第一話――殺害
「1枚白い紙と、ハサミをいただけませんか?」
マジカ・ルンは目の前にいるADに聞いた。
「は、はい?」
生放送中ということもあり、ADはとっさにカンペ用の白いスケッチブックを1枚切り取り、自身が使っていたハサミをマジカ・ルンに手渡した。
「ありがとうございます」
マジカ・ルンはADに一礼すると、受け取った1枚の白い紙をチョキチョキと、写真サイズの大きさに切り取っていった。
「さてと」
マジカ・ルンはその写真サイズに切り取った紙を、テーブルの上に裏返しで置いた。
そしてマジカ・ルンは橋本ヨシヲが座る客席に、自身の左手の甲を外側に向けて、「顔を消そうかなぁ……」とぶつぶつつぶやいている。
「カメラさん! こちら側から撮影していただけませんか?」
と、マジカ・ルンはカメラマンを呼んだ。
「え? ここから橋本ヨシヲさんを撮影するんですか?」
「えぇ、そうです」
カメラマンはマジカ・ルンの隣に立ち、言われた通りにここから橋本ヨシヲを撮影した。しかしこの位置から撮影すると、ちょうど突き出したマジカ・ルンの左手の平で、橋本ヨシヲの首から上が隠れてしまう。
「マジカ・ルン先生、その手、どけてもらえませんか?」
首から下を撮っても意味がない。カメラマンが撮り続けている映像は、客席からも見えるように、スタジオに設置された大型のスクリーンに映し出されている。そのマジカ・ルンの手の平で、影ができてしまい、客席からも「見えないよ……」と声が上がっている。
「いいんです、これで。スクリーンに映し出されたものを、写真のようによく覚えてといてくださいね」
マジカルンルン、マジカルーン
マジカルンルン、マジカルーン
マジカ・ルンは目を閉じて、呪文のような言葉を唱え始めた。
しばらくすると、その呪文を唱え終えたマジカ・ルンは、先ほど紙を置いたテーブルへ向かった。その裏返しにした紙を手に持ち、カメラマンの横に再度立つ。
「これを映してください」
その紙の裏には、真っ赤な色で何かが浮き出ていた。
それがモニターに映ると、スタジオで悲鳴が上がった。
その真っ赤な絵には、首から上のない人物が浮き出ていた。
それはマジカ・ルンの隣で撮影した、首から上のない橋本ヨシヲをイメージするものだった。
「私は頭に描いたものを、写真のように焼きつけることができるのです。橋本ヨシヲさん……これはあなたの死にざまです。そして、あなたはこの番組が終わるのと同時に死にます」
マジカ・ルンからそう告げられた橋本ヨシヲは、「できるもんならやってみろ」という顔をして、客席から笑いを取っている。
「橋本ヨシヲさん。あなたの命、残り30分しかありません。さぁ残りの人生を、悔いのないように楽しみなさいッ!」
「お前……どうかしてるよ」と、橋本ヨシヲはからかった。
その言葉を聞いたマジカ・ルンは、「私の気持ちが伝わらないようで、残念です」と悲しい顔をした。
その後は客席からの相談や、いつもの予言をマジカ・ルンはこなしていった。
そしてついに、番組終了30秒前になった。
「30秒前になりました! 橋本ヨシヲさんの運命がどうなるのか」
「問題ありません。あの方は死にます」
マジカ・ルンは自信ありげに言った。
「20秒前……」
「10秒前……」
「8…7…6……」
そしてその時がやってきた。
「0!」
モモが大声を上げた。
橋本ヨシヲの顔にも緊張の色が見える。
しかし……
何も起きなかった。
「マジカ・ルン先生、何も起きませんけど……」と、モモが心配したときだった。
マジカルンルン、マジカルーン
マジカルンルン、マジカルーン
マジカ・ルンは両腕を広げ、ぶつぶつと、先ほどの呪文を唱え始めた。
「お前はやっぱり偽物だ! このいんちき――」と、橋本ヨシヲが言いかけたその時、
マジカぁー、ル――ンッ!
ガッシャン!
スタジオの照明が落ちた。
「おい、早くつけろ! 何も見えないぞ」
急に真っ暗になったため、スタジオがパニックになった。
ただ……、10秒も経たずに照明がつく。
「おぉ、よかった」と、誰もが安堵したときだった。
客席から悲鳴が上がる……。
その悲鳴がした方へカメラを向けると、そこには首から上のない橋本ヨシヲが立っていた。
「ぎゃ――ッ!」
スタジオ中に絶叫の渦が起きる。
頭部のない橋本ヨシヲはバランスが取れず、ふらふらと足を動かしていた。そして、
ぷしゅ――ッ
切断された首から噴水のように血が吹き出し、橋本ヨシヲの洋服が見る見ると真っ赤に染まっていく。それはマジカ・ルンが先ほど紙に焼きつけた真っ赤な絵と、そっくりだった。
「警察と救急車をとにかく呼べッ!」
スタジオはカオスとなった。
どう対応したらよいかわからず、モモも唖然としてその場で立っていた。
そんな姿を見ていたマジカ・ルンは、モモに近寄ってきて言った。
「モモさん……。これ、あなたにプレゼントです」
ニコッと笑うマジカ・ルンは左手でつかんているものを、モモの目の前で見せた。
「いや――ッ!」
モモは絶叫した。
その左手は橋本ヨシヲの髪の毛をギュッとつかんでいる。
橋本ヨシヲの瞳は外を向き、切断された箇所からはポタ…ポタと、血が滴り落ちていた――。