これじゃあ一体何のためにっ……。
「パパと、ママみたいに……ボクも強くなりたかった」
ポツリと、自分の仇である男の前で呟いてしまう。
こいつらの力さえ受け継がれていたら……そしたら、2人を殺せたのに。
「力なんて無くても、メアは俺達の大事な娘に変わりない。だからな? そんなに気にする必要はないんだぞ。力が欲しいなら、パパとママが傍に居てやるからな!」
励ましてるつもりなのか、アインはニッと笑いながらそう言ってボクの頭を撫でた。力の無い貧民は馬鹿にする癖に……自分の娘には優しいんだね。
「……ありがとう、パパ」
「ッ!? ひ、久しぶりに……メアがデレてくれた!!」
希望となるのは、魔法学校だ。
何かしらの殺傷技術を学び、こいつらを殺す方法を手に入れる。
それまでは、家族ごっこでも甘えた振りでも何でもしよう。
両親に懐く可愛い娘を演じて油断させて、最後に牙を突き立ててやるんだ。
「最近、冷たくして……ごめんなさい。でも、ボクはパパの事……大好きだよ」
「うんうん、分かってる!! 俺もメアの事を世界で一番愛してるからな!」
「……ママよりも?」
「うっ、それは……マ、ママも一番だ! 両方一番だ!」
「じゃあボクも、パパとママが一番すき!」
「うううう、なんて可愛いんだ! 絶対、他の男の嫁になんかやらないからな! メアはパパと結婚するんだ!!」
心配しなくても、お嫁さんになんかなるつもりはないよ。
クズの血は、ボクで終わりにするんだから……。
後世に、お前の存在なんか残してやるもんか。
必ず……必ず、お前達2人を。
「うん、ボク……パパと結婚する!」
殺してやる。