1章:学校が始まった
5 悪魔契約
朝の日課となる魔道書の解読を行なったのち、学校へ向かう支度を行なった。屋敷には、魔道店で売っていないような貴重書が多く存在する。
これは父上が自己開発した魔法を記録として残したものや、地球に住んでいた頃の難解なものが大半であるため、セイレーヌの力を持ってしても困難を極めるものが多かった。いつか解読できることを期待し、朝の2時間はこの解読に当てている。
単純に父上を超えたいというセイレーヌの思いによるものは大きかったが、地球にいた頃の魔道書はくだらんの争いで多く失われ、非常に貴重となっており、《失われた魔法》も多いため、研究価値が非常に高い。
そのため、魔道書を狙って侵入を試みるものは絶えないし、国家クラスの争いも絶えない。残念ながら父上の望んだ平和な社会は、先導する父を失ったことで脆く崩れ去っているのが現状だ。
はじめは、王の座を狙った権力争いも絶えなかった。しばらくして旧王ラクトスの妃である母上と5人の実力者によって世界は6つに分かれた。
この戦乱は世を実力社会へと変化させた。
もともと魔族の魔法は強大であったため、物事を決めるのに実力行使するのは合理的である。最も、それがわかっていたから父上は武力としての魔法使用を禁じていたのだが、全魔族を統率するものがいなくなればこうなるのも致し方ないだろう。
こうした実力社会は弱者を生み出した。魔力の弱い魔族は《下流魔術師》として罵られ、居場所を失った。そのため彼らは弱者同士で結束し、新たな国を創造した。
実力によって生み出された国家ではないため、唯一の王なき国となっている。7つ目の国。そしてーー
セイレーヌは、はたと我に返った。自分はかの国に対して、何を思考していたのか思い出すことができない。過集中状態から急に現実に引き戻された場合によくあることではあるが、どうにも心に引っかかりを覚えたのであった。
しかしそれを気にする時間はないため、学校へ早々に向かうことにする。魔族は基本夜に活動するものであるため、どうにも生活サイクルが慣れず、常に眠気を要す。
セイレーヌは公務やその他の仕事を有していたため、たまたま夜に活動を行なっていたが、本来子供は大人の魔族を避けるべく、昼間に活動するものなのである。(アルテノス界以前は黒魔道士を避けるのが理由であったが、実力社会になったゆえにこの慣習は残った。)
案外、私の教育係であるゆえに昼間に活動するローレンツも涼しい顔をして眠気を堪えているのかもしれないと思った。
さて、今日の授業は早速例の地下を使用した実技がある。しかし、その前には《悪魔契約》の授業が行われた。おそらく初めての実技で、契約した悪魔を使用させて慣らそうという魂胆だ。
授業は担任であるタシロ先生が担当し、契約手順の説明とともに魔法陣用のチョークで床に魔法陣を書いていた。生徒たちはこれを模倣して机や床に魔法陣の構築を行っている。自分に従う悪魔ができるということで、皆興奮をしているらしい。
最後に血を垂らして<悪魔契約門解放>を行い、各自で交渉を行う。悪魔が契約者の魔力に恐れ慄き服従することもあれば、「舐めた真似をしやがって」などと激昂して攻撃を仕掛けられることもある。
同じ悪魔でも個体差があるため、性格は運要素もあると言えるだろう。この召喚した悪魔を使って、場合によっては代償を差し出すことで力を借りる交渉を行ったり、契約内容を交渉する。
セイレーヌの場合には、契約門を開くにもかかわらず、契約を行わずに雑用を任せることもしばしばあった。
この契約が完了したのちには、<悪魔召喚門解放>で召喚を行うことが可能である。しかし、契約によって召喚できる時間や条件があるため、それを守る必要がある。
厳密には、契約外でも召喚できてしまうのであるが、悪魔との信頼関係にもつながるため、それはマナー違反である。場合によっては、悪魔が召喚を拒絶することも可能だ。
セイレーヌも、授業のために致し方なく悪魔契約を行う準備をしていた。
魔法陣から床が裂け、一体の悪魔が召喚される。セイレーヌの前に立ちはだかった悪魔は、彼の顔を覗き込んで目を輝かせた。
「子供か?子供か?旨そう。いや、私に何の用か?」
どうも変な悪魔を引いてしまったらしい。
「契約するために呼んだ。」
契約門を開いているのだから、当然のことであるが、この悪魔は理解していそうもないため説明を余儀なくされた。
この説明を聞いた悪魔は、それを聞いて鼻で笑った。そして、「お前みたいなガキが私と契約?ふざけるな!」と激昂した。
まあ、よく言われるのだ。どこぞの下品な魔族のように魔力を垂れ流してはいないのだから、そう言われるのも想定の範囲内である。
ゆえに、「セイレーヌの名をもって契約を申し込む!」という常套句でこの悪魔を宥めることにした。
しかし怒りは収まるところを知らない。
「セイレーヌ?は?セイレーヌはもっと白髪でウェーブのかかった嬢ちゃんだぜ?冗談も大概にしろよ。」
気の短いセイレーヌは面倒になり、「あ?」と思わず凄むと、悪魔は怯んだ。
「いや、何でもない、です・・。確かにその年でその目付きはセイレーヌ様にしか出せません。」
悪魔は仕切り直すと、「で、契約時の代償は?」と契約の交渉を開始した。
「はい?」
「いや、何でもない。……あ、でも、たまに甘いものくれると嬉しいん……だが。」
悪魔は遠慮がちにこちらの様子を伺ってくる。
「あー、たまにな……。」
どうにも変な契約だ。しかし悪魔はこのセイレーヌの返事に安堵したようで、おとなしく契約の調印を結んだ。
シフト?もちろんそんなものは存在しない。
ついでに、癇に障ったため、こいつの名前はバカと名付けた。はぁ、すっきりした。
<バカ、退去>
「おい、まて。私が何をしたんだ!?」
閉じかけの契約門もとい、闇の深淵から何か声がしたが、知ったことではない。
セイレーヌも子どもなので、悪魔に理不尽な名前をつけてしまいました。