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不死の魔人と閻魔姫  作者: 渡邊裕多郎
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第二章 地獄界考察・その2

 翌朝。目覚まし時計がジリジリ言いだすと同時にヒロキくんが起きあがった。


「俺って、こんなに寝起きが良かったかな?」


 寝ぼけることもできずにヒロキくんが首をひねる。何気なく見ると、隣の布団にジャージ姿の閻魔姫が寝ている。昨日の騒ぎは夢じゃなかったらしい。その閻魔姫も目をあける。黒百合を思わせる美貌がヒロキを見た。一応、機嫌は直ってるらしい。


「おはよう、ヒロキ」


「おはよさん」


「ボタンは?」


「おはようございます閻魔姫様。私も起きております」


 押し入れから返事がした。牡丹のような美貌のボタンが顔をだす。


「あ、おはようございます」


 冷静に考えたら、こんな美少女たちと一晩を共にしたんだよなー、などと考えてしまうヒロキくんであった。


「じゃ、行きましょうか」


 閻魔姫が立ちあがり、扉をあけて部屋をでた。スタスタと歩きだす閻魔姫を、ヒロキくんが慌てて追う。


「ちょっと待ってくれよ姫。一階には親父とお袋がいるんだぞ。どうするんだよ」


「そのへんは大丈夫だから」


「大丈夫なわけないだろ」


「本当に大丈夫ですから。ご安心ください」


 と、これは背後からついてきたボタンである。あたふたするヒロキくんを尻目に閻魔姫が階段を下りて行った。勝手知ったるなんとやらで居間まで行く。


「あら、おはよう姫ちゃん」


 どうしよう、やべーぞ、などと考えているヒロキくんの心境とは裏腹に、ずいぶんと天下泰平な声がした。ヒロキくんのおかーちゃんである。同時に、スーツを着たヒロキくんのおとーちゃんもでてくる。朝食を終えて出勤する状態のおとーちゃんが閻魔姫を見おろした。


「じゃ、行ってきます」


 ニコッと笑って言い、閻魔姫の頭をなでてから、おとーちゃんがヒロキくんに目をむけた。


「じゃ、行ってくるから。あとは頼んだぞ。あ、おはようございます」


 最後の挨拶はボタンにむかってだった。ポカンとなるヒロキくんである。


「――まァ、わかった。任しといてくれ」


 何もわかってないくせにテキトーな返事をしておとーちゃんを見送り、ヒロキくんが閻魔姫を追って居間まで行った。テーブルの上には目玉焼きと紅茶とトースト。それも四人前。おかーちゃんを含めた人数分だった。


「じゃ、お父さんは行っちゃったけど、いただきましょう」


「はーい」


 閻魔姫が席に着いた。ボタンも。椅子まで人数分ある。ヒロキくんも席に着いてから、おかーちゃんを見つめた。


「? どうしたの? ヒロキ?」


「あのさ。今日、なんか変じゃないか?」


「変って、何が?」


「だって、このふたり」


「あら、なんてこと言うのよヒロキ。昨日も話したでしょ。親戚から預かったふたりだけど、これからは家族も同じに考えなさいって。特に姫ちゃんは小学生なんだし、面倒を見てあげないとだめだって」


「何ィ? そんな話、どっからでた?」


「あの、おばさん、私、ミルクティーがいいな」


「あら、そうだった? ちょっと待っててね姫ちゃん」


 おかーちゃんが立ちあがって台所まで牛乳をとりに行った。閻魔姫が小声でヒロキくんにささやく。


「これからは気をつけなさいよ。意地を張って変なこと言ってると変人扱いされるからね」


「親父とお袋に何をやった?」


「大したことじゃないわ。私、こっちじゃ身寄りもないし。これからもうまく生きていくためには、少し世の中を改造しないと。それで、昨日のうちに、都合のいい家庭環境をインストールして歴史を書き換えておいたの」


「パソコンの環境を変えるみたいに簡単に言うな。そういえば、昨日、親父もお袋も全然起きなかったっけ。あのときから、変更作業がはじまってたってわけか。――つか、姫って、そんなことまでできるのか」


「できないわよ。神様じゃあるまいし」


「は? じゃ、誰がやったんだよ」


「ボタンだけど?」


 当のボタンは黙ってトーストにイチゴジャムを塗っていた。確かに、一応は死神様である。おかーちゃんが牛乳片手に戻ってきた。


「はい、牛乳。少しヌルくなっちゃうけど、赦してね姫ちゃん。――あらヒロキ? 何を話していたの?」


「なんでもねー。飯食うか、飯」


「あ、それから、ヒロキには、はい」


 おかーちゃんが妙な瓶をだした。無色透明の液体が入っている。


「なんだこれ?」


「今日の分のホルマリンよ」


「へ?」


「あんた、それ飲まないと腐っちゃうでしょ。自分がゾンビだってこと、忘れたの?」


 あーそうだった。ヒロキくんが軽く納得しかけてから目を剥く。


「そこまで知ってて、なんで平気な顔してるんだよ?」


「ゾンビだからなんだって言うの? 自分の子供がかわいくない親がいるわけないでしょ」


「ありがたい言葉だねェお母様。泣けてくるぜ」


 天を仰ぎたくなるのを我慢して言ってから、ヒロキくんが閻魔姫とボタンをにらみつけた。どんな家庭環境をインストールしたんだよ?


「御馳走様でした」


 朝食を食べ終わった閻魔姫が椅子から飛び降りた。てーっと居間をでて、二階へ駆け上がる。ヒロキくんが鼻をつまんでホルマリンを一気飲みしていると、昨日とは違うゴスロリ姿で、ネックレスを首にかけた閻魔姫が赤いランドセルを背負ってやってきた。


「じゃ、ヒロキ。学校につれてって」


「何ィ? 俺、まだ飯食ってるんだけど。じゃない。学校ってどういうことだ?」


「行ってみたいから。私、地獄界じゃ、ボタンが家庭教師で、学校に行ったこと、なかったし」


「行ってみたいからって。第一、そのランドセル、どこで都合して」


 言いかけてヒロキくんが口を閉じた。そのへんは、得体のしれない地獄界のインストールで何かやらかしたんだろうってことで納得したらしい。


「わかったから、食い終わるまで待っててくれ」


「では、行ってらっしゃいませ」


 二〇分後、ボタンが入口で頭をさげた。さすがに学校までついてくるつもりもないらしい。ほっとするヒロキくんの手を閻魔姫がにぎる。


「ほら、早く行くわよ、ヒロキ」


「へいへい」


 返事をしてヒロキくんが歩きだした。近所の小学校まで閻魔姫をつれて行って、それから高校か。歩いて行けないことはないけど、方向は逆だな。遅刻するかも――と思っていたが、小学校まで行ってヒロキくんが仰天した。


「なんで小学校の隣に俺の通ってる高校があるんだよ?」


「そういう環境をインストールしたからよ。あなたを家来にした以上、すぐそばだと楽じゃないかって思ったから」


「またインストールか。ご近所の地形まで変更するとはね。ほかの連中が大騒ぎしないのはどうしてだ?」


「あなたのご両親と同じように、ちょっと記憶に細工したのよ」


「ものすごい大犯罪の片棒を担いでる気分だな。こんなことって赦されるのか?」


「気に入らないなら警察に行って全部話してみる? 自分、ゾンビなんですけどって。追い返されるだけだと思うけど。ヒロキのご両親以外には、ヒロキがゾンビだってこと、教えてないし。まァ、信用してもらったら信用してもらったで、ヒロキはどこかの施設につれて行かれて、たぶん、すっごく残酷な実験をされる運命でしょうね」


「な――」


「そのころには、私、地獄界に帰ってるけど。もちろんあなたの魂を持ったまま。さ、どうする?」


「ヘイヘイ。大人しく言うこと聞けばいいんでしょ」


 ウンザリ顔のヒロキくんに閻魔姫が笑いかけた。黒百合を思わせる素晴らしい美貌なんだが、とにかく状況がシャレにならない。


「じゃ、私、学校に行ってくるから。何かあったら、すぐに呼びつけるけど、何もなかったら、あなたはあなたで普通に生活してもいいからね」


「あーそうなってくれたらものすごくありがたいねーマジで。変ないじめっ子にからまれたりはしないようにな。それから、何かあったら、俺よりも、まずは先生に泣きつけよ」


「そんな格好の悪い真似したくないわ」


「そこは我慢しな。未成年の義務だ」


「うるさいわね、家来のくせに。じゃ、放課後にね」


 閻魔姫が言い、小学校の校門まで歩いて行った。さて、自分は高校である。たった一晩の騒動だったが、普通の学校生活が、ずいぶんと懐かしく思えるヒロキくんであった。

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