9、10月-40 すべてを捨てるか
タンタンタンタン……
俺は階段をテンポよく降りていく。運よくか運悪くか、俺がいるべき校舎が屋上にいたB棟だった。そこはすでに祭りのあとのような静けさをかもし出していた。しかし、気配でわかる。1人だけ人がいると。
「出てこいよ。そこにいるのはわかってる。」
相手は静かに出てきた。初めて会ったときと変わらない眼鏡とでこ出し。うちの制服を真面目に着てくれている。ただ違うのは……木の長刀を手に持っている。
「お久しぶりです。風紀部部長、志木 佐里さん。」
俺は丁寧にあいさつをしたが、頭を下げるのは嫌いなのでそれはしなかった。
「驚かないところを見るとすでに予測済みということですか。さすがですね。」
「そういうあなたこそ。この辺りをラブ、長峰や藤原さんが通ったでしょ。それを無視するなんてどういうつもりですか?」
「あの人たちは他の人にまかせても大丈夫ですが、あなたは私が相手をするべきと考えました。」
……相変わらず、どこかに報告するように話す人だな。
「それと敬語もいりませんし、各人の呼称もいつも通りでかまいません。あなたにとって私は、先輩でなく、年上でもなく、ただあなたの前に立ちはだかる敵なのですから。」
おいおい。確かにそれくらいの覚悟がなきゃできないかもしれないが、それはさすがに重すぎるだろ。しかし、あの眼鏡の中にある瞳は真剣そのものだ。
そこでわかった。この人は、そういう人だ。不器用で不器用で不器用。ゆえに真っ直ぐ。だからこそ、この人に人はついていき、この人は騙される。
「わかりました……と言いたいんですけど、俺にはあなたをタメ口で呼ぶ度胸なんてありませんよ。名前については呼びにくいのでニックネームで呼ばせてもらいます。」
「……まだ敬語を使うべき相手だと?」
「はい。それは揺らがないと思います。」
俺はそんなことを言いながら木刀を構えた。
「……剣道三倍段というのを知っていますか?」
「ここで剣道サンバルカンとは言わないほうがいいんでしょうね。もちろん知ってますよ。長物を持った相手に剣術で勝とうと思ったら相手の三倍の段位が必要、ってことでしょ。」
「その通りです。つまり私の長刀相手に勝つには私の三倍強くないといけないということです。」
「それは間違いですよ。確かに、まったく同じ能力の相手ならばそうかもしれませんけど、相手よりも肉体、精神共に凌駕していれば三倍もいりません。」
その言葉を聞いて志木さんは長刀を構えた。もしかしたら降参させたかったのかもしれないが、それは無理だ。俺が純粋な勝負で負けるはずがない。
「……あなたがいなければ、こんな面倒なことにならなかったかもしれない。」
「あなたがいなければ、こんな面倒なことにならなかったかもしれない。」
志木さんの言葉に同じ言葉を返した。
そして俺らは、同時に動いた。