12月−5 12月23日は何でしょう
「えっとね、お名前、なんて言うの?」
「名前、ですか?」
「そう! 名前! 呼ぶ名前がなくちゃ呼べないでしょ?」
「しかし、自分の名前なんて、無視してくれれば……」
「嫌。教えてくれなきゃ拗ねるよ」
まさか、ここまで頑固だとは思わなかった。しかし、自分はただの付き人の1人であるし……
「教えないと、お父さんに言っちゃうよ」
まさか、それを盾にするか。
「む〜!」
「……わかりました。わかりましたよ」
「ホント!? じゃあ、ボクの名前を教えるね!ボクの名前はメエって言うんだ!」
……メエ?
「芽ではなくて?」
「? だから、メエだよ」
……きっとうまく言えてないだけだな。
「ボクが言ったんだから、次はキミの番だよ!」
「わかってますよ。自分の名前は……」
「……なんでこのタイミングでこの夢を見るのかねえ」
現在時刻は午前7時半。いつも通り、朝だから低血圧で不機嫌というのもあるが、夢見が最悪だったため、いつもの数倍増しで悪い。
あいつのことを意識したからあんな夢を見たんだろうが、このタイミングで見たくなかった。いつも通り、夢なんて覚えてないで起きたかった。
「……とりあえず、朝飯を食うか」
顔を洗って身支度を一通り済ませる。そこまでやって思い出す。
そういえば、今日は天皇誕生日、祝日だ。
ゆっくりと考えてみれば、今年は木曜日が天皇誕生日で金曜日に終業式の予定だ。昨日の教室で、教師たちに生徒代表として抗議しろとかいろいろ騒ぐ奴らがいたのに、すっかり忘れてた。
それだけメエのことは衝撃だったということか? ……まさか、な。
俺は軽く寝癖を直して、朝飯を食べに行くことにした。
「ピンポーン!!」
……適当に身支度を終わらせたところで外で誰かが叫んだ。
「ピンポーン!! 高月零夜さーん!! 早く出ないと超近所迷惑になりますよー!!」
「黙れ、原因」
扉を開けるとそこにいたのは金髪をポニーテールでまとめたハルさんに似た少女。
「朝から何の用だ?」
「この不肖、藤原友里が高月零夜様を朝食に誘いにきたわけでございまするぞ」
「頼むから、標準語を話してくれ」
朝っぱらから頭が痛くなりそうだ。
「ではでは、一緒に朝食と参りますよね?」
「……わかったよ」
どうせ断る理由なんてないわけだしな。
「おばちゃーん!! 朝食セット2つ!!」
元気よいユリの声がまだ人の少ない食堂に響いた。
「はいよ! おや? 友里ちゃんが誰を連れて来たかと思ったら、男かい?」
「確かに連れて来たのは男ですけど、残念ながら彼氏とかじゃないよ。なんせ彼の周りでは、すでに昼ドラみたいな超ドロドロな三角関係ができてしまっているの」
「おい」
なんか聞き捨てならないセリフが聞こえたぞ。
「ははは。わかってるよ。ほい、朝食セット2つ」
おばちゃんよ!わかってるって、何がだ!?
「ありがとー」
ユリは気にせず朝食を受け取った。いろいろとツッコミたかったが、文句が通じる相手な気がしなかったので諦めた。
そして、入り口から一番遠い席にユリが座ったので、俺はその対面に座った。
「いっただきまーす!」
朝っぱらから朝食に誘って何の話があるかと思ったら、ユリは特に何か話すこともなく朝食を食べ始めた。
「いただきます」
俺も普通に食べ始めた。
「……そういえば、ここのおばちゃんとは仲がいいのか?」
特に話し始める気配がなかったので俺の気になったことを聞いてみた。
「うーん、他の人よりは、いいと思いますよ。愛佳ちゃんや飛鳥ちゃんと一緒に何回か料理を教えてもらったことがあるんだ」
「料理?」
「女のたしなみだからね」
女のたしなみ、か。たしかに、ラブやトバリは気にしそうだな。正直、ユリは意外だったけど。
「実は、メエちゃんも1週間ほど前に初めて、料理を教えてもらったんだ」
「メエが?」
それはかなり意外だ。メエなら料理は作るものじゃなくて、食べるものぐらい言ってそうだが。
「3、4ヶ月前にもメエちゃんを誘ったんだけど、そのときは断られちゃったんだ。でも、先週はメエちゃんから、やりたい、って言ってくれたんだよ」
「一体、何に影響を受けたんだろうな」
「……」
さっきまで軽いテンポで話していたユリの口が突然、止まった。
ユリのほうを見てみると、なんか睨むようにこっち見ていた。その表情はいつもの緩い表情ではなく、真っ直ぐにこっちを見ている。
「本気で言ってるの?」
「本気? 何がだ?」
どちらも無口な時間が少し続いた。そしてしばらくして、俺が朝食を食べ終わった。まだ、ユリは食べている。
「じゃあ、俺は先に戻るな」
「メエちゃんは自分から動いた!」
突然、ユリが大きな声を出した。
「いつまで鈍くいるつもり?」
「……何のことだ?」
俺はそう言って、ユリと別れた。