1章:学校が始まった
3 入学式
王ラクトスの死から、アルテノス界で4000年の時が経過していた。
かつて地球に住んでいた頃、魔族は己の魔法によって長く生きながらえたとはいえ、寿命は精々300年程度。高位の魔族であっても1000年程度が一般的であった。
しかし、どうも魔族の寿命が劇的に伸びていることから、地球とアルテノス界では時の流れが違うように感じている。研究者の分析によって、地球の人間の寿命を想定して、公的年齢が算出された。セイレーヌはというと、1年で1歳歳をとると計算する私的年齢では4004歳、公的年齢にして12歳となる。
公的年齢12歳になると学校へ通うことが義務付けられ、ちょうど本日がその初日であった。
「セイレーヌ様、また昔の事を考えていらしたのですか。」
学校の準備も行わず、朝から大量の嘆願書を前にして窓を眺めていると、教育係であるローレンツに声をかけられた。
「いや。あの時なぜ父は詠唱をやめて逃げることをしなかったのかと思ってな。」
王ラクトスの意志は、本人以外知るところがない。セイレーヌは、中断して後日また人を集めれば良いにも関わらず、なぜ詠唱をやめなかったのか解せない様子であった。もともと父親っ子であった彼女は、このことがいつまでも心に痞え、後悔にも似た表現した感情が渦巻いていた。
「あの御方は偉大な王でした。おそらく、自分の存在が人間側に露呈したことで、魔族の者を異世界にテレポートさせる猶予が得られなくなることを危惧したのでしょう。」
確かに、詠唱はおよそ2時間に及んだ。魔族の人口と比にならない数だけ存在する人間が、父上の手配書でも出した者なら、すぐに見つかってしまい無防備な詠唱を行うことは今後難しかっただろう。
「彼は低能力者、有能力者関係なく、王として国民を守るために一人が犠牲になられたのですよ。」
この発言は、魔族の超実力社会が背景となっている。通常であれば、己の身さえ守れぬ弱き者は、死して当然のことであった。
ローレンツはセイレーヌを見据えて、言葉を続ける。
「セイレーヌ様はじき国王。ラクトス様を見習って下さいね。」
妙に間のあいた諭しに、ローレンツも当時のことを思い出しては、言葉を絞り出すのがやっとのことであるのだと、セイレーヌは思った。
「分かっては・・・いる。」
理性で理解するのは容易くとも、それを受け入れるだけの感情がついていかない。
「すぎたことを申しました。セイレーヌ様、私はこれで。」
ローレンツも、それが分かっているのか、一礼をしてからこの場をさった。彼女の背を見れば、彼女も4000年経ってこの事実を受け入れることができず、心を痛めていることは容易にわかる。しかし、父上を失った悲しみに支配されるセイレーヌには、どのような言葉をかけるべきか検討もつかず、胸の痛みが深まるばかりであった。
元はと言えば、彼女は王ラクトスの側近にして、宇宙創生魔法を使う大賢者であった。二人に恋愛感情は一切なかったものの、それに似た強い結びつきはあった。
ヒトは愛だの恋だの、そういう結びつきばかりを語りたがるが、彼らの繋がりはそう単純な言葉で表現できる者でもない。二人の関係性を見た者は忠義と語るが、ずっと見てきたセイレーヌには、その言葉もしっくりとこなかった。
さて、セイレーヌは憂鬱な気持ちのままに、学校へと向かった。
初日にも関わらず、彼女の心を踊らす者は何もない。もとより学校は義務のため止むを得ず行く者であり、そこで得られることなど期待していなかった。
入学式に参列する親もいない。セイレーヌに母上の存在はあったが、会うたび目の敵にされるため、快い存在とはいえなかった。
最も、いつもどこかへ出掛け、家にいることは稀である。おかげで政務はセイレーヌが全て請負うこととなっていた。追跡魔法で探れば、日頃彼女が何をしているのか分かるものであるが、セイレーヌは事実を知りたくもなければ、彼女に政務を任せることもしたくなかった。
屋敷には、仕事のチームとされる結社の人間か、ローレンツしか見かけない事が大半だ。この日常が当たり前であるため、セイレーヌはそのことに違和感すら覚えない。
移動も面倒であるため、テレポートと学生専用の転送装置を用いて瞬時に学校に到着したセイレーヌは、入学式会場へと向かった。その道中では、魔族の好奇の目に晒される。
「おい、見ろよ、あれ。次期国王のおでましだぜ。」
「セイレーヌ様にあれなんて失礼よ。テイトそんな事も分からないの?」
「なんで同い年に様付けなんだよ。ばっかじゃねーの?」
こうした反応には慣れているものの、快くはないためため息しか出ない。いつも敬われるか、好奇心の的にされるか。それもセイレーヌという個人を見てのものではなく、王子、次期国王という肩書きを通して見られたあ自分でしかない。
そんな日常を送ってばかりいると、いつの日からか、友達というものを求める事もなくなった。期待するだけ損。そんな気持ちが支配していたのかもしれない。
そう。この世界では、身分と実力が全て。下の者は上の者を敬う。これが風習。テイトと呼ばれた少年がいう通り、次期国王となるセイレーヌは、7つの国を治め、いずれ頂点に君臨することになる。一介魔族と対等になることはない。
最も当分は、あのがめつい母上が私に王の座を譲渡せず、国を治めるであろうが。
何もしない癖に欲だけは一人前だ。全ての魔族を束ねた王ラクトスの女とあっては無下にできるわけもないが、かといって母上に何かできるわけもない。母上が、父上と婚姻を結んだのも、父上がかつて世界王と呼ばれる実力者であったからだと言うのは有名な話だ。いくら身内でも腹が立つ。
父上を尊敬し、己が一国を治めるようになったら、父上のように国を築き上げていきたいと強く願うセイレーヌには、母上のことが我慢ならなかった。
母上は“父上の実力と地位”のみを求めるだけあって、金や権力に見境がなく傲慢で、民のことを全く考えはしない。父上の望んだ《新しい国》の形は果たされることがなかった。
自国は政情が乱れ、内戦が頻発している。父上がなき今、他国も孤立化するばかりで、本当に争いが絶えず、競争社会になってしまった。
あの頃の平和な世界が戻ってきてほしい。と願うばかりである。
今の社会、誰もが信用ならない。信用すれば寝首をかかれる。いつか大人になりし日に、この手で世界を変えたい。
そういった欲望がいつの日か芽生えた。
気もそぞろに、特に用意もしなかった新入生祝辞を終え、入学式は終わった。
入学式編なのに、何もそれらしいことを話さないセイレーヌ。