第三話――敵を討つ
モモから教えてもらった住所を頼りに車を走らせ、あるマンションに到着した。間もなく0時だ。
「404号室ね……」
4階まで階段を上ると、廊下の奥にその部屋はあった。
その部屋の前に立つと、俺は大きく息を吐いた。
「ふ――っ」
ひらすら息を吐き続け、頭がくらっとしてきた。胸に手を当てると鼓動が速い。俺はかなり緊張しているようだ。
「事前に立てた計画通り実行すれば大丈夫だ。俺ならできる」と、何度も自身に言い聞かせた。
「よしっ」
鍵を差し込み、音を立てないように静かに回した。
カッシャンッ……
ドアを静かに開けると中は真っ暗で、電気はついていないようだった。
足もとが見えないので、俺はパチンと電気をつけたい気分なのだが、万一マジカ・ルンが起きてしまったら大変だ。
(そんなときのために……)と、俺はポケットからペンライトを取り出す。
物音を立てないように忍び足で部屋の中央へ向かう。
(ん……?)
するとちょうど俺の前に、ベッドが目に入った。
ペンライトの先をゆっくり上げると、布団が膨らんでいるのがわかった。
マジカ・ルンが寝ている……。
ペンライトの光をゆっくり枕の方へスライドしていく。途中その光がマジカ・ルンの顔にじかに当たらないように、俺の左手をかぶせて、わずかな光で枕近くを照らしていった。
そのわずかな光が暗闇をはねのけ、マジカ・ルンの顔がうっすらと浮かび上がった。
そのマジカ・ルンは目を閉じて眠っているようだ。
やはり目の前だと緊張する。
しかし……そんな緊張している余裕はない。
目を覚ます前に殺さなくては。
俺はペンライトを口にくわえ、背負っていたリュックを静かに足もとに置いた。手袋をはめて、タオルでグルグルに巻かれた包丁をリュックから取り出す。
ドクン…ドクン…ドクンと、心臓の鼓動が速くなってきた。
(焦るな…焦るな…)
少しでも気をゆるめた瞬間、口にくわえていたペンライトを床に落としてしまいそうだ。
堅い肉を噛むように、俺はペンライトを歯で強く固定した。
ゆっくりマジカ・ルンに近づく。
万一マジカ・ルンが目を覚ましてしまった場合、どんな力を使うかわからない。だから俺には失敗は許されない。バレる前に一発で仕留めなくてはならない。
布団の端を左手でつかみ、すーっと持ち上げた。
左手が震える。こんな緊張初めてだ。
布団をどうにか折り返すことができ、マジカ・ルンの上半身が見えたのだが。
(えっ……)
俺はドキッとした。
マジカ・ルンは服を着ておらず、上半身裸で死体のように白かった。
(こいつ死んでいる? いや、そんなことない……。でも、こいつから寝息が聞こえない気がする……)
変な考えがどんどんよぎる。
(落ち着け…落ち着け…)と、俺は目を閉じて気持ちを落ち着かせた。
(よしっ……)
包丁を振り下ろす先、ねらいを定めた。
マジカ・ルンが生きてるか死んでるかなんて、これからこいつを刺し殺す俺にとってみたら、結果は同じことだ。
俺は両手で包丁を握り、頭上に上げた……。
(マジカ・ルンッ、死ね――ッ!)
俺は心臓近くをめがけて、思いっ切り振り下ろした。
ペコッ……
(あれ?)
もちろん俺は人を刺すという経験は、今回が初めてだ。
しかし、刺すという感触は……こんなものなのか?
ゴムのような素材に突き刺した感触だ。
俺は突き刺した包丁を、両手でグリグリと上下に動かした。
やっぱりおかしい……。
刺した箇所から血が出ない。
それに俺の包丁の動きに合わせて、その箇所がペコペコとへこむ。
俺は包丁から手を放した。
マジカ・ルンの体に1本の包丁が、真っ直ぐ突き刺さっている。
この異様な雰囲気が俺の鼓動をさらに速くした。
俺はペンライトの光をマジカ・ルンの顔に向けた。
マジカ・ルンは一声も上げず目を閉じたままである。
そのマジカ・ルンの顔を、俺は触ってみようと思った。
右手の人差し指を伸ばし、マジカ・ルンのほほに近づける。
残り数センチという所まで人差し指を近づけると、俺はマジカ・ルンのほほに勢いよく突き刺した。
ペコッ
(えっ!)
マジカ・ルンのほほがへこんだ。
俺は目の前に起きていることに理解ができず、人差し指で何度も何度もほほをつっついた。
ペコッ
ペコッ
ペコッ
(なんなんだよこいつッ!)
俺は気が動転して、さらにマジカ・ルンの顔を手の平で押しつけた。
ベコッ!
簡単に顔がぺちゃんこにつぶれてしまった。
手をゆっくり上げると、そこには手の形にへこんだマジカ・ルンの顔がある。そして……
ベコンッ
へこんでいたマジカ・ルンの顔が、音を立てながら元に戻った……。
「ひっひ――ッ!」
俺は口にくわえていたペンライトを床に落とし、恐怖から腰が抜けてしまった。
「逃げなくちゃ逃げなくちゃ」
俺は両手を使い、腰が抜けてしまった体をなんとか動かして床をはいずり回った。
(あともう少し…あともう少し…)
あともう少しで部屋から出られる。
――しかし、俺の耳元であいつの声がした。
「そんなに怖いかい?」
「ひっ」
その声は紛れもなくマジカ・ルンの声だった。
「マジカ・ルンなんてもう既にこの世にいないんだよ……。これ以上私に関わるなとせっかく忠告をしたはずなのに、君は本当に首を突っ込み過ぎたね」
俺が見た夢は、こいつが作り出したものだったのか……。
「お前はいったい……」
「ふふふッ、私はね――」
俺はわかった。こいつは――。
次に味わう恐怖に備え、俺は力強く目を閉じた。