1章:学校が始まった
1 日常の崩壊
ああ、神よ。なぜこのような悲劇を起こしなさったのか。
――神はこのセイレーヌである。
ああ、神よ。誰がこのような悲劇を想像できたのか。
――この私ですら想像がつかなかった。
一体、何が起きたというのか。私は知りたい。
*
日常とは、突然変異の起こるものである。その時当たり前であると思っている事を、ただ当たり前に受け止めてはならない。
そう、日常は簡単に崩壊するのだ。
西暦1548年、地球。当たり前に、ヒトのために魔術を使い、文明を発展させてきた魔族が迫害を受ける事となる。其れまで、その予兆は全く無かったにも関わらず、突然に日常は崩壊したのだ。
時は数年前に遡る。
一人の、まだ見た目には4歳ばかりの少女は食物の大量保存のために、今日も氷魔法を使おうと町へ繰り出していた。
彼の名は、セイレーヌ・シルフス。
魔術師である。彼はまるで氷のごとき白銀の髪を腰まで下げていた。しかし氷の魔術師というわけではなく、風魔法を得意とする父と、雷魔法を得意とする母の間に生まれた、風と雷とを得意とする魔術師であった。
彼が自分の得意魔術をそっちのけで、氷の魔法を駆使していたのには理由があった。
一つに、風と雷は厄災を生んでもあまりヒトには役立たないため。風は乾燥に使うことができるかもしれないが、しかして火魔法を人々は求めることが多かった。
一つに、自分の魔術の幅を広げたかったため。彼は、一国の王子であった。
父はこの英国のみならず、凡ゆる国において魔術王であった。
故に、それに見合うだけの技量を手に入れようと、彼は必死出会った。
最近は、冷凍のための温度維持という魔術の細かいコントロールを意識せずとも出来る様になった。さらに応用として、食物をより鮮度高く維持するために急冷凍をするだけの急速な魔術放出を、それも自分が定めた量に寸分たがわず出せる様になった。
そろそろ、新たな魔術を身につけるべく、職を変えようと考え始めた頃だった。
丁度、今の仕事も今日で終わりとなる。セイレーヌは今まで世話になった礼に、今しがた作った氷の彫刻を持って、嬉々として肉屋へと向かっていた。
そんな時だった。
誰かが大声をあげて、警報を鳴らしている。
急を要することだったのだろうか。
まるで鍋などの日用品をその辺のナイフで叩きつけたような、そんな音が鳴り響いている。
セイレーヌは仕切りに耳を傾けた。人の騒ぎで聞こえない。
『五感強化、聴覚』
彼はその場で魔方陣を展開する。脳内で描いた魔法陣は魔力を通して地面に浮き彫りになった。彼の術式は、詠唱を短縮するためにかなり複雑なものになっている。
あまりの綺麗な術式に、同じ魔族であれば惚れ惚れするであろう所だが、今はその様な余裕が持てる者は居なった。
「黒魔術師が来たぞ!」
黒魔術師の襲撃である。黒魔術師とは、人間で言う所の犯罪集団の様な物である。単に魔法を使って悪事を行うので黒魔術師と呼ばれているに他ならない。この集団は、ある時を境に急激に増加した。そして、遠心上に、まるで疫病の様に彼らによる被害は広がり、その速度は次第に早まって行ったという。
それが今、目の前まで来ようとしている。
勇敢にも、セイレーヌが戦おうと槍を取った時、避難警告が発令した。魔術師による一斉テレパシーだ。
知り合いから知り合いへと渡っているらしく、王族である彼には頭痛がする程に警告が届いていた。
思わず、長い時間を掛けて創り出した氷の像を落としてしまう。一瞬涙目になったが、今気を逸らすわけにも行かず、直様脳内へ意識を向けた。彼は、声の主を選別していたのだった。そして脳内にある知人リストから、自分へ警告を促した声の主たちを消していく。そうして残った知人に自らも警告を促したのだった。
『(汝に次ぐ。黒魔術師がこの地に災いを齎しに降り立った。各々早急に荷物を纏め、家の中へ退避せよ。)』
それだけを言うと、セイレーヌは壊れた氷の像を拾って、慌てて自分の住む小さな小屋を目指して駆けていく。
頭痛がするほどの警戒は、急速に彼に現実を持たせ、恐怖心を煽っていた。先ほどまで冷静に振舞っていたように見えたそれは、大衆の目があったから気丈でに見えただけのものである。
大通りから外れ、裏路地に入り、段々と舗装されていない道に入り、やがては茂る森の中へと入っていくうちに、彼の足は縺れそうになっていた。
(父上、父上!)
彼は必死に心の内で父を呼ぶ。そして母の姿を思い浮かべる。彼らは家にいるだろうか。自分一人が家で彼らの帰りを待つなど耐えられない。端から見れば、余りにも大人びた不気味な少年であったが、彼が人に晒すことのない真の心の内というのは、齢4歳に見合うものである。最も、それはセイレーヌのみぞ知る事実。父母とて知るところではない。
さて、必死に親が小屋へ帰って来いと叫ぶ幻影を追い求め、森の奥底の小屋へと駆けて行ったセイレーヌは、小屋が見えたと同時に安堵の顔を浮かべた。父母ともに、不安げに門の外でセイレーヌの帰りを待ちわびていたのだ。
父、ラクトスは、セイレーヌの姿を見るや否や駆け出して抱きつく。そして、その確かな温もりを堪能してから、小さな頭に軽く拳で小突いた。
「全く、此の様な大事に於いて、余の思念に返事をせぬとは、何か事があったと思うであろうに。」
セイレーヌの頭は帰還することでいっぱいで、到底テレパシーなど聞き取れていなかった。嫌、待てよ……。
「あっ……。」
セイレーヌは思い出した。早く小屋へ帰って来いと叫ぶ父上の様を。気が動転するあまり、それを現実として捉えられていなかったのだ。
「えへっ」
ともかく、両親と対面できて安心したセイレーヌは笑ってごまかした。ラクトスはそれを呆れ半分に見ていたが、もう半分では別のことを考えていた。
(こ、このごまかし笑いの何と可愛らしい事よ。まるで白き羽衣を纏いし天使のようぞ。)
正真正銘、親馬鹿であった。
初めまして。神崎なつめです。
なろうで初の小説投稿です。
普段フリーライターをしているものの、小説を書く生活をしていないのでドキドキです。