エピローグ――よげんしゃ
「恐ろしいあの出来事から、月日が流れて3年が経ちました。マジカ・ルンは行方不明となり、現在いったいどこで何をしているのでしょうか。しかし本日、マジカ・ルンの息子と名乗る男、ミラク・ルンをゲストとしてお呼びしています。彼からマジカ・ルンの現在について、何を語ってくれるのでしょうか。そして彼は本当に、マジカ・ルンの息子なのでしょうか。『マジカ・ルンの不思議な世界』、3年ぶりの復活です!」
説明をし終えたモモの顔は曇っていた。
それはあの日からアキラも行方不明になったからだ。
モモは、マジカ・ルンがこの一連の出来事の犯人だと、警察に何度も訴えた。しかし、警察は結局彼を逮捕するに至らなかった。
そして警察の取り調べが終わり、身動きが取れるようになった途端、マジカ・ルンは雲散霧消してしまった。
ススムやアキラがいなくなった状態で、こんな番組のMCなんか本当はやりたくない。
ただ番組ディレクターからの強い要望があったため、モモは今スタジオの中央に立っている。
拍手の中、ミラク・ルンは登場した。
しかしその顔には、サスペンス映画に出てきそうな白い仮面をかぶっていた。
顔を隠す理由でもあるのだろうか……。
その登場したミラク・ルンは、身長がマジカ・ルンより低く感じた。どうやら仮面の下はマジカ・ルンではないようだ。
「どうぞ、こちらへ」
そうモモが呼ぶと、一礼してミラク・ルンがモモの隣に立った。
モモがミラク・ルンにマイクを渡すと、彼はあの3年前と同じ言葉を発した。
「神は人の死を予言することができる不思議な力を、私にくださいました。その力を使い、みなさまには悔いの残らない最期を遂げていただきたい……これが私の究極の願いです」
「この言葉……。あなたのお父様の言葉ですよね」
「えぇ、そうです。お父様のことを尊敬していますから」
「そうですか。ところで、あなたのお父様、マジカ・ルンは今どこにいるのですか?」
少し間を置き、
「死にました」とミラク・ルンは言った。
「えっ?」
「邪魔が入り死にました」
「その姿をあなたは確認したのですか?」
「いえ、見ていません。ただ、私とお父様は以心伝心でつながっていますから、感じたのです」
「あなたは本当にマジカ・ルンの息子なのですか?」
「息子……そうですね。一般的にはそう言えるかもしれません。ただ、お父様の立場なら、私は単なるお父様の魂を受け継いだものでしかない」
(こいつ何を言ってるの?)と、ミラク・ルンの発言は気味が悪かった。
「その仮面……取ってもらうことはできますか? その仮面をつけながら話していても、説得力がありませんから」
「ふふふッ、いいでしょう。しかし驚かないでくださいよ……」
そう言うと、ミラク・ルンは右手を自身の顔に持っていった。
すーっと仮面の下に隠れていた顔が見えてくる――。
「イヤ――ッ!」
突然モモが叫んだ。
その仮面の下に隠れていた顔を目にした途端、恐怖が体に走った。
「どうしてッ」と、モモは体を震わせている。
「どうしてアキラ君の顔なのよ……」
その仮面の下にはアキラの顔があった。その顔は白く、血が通っていないように見えた。
「この顔の人物をご存じでしたか」と、ミラク・ルンはクスクスと笑っている。
「あなた……。いったい何なのッ」
「モモさん残念ですが、これ以上私の邪魔はさせません」
ミラク・ルンは客席に向かって言った。
「みなさま。3年前、私の父であるマジカ・ルンがしたことを覚えていらっしゃいますか? そう……父は予言通り、生放送中に橋本ヨシヲを殺しました。父は、死を直面させることにより、もう一度「生きる」ということを再認識させたかった。まぁ、橋本ヨシヲは何も改めることなく死んでいきましたが」
そして、
「せっかくの3年ぶりの番組ですからね、盛り上げようじゃありませんか。では……この生放送中にもう一度、3年前と同じことをして差し上げましょう。ね、モモさん」
「えっ……」
ミラク・ルンはモモに視線を向けると、彼の左手の甲を前に突き出した。
「あなたの首を、10分後に消して差し上げましょう」
「えッ?! ちょっと」
ミラクルンルン、ミラクルーン
ミラクルンルン、ミラクルーン
その仕種を目にしたモモは、3年前の記憶が鮮明によみがえる。
「イヤッ、死にたくない」
モモはじりじりと後ろに下がった。
ミラクルンルン、ミラクルーン
ミラクルンルン、ミラクルーン
「助けて、死にたくないッ!」
モモは客席に飛び込んで助けを求めるが、誰も触ろうとはせず、悲鳴が上がるだけだった。
ミラクルンルン、ミラクルーン
ミラクルンルン、ミラクルーン
「誰かァ、助けてよォ」
モモはふらふらとディレクターに近づく。しかし、
「く、くるな……本番中だ、ぞ」と、ディレクターはモモを突き飛ばした。
そしてついに……
ミラクぅー、ル――ンッ!
ミラク・ルンは両腕を上げ、呪文を唱え終えた。
「モモさん、あなたは10分後に死にます」
その言葉を聞いたモモは泣き叫んだ。
「どうして誰もォ、あいつを止めてくれなかったのッ! まだ死にたくないッ! ねぇどうすればいいのよッ!!」
「もうどうにもできません。残り10分の人生を悔いのないよう楽しみなさい」
「うわぁ――ッ!」
モモはスタジオの出口に向かって走り出した。
その泣きじゃくる姿が、スタジオに設置された大型のスクリーンに映し出される。
モモがスタジオから出て行くと、ミラク・ルンは口を開いた。
「モモさんのあの素晴らしい表情を見ましたか? あれが死に直面した人の「生きる」という顔なのです。番組の担当者さん、ぜひ先ほどのモモさんの顔写真を作成して、みなさまに配布をしてください」
「……お前何を言っているんだ」
ディレクターがミラク・ルンの所へやってきた。
「ふふふッ……」
「何がおかしいッ?!」
「もし、1週間後、2週間後、いや1ヵ月後に死ぬと医者に診断されたらあなたはどうされますか? 精一杯生きようとするでしょう。精一杯今までやれなかったことをしようとするでしょう」
「何が言いたい……」
「ふふふッ」
ミラク・ルンは目を閉じ、すーっと深呼吸をした。
しばらくの沈黙の後、静かに口を開く……
「……今の人間は殻に閉じこもり、うわべを飾るものばかり。神はそんな人間のために苦労して、我々を創造されたわけではないッ! 死を目の前にしたときの人間の顔、あれが本来の動物の顔であり、神が望んでいたものなのだ! あぁ、死を目の前にしたときの人間の顔はなんて素晴らしいッ! さぁ今こそ殻を破り、本能で生きるときがきたのだッ! この平和ぼけした人間どもの目を覚まさせるために、私は「預言者」としてこの地に参ったのだから」
そうミラク・ルンは答えると、持っていたマイクを手から放した。そのマイクは大きな音を立てて、床に落ちた衝撃からマイクの先端が外れてしまう。
その壊れたマイクに視線を向けたミラク・ルンは、
「たった今モモさんが……」と、静かに手を合わせた――。