プロローグ――マジカ・ルンの不思議な世界
「おい、アキラ! テレビのチャンネルを回せ」
ススムが俺の肩をつっついた。
――ススムは5年上の俺の先輩である。
「先輩。何か面白い番組でもやるんですか?」
不機嫌そうな顔して、俺はチャンネルを切り替えた。
「バカヤロウ! 12時からマジカ・ルンの特番やるだろ」
「あぁ、あのマジカ・ルンですね」
マジカ・ルンは、令和最強の霊能力者として知られている。
身長は180cm近くあり、体形は細く顔はイケメン……である。だから女性からは大変人気で、相談の希望者が後を絶たない。
どのような霊能力なのか?
人の死にざまが目に映るらしい。
――「〇月〇日、〇時〇分にあなたは死ぬ」
そうマジカ・ルンから予言されると、人は残りの日数を必死に生きようとする。そしてその日つまり死ぬ日には、最高な人生を送ることができたと、すがすがしい気分であの世に逝けるというのだ。
「マジカ・ルンの力で、つまらない日々にスパイス」とか、「死を知り、第2の人生を歩もう」とか、老若男女問わずマジカ・ルンの死の予言が大流行している。
それにしても、この予言が当たるもんだから恐ろしいことだ。
「アキラ、お前は一応出版社で働くマスコミの人間なんだから、流行に敏感にならなくちゃダメだぞ」
「すみません」
俺は適当に謝った。
「楽しみだなぁ。今日は生放送だもんな」
ススムの視線はテレビ画面に釘付けだ。
「先輩、俺はどうもこのマジカ・ルン……うさんくさい感じがするんですけど」
「しー。静かにしろ」
ススムは人差し指を、自身の唇に近づけた。
マジカ・ルンの特番が、いよいよ始まる――。
「――スタジオ客席のみなさま。テレビを御覧のみなさま。長らくお待たせいたしました! ついにマジカ・ルン先生が、生放送中に目の前で、霊能力を披露されます! もうスタジオ客席からは、興奮の熱気がすごいすごい! この番組のMC、私モモが担当いたします。では、最後までお付き合いください! 『マジカ・ルンの不思議な世界』の始まりです!」
モモが頭を下げると、スタジオの照明が暗くなり、リズミカルな音楽が鳴り始めた。
ドゥン、ドゥン、ドゥン、ドゥン、ドゥ――ン
ゲスト入り口にカメラが向くと、プシューッと白い煙が吹き出て画面を覆う。その煙の中からゆらゆらと、黒い人影が現れてきた。
「キャー! マジカ・ル――ン」
客席から黄色い声が上がる。
ようやく煙が薄くなり、マジカ・ルンの顔も確認できるようになった。
「マジカ・ルン先生、どうぞこちらへお越しください!」
モモが呼ぶと、マジカ・ルンは一礼して彼女の隣までやって来た。
「みなさーん、マジカ・ルン先生御本人ですよ! さぁ拍手ッ!」
ワーっと拍手が沸き起こる中、マジカ・ルンは右手を上げて手を振った。
マジカ・ルンは紺色のスーツで、同じ色のネクタイを着用していた。スーツがとてもよく似合っていて、モデルのようだった。
モモがそんなマジカ・ルンにマイクを向けると、彼はゆっくり口を開いた。
「こんにちは。初めまして。マジカ・ルンです。今日は生放送ということでとても緊張しています」と、マジカ・ルンは自身の笑顔を客席に振りまいた。
「マジカ・ルン先生、いつもの予言、今日もお願いいたします」
「えぇ、わかっています。今日は生放送中目の前で、人の死を予言いたします」
マジカ・ルンは両手を合わせて目を閉じた。
「神は人の死を予言することができる不思議な力を、私にくださいました。その力を使い、みなさまには悔いの残らない最期を遂げていただきたい……これが私の究極の願いです」
「マジカ・ルン先生……。では、よろしくお願いいたします」
モモのこの呼びかけに答えるかのように、マジカ・ルンは両目を開けた。
「えぇ。では……そこに座っていらっしゃるあなた」
マジカ・ルンは客席の1番後ろの席に座っている、1人の男性を指で差した。
盛大な拍手の中、その男性が席から立ち上がった。
しかし、なんだかその男性は不機嫌そうだ。
「では、こちらまでお越しください」と、モモがその男性に向かって手招きをしたときだった。
「こいつは偽物だ! こいつの話を信じてはならん!」
その男性が急に大声を上げたため、客席がざわめき始めた。
「……あなたは?」
モモが少し緊張した顔つきで聞いた。
マジカ・ルンはその男性をジッと見つめている。
「俺は橋本ヨシヲだ……アンナの父親……。よくも俺の娘のアンナを殺してくれたなッ! この人殺しがッ」
「えっ……」とか「ほんと……」とか、客席からぽつりぽつりと不安な声を投げかける。
「ふふふッ」
マジカ・ルンはくすくす笑っている。そして、
「アンナさん……? あぁ思い出しましたよ。あなたは、あのアンナさんのお父様だったのですね」と言った。
「何がおかしい?!」
マジカ・ルンのバカにしたような笑い方が、橋本ヨシヲのかんに障った。
「ふふふッ」
「貴様ァ! 何がおかしいんだッ?!」
「……いやぁ、頭の悪そうなお父様だなぁって」
「何ッ?!」
「……アンナさんはお利口でしたよ。人はいつ、そしてどこで死ぬのかわからない。そんな中で人は幸福に生きていけますか? アンナさんは自分の死にざまを知ることによって、とっても有意義な最期を遂げることができたのですよ。……あなたはアンナさんのお気持ちを、何一つわかっていらっしゃらない」
「ば……ばかを言うなッ! ア、アンナはな。お前に殺されたんだ! お前が洗脳して、アンナに首をつらせたんだ」
「お父様……これ以上変なことを言うと……」
「何とでも言え……。お前は人殺しだ!」
「ふふふッ」
マジカ・ルンはニヤッと笑い、モモからマイクを奪い取った。
「今日は特別に……私の新しい力をお見せしましょう!」
台本にない出来事が起きてしまい、モモの顔が引きつっている。
「私は……人の「死」を予言することだけではなく、その「死」を私自身で決めることができるのです! つまり……人を殺すことができる」
スタジオが妙な空気に包まれた。
多分、客席もその変な空気を感じ始めたのだろう。
その恐怖から泣き始める者もいた。
「殺すと言っても、ナイフで刺すような物理的な方法ではございません。だから残念ながら、私を法で裁くことはできない」
「ば、ばかばかしい……。そんな能力があるのなら……どうだ、私を殺してみろッ!」
橋本ヨシヲは大声で怒鳴った。
「……ふッ」
含み笑いをしたマジカ・ルンは、両腕を大きく広げて……
「えぇもちろんですよ! お望み通りに殺して差し上げましょうッ!!」
と満面に笑みを浮かべ、橋本ヨシヲにそう言った――。