12月-8 校舎の上で……
夕日に染まった、とまではいかないが、少しオレンジ色に染まった階段を俺は昇っていた。周りには当然、誰もいない。
いつも、この時間に階段を降りて生徒会棟に向かっているはずなのに、今日はいつもと全然違う気がする。周りに人がいないからなのか。
こうしてみると、学校というのは寂しい場所に感じる。……いや、これは俺の気分が落ちてるからそう感じるだけだ。学校が寂しい場所なわけがない。
タッ、タッ、タッ……
最後の階段を昇っていくと、そこにはただ外とつながる扉があるだけの踊り場。そして、その扉にゆっくりと手をかける。
ガチャ
扉を開いたら、まず、吹き込んできた冷たい風が頬を刺した。そして目に飛び込んで来たのは、茜色に染まった空と、屋上にたたずむラブだった。
「やっぱりラブか」
「……わかっちゃうんですね」
ラブは夕日を背に、笑っていた。しかし、その笑顔は最後に見たメエの笑顔に似ていた。
「ラブだって、俺がわかるのがわかってたろ」
「なんとなく、ですよ」
いつもよりラブとの会話がぎこちない気がする。
「どうしたんですか?」
しかし、ラブはいつも通りにも見える。……なら、なんでだ?
「それは、ゼロくんがいつもと違うからです」
「!!」
ラブに心を読まれた!?
「今日のゼロくんは読めます。いつもは心まで闇で覆ってるみたいになってるのに、今日は無防備になってる」
俺は確認するように自分の左胸をさわった。しかしそこから聞こえたのは、早くなっている心臓の鼓動だけだった。
「ゼロくん」
俺は体まで反応しなかったが、心は警戒するようにびくびくしている。
「聞いてほしいことがあるんです」
「な、なんだ?」
初めてかもしれない。こんなに人が怖いと思ったのは。
「私の気持ちをあなたに伝えます」
自然と体に力が入る。
「私はあなたのことが、好きです」
……え?
「あなたのことが大好きです。もちろん、LIKEではなく、LOVEです」
ラブから告白。
正直、わかっていなかったと言ったらうそになる。自分を騙しながら、心のどこかではわかっていたはずだ。
ラブが俺を気にしていたことは。
「大丈夫です。私はどこにも行きません」
ラブは俺の心の弱くなっている部分をつくように、俺の求めている言葉を与えてくれるように、俺の気持ちをわかってくれるように、言葉を選んでいた。
「これからは私がゼロくんをフォローしてあげます」
ラブの言葉を聞いてると、すがりたくなる。そして、自分がどれだけ弱くなっているかがわかる。
でも、受け入れることは弱い心が拒んでいる。なぜかはわからない。しかし、拒んでいる。
「ラブ、俺は……」
「答えないでください」
「……え?」
答えようとしたわけではなかったが、なぜかラブは俺の言葉を止めた。
「きっと今なら、私でもゼロくんを頷かせれます。でも、メエちゃんのいない場所でそれはできません」
「なんでだ?」
ラブは真面目な顔で言ってるが、おかしい。
「メエちゃんはいつも、みんなが大好きです」
「だから、なんなんだ?」
「だから、誰もメエちゃんを悲しませたくはないんです。メエちゃんの気持ちを、裏切れないんです」
そこまで言われてやっとわかった。榊の言ってることの意味が。
あの無邪気を裏切るなんて考えてもできないわけだ。結局のところ、俺も。
「はぁ、悲しくなってくるな」
それなのに、俺はメエにいろいろなことを言ってたわけだ。
「……ラブ、頼みがある」
「なんですか?」
「メエの携帯に、電話をかけてくれないか」
ラブは笑顔で頷いてくれた。
「……どうぞ」
ラブは携帯を渡してくれた。耳を当てると、何度かコール音がした。そして、ちょうど8回目にそれは切れた。
『……ラブ?』
「残念ながら、俺だ」
『ゼロ?』
不思議そうにしているが、驚いてはいない。
『……どうしたの?』
落ち着いた声だ。悟ったような。近くに誰かいるのか。
「……質問だ」
ゆっくりと話し始める。
「学校は、好きか?」
『え?』
この質問は予想していなかったようだ。
『……大好きだよ』
「どんなところが?」
俺は間髪入れずに続けた。
『みんなが優しくて、楽しそうで、いつも笑顔で、いたら温かい気持ちになって……みんな……』
どんどん声が小さくなっていく。
「……メエ、帰りたいか?」
『……』
「帰って、またみんなと笑える日常を送りたいか?」
『……』
答えない。やっぱりダメか。
『……たいよ』
「え?」
『帰りたいよ!! 帰ってみん』
メエの言葉は切れ、プープーという電子音が残った。
「ラブ、ありがとう」
携帯をラブに返した。
「どうでした?」
「あいつの答えが聞けた」
その答えにラブは微笑んだ。
「さて、これからどうするか。マジさんに会話を録音してもらってればよかったな」
「できてるぞ」
屋上に現れたのはマジさん。
「どういう、ことですか?」
「ごめんなさい。実は真島先輩に頼んでいたんです」
ラブは申し訳なさそうに、マジさんはいい笑顔でいた。
「はは……俺って、そんなにわかりやすかったですか?」
「「前よりは」」
2人に言われてしまった。
しかし、おかげで道は開かれた。まだ用意しないといけないことはあるが、それでもいける。
あいつを取り戻す。