第二十二幕
ここは喫茶石切堂。いつもならとっくに開店している時間のはずですが、おや、今日はやけに静かですね。門松が置かれた入り口には何やら張り紙が見えます。「一月一日、二日休みます」そう、今日は一月一日、元日です。実は喫茶石切堂の面々は、朝から皆で初詣に出かけていたのです。
人混みにぎわうとある神社。毎年一月一日にここにお参りに来るのが、マスターたちの日課でした。ここは商売繁盛にゆかりのある神社なのです。縁起物の笹を手に持って目元までニット帽を深く被った奏は作菜に車イスを押してもらい、マスターと結衣はそんな二人を先導するように、人混みを掻き分けて前を歩いていました。
一方、商売とは無縁の高2トリオはマスターたちとは別行動で、お参りのあと、売店に立ち寄っていました。
「あっ! おみくじや!」
売店の一角にあったおみくじに可憐が真っ先に飛びつきました。
「なあ、みんなでやろっ」
姫子と七海の返事も聞かず、可憐はさっさとお金を払い、おみくじを引きました。開くと、紙には『末吉』の文字。
「マツキチ……? 大吉ちゃうんかぁ~」
肩を落とす可憐に、神社にまでウミブタを連れて来ていた七海がすかさず言いました。
「それ、スエキチって読むねん」
「スエキチ? どう見てもマツキチやろ。で、ええの? 悪いの?」
「……普通ちゃうん?」
「普通ってなんやねん? はぁ~がっかりや~。……はい、次は七海の番」
七海は可憐におみくじの箱を差し出され、お金を払って、一つ引きました。紙には『中吉』の文字。
「……中吉」
「うわ、七海のめっちゃええやん。中吉って大吉の次ぐらいにええんやろ? ……わたしのと交換して」
「なんでやねん、意味無いやろ」
また肩を落とした可憐は、そばで静かに見ていた姫子にもおみくじ箱を差し出しました。
「じゃあ、次は姫子。姫子も引いてみて」
「えっ……わ、わたしは、ええよ」
「え~、なんで? もしかして、凶が出るんが怖いん?」
「そ、そんなんじゃないけど……」
「お金やったらわたしが出すから。な? 平成最後の正月やねんからさ」
「ん……じゃ、じゃあ……」
姫子は困り果てていましたが、可憐に見つめられ、仕方なく一つおみくじを引きました。姫子はその紙を、恐る恐る、そっと開けました。紙には『大吉』の文字。姫子はその文字を見たとたん、顔を真っ青にして、すぐにグシャグシャっと紙を丸めてしまいました。
「……どうしたん? 姫子」
七海が首をかしげて見つめています。
「な、なんでもないよ……なんでも……」
明らかに目を泳がせた姫子は、話をはぐらかすようにお守り売り場を見ました。
「そ、それよりお守り見いへん?」
「うん……別にええけど」
「なあ、姫子、それよりなんて書いてたん? おみくじ。大吉? もしかして大凶?」
なんとなく空気を読んだ七海とは違い、可憐は楽しそうに姫子に尋ねました。
「え……き、吉や。吉。……なんでもない、普通の吉」
「ふ~ん、そうなんや。それにしても、すぐにグシャグシャにせんでもええのに」
「ゴ、ゴメンな……」
「別にええけど。じゃあ、お守り見よう♪ あ、そうや、3人でお揃いの買わへん?」
可憐の思いつきで、色違いのお揃いのお守りを買った姫子たちのもとに、作菜たちも合流し、一様に用を済ませた一行は店へと帰宅しました。店に戻ると、マスターが用意したおせち料理とお雑煮が並べられ、姫子たちはお昼ご飯にすることになりました。その席で、作菜が劇団おとぎの花園1月公演について話し始めました。
「えー、今月の1月公演は、実は演目・主演ともに、まだ未定です。今回は、奏や結衣ネエ、おっちゃんの意見も取り入れて、演目と主演をオーディションで決めることになりました」
「オーディション、ですか……?」
姫子が尋ねました。
「そう。これまではずっと、わたしか可憐が主演をやって来たわけやけど、姫ももう入団して1年近くになるし、七海やって十分主演の器がある。せやから、一回趣向を変えて、姫と可憐と七海の3人で主演オーディションをして、1月公演はその中から主演を選ぼうって思うねん。その際、もし3人がそれぞれやってみたい役や演目があったら、それを持ってきてほしい。もちろん、『おとぎ話』の中でな」
「わたしたち3人で主演オーディション……」
ウミブタをギュッとしながら、七海がつぶやきました。
姫子は、「おもしろそう~」と話を聞きながらも呑気におせち料理へ箸を進める可憐の隣で、自信なく視線を落としました。――わたしなんかじゃ無理やろなぁ……。姫子は、可憐と七海を見て、改めてその壁の大きさを実感していました。
翌日。姫子はお母さんと弟の優也と一緒にお父さんのお墓参りに来ていました。1月に亡くなったお父さんのお墓参りは、お正月休みの期間の姫子たち額田家の恒例行事となっていました。お父さんが眠る額田家のお墓は山のふもとのお寺の中にあり、普段はあまり来ることが出来ないので、枯れ葉の掃除をしたり、墓石を丁寧に拭いたり、お花や甘いものをお供えしたりして、姫子たちは1年に数度しかないお父さんとのひとときを大切に過ごしていました。……けれど姫子はずっと、どこか浮かない表情をしていました。
お参りが終わると、小さな駅のホームに設けられたエアコンの効いた待合室で、姫子たちは帰りの電車を待っていました。お母さんは、優也に飲み物のお使いを頼むと、姫子の隣にそっと座りました。
「どうしたん? 元気無いみたいやけど」
「え……? そ、そんな顔、してた?」
「昨日からずっと。お父さんも心配してたんとちゃうかな?」
「べ、別になんでもないよっ。あ、そうや、昨日お守り買うてん。お母さんと優也の分も」
姫子は小さなバッグの中からお守りの入った袋を取り出しました。その時、グシャグシャに丸められた小さな紙切れが地面に落ちました。「あっ」と姫子が言う間に、お母さんがそれを拾って広げました。
「……なるほど。元気が無かった理由はこれか」
それは、昨日姫子が引いた『大吉』のおみくじでした。
「……可憐ちゃんに誘われて、断われんくて……。今度、こそっと神社に捨てに行こうって思っててんけど……」
「なんでやの? ええやんか、大吉。年の初めから縁起がええなぁ」
「……せやけど、わたしがそれ引いたら――」
「誰かが不幸になる?」
お母さんは姫子の言葉を遮るように言うと、『大吉』のおみくじを丁寧にたたみながら続けました。
「……もう9年近く前か。わたしと姫子と優也の3人で初詣に行って、姫子がおみくじで『大吉』を引いたちょうどその日に、入院してたお父さんが亡くなって……それ以来、おみくじ引いて来んかったもんね。お父さんも、ホンマにタイミングが悪いねぇ?」
お母さんはクスッと笑いましたが、姫子はうなだれていました。
「……わたし、怖いねん。もう、誰かが居らんくなるんが……誰かが不幸になるんが」
「……わたしやっておんなじや。せやから――」
お母さんは姫子の手のひらに、丁寧にたたんだ『大吉』のくじを託しました。
「姫子や優也には幸せになって欲しい。幸せでいて欲しい。そのために、もしわたしが不幸になるんやったら大歓迎や。……それはきっと、天国のお父さんやっておんなじ気持ちやよ」
「お母さん……」
お母さんはニコッとして、姫子の頭を撫でました。
「飲みもん買って来たでー」
2人の会話がちょうど終わった頃、優也が飲み物を買って戻って来ました。優也は姫子とお母さんに飲み物を、姫子はお母さんと優也にお守りを、それぞれ渡しました。姫子が暖かいココアを飲んでいると、お母さんが思い出したように尋ねました。
「ところで、昨日言うてた次の公演のオーディションの件、ちゃんと考えたん?」
「……やりたい役はずっとあんねんけど……相手が可憐ちゃんと七海ちゃんやし、自信ないなぁって。2人ともめっちゃかわいいし、演技も上手やし……」
「たしかに可憐さんと姉ちゃんじゃ月とスッポンやもんな」
ジュースを飲みながら優也がケタケタと笑いました。
「つ、月とスッポン!? ちょっと優也、それ言い過ぎちゃうん!?」
姫子は顔を真っ赤にして立ち上がりました。
「やばっ、梅干しお化けや。逃っげろ~」
ジュースを飲み干して、優也は笑いながら待合室を出て行きました。
「ちょっとぉ~……もぉ、優也のアホっ。……梅干しお化けってなんやねん」
取り残された姫子は真っ赤な顔のままほっぺをぷっくりと膨らませて、まさに梅干しのようになっていました。そんな姫子に、お母さんが後ろから声をかけました。
「姫子。たしかに、可憐ちゃんも七海ちゃんもとってもかわいいし魅力的や。けどな、わたしにとっては、姫子の方がずっとかわいいし、魅力的や。せやから、自信を持ちなさい。やる前から気持ちで負けてたらアカン」
「お母さん……ありがとう。わたし、一生懸命やってみるわ」
姫子の言葉に、お母さんはニコッとしてうなずきました。
「結果、楽しみにしてるで」
「あ、でも……もし万が一、わたしが主演になっても、無理には観に来んでええからね。ほら、今は動画配信もやってるし、お母さん、また仕事の時間、増やしたんやろ?」
「何言うてんの? たとえ主演じゃなくても今回も観に行きます。今のわたしにとっては、月に1回、優也と一緒に姫子の劇を観に行くんが何よりの生き甲斐やねんから。そのために、毎日働いてんねん」
お母さんはきっぱりと言い切りました。
「生き甲斐って……ちょっと大げさやわ。けど……ありがとう。あ、もう電車来るみたいやわ。行こう」
駅のアナウンスが鳴って、姫子はお母さんに手を差し伸べました。お母さんはそれをとって椅子を立とうとしました。すると、お母さんはめまいがしたように、ふらっと体勢を崩しました。
「お母さん、大丈夫!?」
すぐに姫子はお母さんの体を支えるようにしました。
「平気平気。ちょっとめまいしただけやから。ほら、もう大丈夫」
お母さんはすぐに笑顔を作り、何も無かったかのように振る舞いました。それでも、姫子はやはり心配そうな目を向けていました。
「もぅ……ホンマに気ぃ付けてな」
「大丈夫大丈夫。前にも言うたやろ? お母さん、健康にだけは自信あんねん。ほら、電車来るで。早よ行こう」
「うん……」
お母さんは笑顔で、優也の待つホームへと行きましたが、姫子はまだ少し心配そうにその背中を見送っていました。そして、ポケットにしまった『大吉』のおみくじを手に取って見つめました。――ホンマに大丈夫やんな……。自分に言い聞かすように心でつぶやくと、姫子もホームへと向かいました。
明くる日から、劇団おとぎの花園の団員たちは臨時の合宿に入りました。翌日に迫った主演オーディションに備えてのことです。合宿は3日間に渡って行われることとなり、その日程は――
1月3日(木):オーディション準備
1月4日(金):オーディション当日
1月5日(土):結果発表
と、なっていました。
姫子は、新年最初の喫茶石切堂でのアルバイトを終えると、店内に置かれた小さな本棚から一冊の絵本を抜き取りました。その本のタイトルは『シンデレラ』。
「やっぱり姫子、それにしたんや」
背後から可憐が声をかけました。傍らには七海もいます。
「うん……初めてここで観た可憐ちゃんのシンデレラ、めっちゃステキやったし。それに……シンデレラはわたしの憧れやから。……あ、でも、去年もやった演目でもええんかな?」
「別に『おとぎ話』やったらなんでもええんちゃうん?」
七海が答えました。
「2人は何にするん?」
姫子が尋ねました。可憐は七海と顔を見合わせてニコッとすると、姫子に言いました。
「実はわたしたちもシンデレラにしようと思ってんねん」
「へ? 2人も?」
驚く姫子に、七海も続けました。
「おんなじキャラの方が白黒つけやすいやろ? それに、別にやりたい役とかも無いし」
「いや、でも……」
「ええやん。名付けて、『シンデレラ争奪戦』や。姫子、七海、わたし絶対に負けへんからな!」
メラメラっと瞳に炎を宿した可憐に、七海も「わたしも!」と続きました。そして驚いていた姫子も、お母さんの言葉を思い出し、強い心を持って口に出しました。
「……わたしも、絶対に負けへんから!」
かくして、高2トリオによる『シンデレラ争奪戦』が始まりました。
3人はまず、『シンデレラ』の本を3部コピーすると、店内や2階、隣の公園にお風呂やトイレの中と……各々のスタンスで夜遅くまで、翌日に迫ったオーディションに備えて稽古を行いました。そんな彼女たちのいつにない顔つきを見て、作菜も満足そうにしていました。
そして……決戦の朝がやって来ました。
いつものように喫茶石切堂の営業が終わると、基礎練と発声練習を済ませ、姫子・可憐・七海の3人は2階で待機となり、一人ずつ、1階の『オーディション会場』へと呼ばれて行きました。まず1番目に可憐が呼ばれ、次に七海、最後に姫子が1階へと呼ばれました。
「姫子、頑張ってな!」
「いつも通りにやったらきっと大丈夫や」
緊張の色が見える姫子に、可憐と七海がやさしく声をかけました。いくら今はライバル同士とはいえ、親友の仲の3人です。オーディションに行く前には、各々がハグをして、相手をやさしく送り出していました。
「可憐ちゃん、七海ちゃん、ありがとう。行ってきます!」
いよいよ、姫子にとって生まれて初めてのオーディションが始まりました。それは、バイトの面接や学校での面談などとはわけが違うほどの緊張感に包まれており、姫子は、『面接官』を務める作菜や奏、結衣、マスターの顔を見慣れているはずなのに、まるで別人が目の前にいるような、そんな感覚を覚えていました。
「それでは、まずは実技から始めます」
いつもとは様子の違う作菜のその一声で、姫子は、あらかじめ作菜たちに伝えてあった『シンデレラ』のセリフを、席を立って演じました。……とはいえ、一人で稽古をしていた時とは雲泥の差と言えるほどに、姫子は声が震えており、身体も動いていませんでした。
「……ありがとう。じゃあ次は話を聞いていきたいんやけど、姫は、なんでこの作品の、この役がやりたいって思ったん?」
「え……なんで……?」
作菜の質問に、姫子は台本に目を落とし、少し考えてからこう言いました。
「……昔からの憧れやからです。……小さい頃、何回もお父さんにこの本を読んでもらって、いつか、わたしもシンデレラみたいなお姫様になってみたいなぁって。……ホンマはずっとそんな気持ち忘れちゃってたんですけど、初めてここで演劇を観させてもらった時、可憐ちゃんの演じてたシンデレラがホンマにキラキラしてて……あれからずっと、一度でええからシンデレラをやってみたいなって思ってたんです」
「……姫は、可憐や七海に勝てると思う?」
「それは……正直、最初は自信が無かったです。……せやけど今は……どうせ実力は無いんやから、自信だけは持とうって思います」
ハッキリとした口調で言い切った姫子に、作菜たちはクスッとしました。それから、もう少し話を続けると、姫子のオーディションは終了しました。
こうして、劇団おとぎの花園初めての主演オーディションは終わりました。
夕食を終えると、『面接官』たちと別行動になった姫子たちは、石切堂の2階で、眠れぬ夜を過ごしていました。
「なあ……誰が勝っても、恨みっこ無しにしような。……ずっと、親友でいような」
可憐が小さくつぶやくと、姫子も七海も、微笑んでうなずきました。
一方その頃、1階にいた『面接官』たちは……。
プライベートルームの台所でテーブルを囲み、湯気の立ったコーヒーと、メモ書きされた紙とペンを並べ、『討論会』を行っていました。※ここからは『討論会』の模様をセリフのみでお楽しみ下さい。
作菜「それでは、おとぎの花園1月公演主演オーディションについての話し合いを始めます。よろしくおねがいします。……じゃあまず、可憐について聞いていきたいんやけど」
結衣「まあ、妥当やな」
マスター「うん、やっぱり可憐はスゴイわ。花もある」
奏「わたしもそう思う」
作菜「やっぱりそうやんなぁ……けど、可憐にしたら、わざわざオーディションやった甲斐も無いしなぁ」
結衣「そんなことよりさ、やっぱり公演でお金取る気無いん?」
作菜「はあ? なんで今、そんな話すんねん?」
結衣「だってこの前のクリスマス公演やって満席やったしさぁ。一人千円くらいとったら、結構ゼニになるで~」
作菜「言い方がやらしいねん。……うちらの劇団は最初から、コーヒーやケーキのお供に観てもらうんがコンセプトやねん。せやから、出来るだけお金とか取りたくないねん」
マスター「実際、姫子ちゃんが初めてここに来た時なんか、何も頼まんと劇だけ観ていったしなぁ。まあ、タダやから観に来てくれたんやろうなぁ」
結衣「そうなん?」
マスター「今もそうやけど、自分のためにお金を使うんをすごく嫌がる子やからな。自分より家族って感じで」
結衣「母子家庭なんやっけ? ……結構苦労してんねんな、あの子も」
作菜「せやから、そういう子のためにも、出来るだけ芝居はタダで観てもらいたいねん。タダより高いもんは無いって言うけど、タダより安いもんも無いからな。……まあ、おっちゃんには迷惑かけっぱなしやけど」
マスター「そんなん気にせんでええねん」
結衣「出た出た、お父ちゃんの『そんなん気にせんでええねん』。……ま、そういうわけやったら、しゃあなしやな」
奏「……あのさ、早くオーディションの話に戻らへん? わたし眠いんやけど」
作菜「あ……ゴメン。じゃ、じゃあ、次。七海は? 七海のことはどう思った?」
結衣「あの子は独特やなぁ」
マスター「ホンマに。まあ、見たことないシンデレラをやるんやったら、推薦するけど」
奏「けど、あの人やったら、カボチャの馬車に乗るどころか、自分がカボチャ被ってまいそうや」
作菜「ああ~……ハロウィーンの時の奏みたいに?」
奏「え!? そ、その話は、関係ないやろ!?」
結衣「なになに? 奏、カボチャ被ってたん?」
作菜「姫たちが考えたキャラクターらしいねんけど、カボチャ姫って言うてな」
マスター「これがその時の写真や」
結衣「うわ、めっちゃかわいい❤」
奏「見せんでええから! あと、かわいくない!」
結衣「あ、七海といえばさ、あの子がいつも持ってるブタのぬいぐるみ、なんで海豚って書いてんの? 海豚ってイルカのことやろ?」
作菜「それは……わたしらも知らんから、本人に聞いてみて」
結衣「ふーん……本人に聞くっと」
マスター「それは別にメモらんでもええやろ」
結衣「忘れたらアカンやろ?」
奏「あのさ! ……早く、オーディションの話せえへん? わたし眠いんやけど!」
作菜「あ……ゴメン。じゃ、じゃあ最後に、姫は? 姫についてはどう思った?」
結衣「うーん……ちょっと難しいかなぁ」
マスター「しばらく裏方やってたし、まだまだ演技の方がなぁ。それに、ちょっとあがり易いしなぁ」
奏「……たしかに」
作菜「そっか……気持ちは買うねんけどなぁ。まあしゃあないな。じゃあ姫は無しっと……」
奏「でも」
作菜「え?」
奏「わたしは……姫子のが一番見てみたい。……たしかに、演技は他の2人に比べたらまだまだやけど、それはこれから3週間で鍛えていけばええ話やし、裏方をやってたことで、視野も広くなってる。それに……姫子は誰よりも努力家やから」
作菜「……へ~、えらい姫の肩持つねんな?」
奏「べ、別に……。じゃ、じゃあ、わたしは意見言うたから、もう寝るで」
作菜「ああ、遅くまでゴメンな」
奏「……あ、あのさ、お姉ちゃん」
作菜「ん?」
奏「……べ、勉強、教えてくれへん?」
作菜「え?」
奏「ほ、ほら、学校行くにしても、勉強付いて行かれへんからさ……じゃあ、おやすみ」
奏は照れ隠しをするように、さっさと自室へと戻って行きました。
作菜「学校って……」
マスター「ま、奏も変わろうとしてるってことちゃうか? 最近はあんまり夜更かしもしてへんみたいやし」
作菜「……なるほどな」
結衣「じゃ、わたしもそろそろお風呂入って寝て来るわ」
作菜「ああ、結衣ネエもありがとう」
結衣「ところで、ホンマに公演でお金取る気無いん?」
作菜「しつこいねん」
結衣「500円でもええで?」
作菜「さっき無いってことで納得してたやろ?」
結衣「そうやけどさぁ~。はぁ~……残念やなぁ」
マスター「結衣、ところで、うちの新メニュー考えてみる気無いか?」
結衣「新メニュー? わたしが?」
マスター「大学卒業したら正式にここで働くって言うても、いつも家計簿とにらめっこばっかりやったらつまらへんやろ? それに、僕には最近の若い子のトレンドってのが今一つ分からへんからな。何とか映えってあるやろ? それがしそうなメニューとか、考えてみてくれへんか?」
結衣「SNSかぁ……たしかに、流行ったら大儲け出来るかもなぁ……。せやけどわたし、お母ちゃんに似て料理苦手やねんけど」
マスター「それは、僕がみっちり教えていくわ」
結衣「……わかった。ちょっと考えてみるわ。じゃあ、おやすみ」
結衣も2階へと上がっていきました。
作菜「結衣ネエも新しいことにチャレンジするわけか」
マスター「年の初めやからな。作菜も、年の初めの公演やから、こんなオーディションやってみようって思ったんやろ?」
作菜「まあ」
マスター「じゃあ、僕も後片付けしたら部屋戻るわ。あとは、作菜がどんな公演にしたいか次第や」
作菜「……うん。もうちょっと考えてみるわ。おっちゃんも付き合ってくれてありがとう」
こうして、『面接官』たちの『討論会』はお開きとなり、オーディションの夜はゆっくりと明けていきました。
各々が目の下にクマを作り、少し気怠い朝を迎えていました。そんな中でも、姫子は今日も、早朝から新聞配達へ行き、昼間はずっと石切堂のバイトに入っていました。そして、石切堂の営業が終わると、いよいよオーディションの結果発表の時がやって来ました。
「……じゃあ、オーディションの結果を発表します」
作菜は少し重苦しい雰囲気の中、口を開きました。
「まず、1月公演の演目については、3人ともが同じ演目を選んだということで、『シンデレラ』の再演に決まりました。そして、その主演に選ばれたのは――」
姫子も可憐も七海も『面接官』だったマスターや結衣や奏も、皆、ゴクッと息を呑みました。作菜は少し間をおいて、ゆっくりと口を開けました。
「………額田姫子」
「…………え? い、今、なんて……?」
「せやから姫、シンデレラ役はあんたや」
「ええぇええぇぇええぇぇええええぇぇぇえええぇぇぇ!? わ、わわわわ、わたしですか!?」
姫子は目が飛び出そうな顔で立ち上がりました。
「で、でも、な、なんでわたしなんですか? 可憐ちゃんとか、七海ちゃんの方が……」
「……たしかに、演技力だけで言えば、可憐や七海の方が断然上やった。けどな……こっからは奏の言葉を借りるけど、姫は、ずっと裏方を頑張ってくれてたことで視野も広くなったし、今足りへん演技力はこれからの3週間でなんとか出来るかも知らへん。そう思えるくらい、あんたは努力家や。せやから、今回はいっぺん、姫に賭けてみようって思ったんや。……姫は不服か?」
「い、いえ……そんなことは……でも……」
「姫、『自信だけ』は、持ってるんやろ?」
作菜にニコッとしながらそう言われると、姫子は思い出したように、気持ちを強く持ち、力強く返事をしました。
「……はい! わたし、精一杯、頑張ります!」
「姫子、良かったな」
七海が微笑んで見上げていました。
「うん。ありがとう、七海ちゃん」
と、姫子が可憐にも目を向けると、可憐はうつむいたまま何も言いませんでした。
――可憐ちゃん……。姫子は可憐に声をかけることが出来ませんでした。その後、作菜の口からその他の配役が発表され、翌週からの稽古に備え、その日の稽古は終了しました。
ちなみに、劇団おとぎの花園1月公演『シンデレラ』の配役は――
シンデレラ:姫子
王子さま:作菜
魔法使い:可憐
シンデレラの姉ほか:七海
裏方:奏
と、決まりました。
稽古が終わると、姫子は一足早く合宿の帰り支度を済ませ、1階で可憐たちを待っていました。ふと、忘れ物を思い出し、2階へと上がりました。姫子は部屋の前まで来て、扉の向こうに居た可憐と七海の話し声を耳にしました。
「……なんでやろう? わたし、ホンマは姫子がシンデレラに選ばれて嬉しいはずやのに……」
それは可憐の声でした。少し声は震え、鼻をすする音も聞こえます。
「姫子が一番シンデレラやりたいって言うてたし……それやのに……なんでやろう? なんか、めっちゃ涙が出てくる……」
「……ええやん、泣いたら」
七海の声でした。
「今はいっぱい泣いて、来週からは全力で姫子を応援しよう?」
「……うん……うん……絶対に、姫子を応援する。だって、わたしは姫子の親友やもん。……せやけど……やっぱり悔しいわ……」
可憐がワンワンと泣く声が聞こえてきました。七海の泣き声も。
――わたし、可憐ちゃんや七海ちゃんの気持ちも背負ってるんや……。姫子は結局、部屋へは入ることが出来ず、その日は一人で家路につきました。そして改めて、主演に選ばれたことの意味を胸に刻みました。
週が明け月曜日になると、稽古前、すっかりと笑顔を取り戻した可憐に誘われて、姫子は可憐と2人、押し入れで探し物をしていました。不意に、可憐が大きなケースの中から何かを見つけ、声を上げました。
「あっ、これや!」
押し入れを出ると、可憐は手に持っていたそれを広げました。それは、いつか可憐が着ていた青いドレスでした。
「懐かしいなぁ、去年のシンデレラの時の衣装」
「これ着てた時の可憐ちゃん、ホンマにかわいくてステキやったなぁ」
「でも、姫子は青より薄いピンクとかの方が似合うんちゃうかな?」
可憐は鏡の前で姫子にドレスを当てながら、首をかしげました。
「そうかな……」
姫子は、鏡に映ったドレスを合わせた自分の姿を見て、嬉しいやら気恥ずかしいやらで、頬を赤らめていました。
「……姫子」
「ん?」
少しトーンを下げた可憐の声に、姫子は振り返りました。
「あのさ……この間はちゃんと言われへんかったから、ちゃんと言うな」
可憐はニコッとして、姫子に抱きつきました。
「シンデレラ役、ホンマにおめでとう」
「可憐ちゃん……ありがとう。わたし、可憐ちゃんや七海ちゃんの分も頑張るな。……せやけど、出来たらいっぱい助けてな」
「当たり前やん。わたしは姫子の親友やねんから」
2人は顔を見合わせて笑い合いました。その後、ドレスをまたもとのケースの中に片付けていると、可憐が大きな白い布を見つけました。可憐にも姫子にもその布に心当たりが無かったので、2人はそれを一緒に持って1階へと降りていきました。
「ああ~……これ、わたしがここで芝居するってなった時に、おっちゃんが団旗用にくれた布や」
布の謎を知っていたのは、やはり作菜でした。
「その時はわたし一人やったし、とりあえず片付けといたんやけど……すっかり忘れてたわ」
「ダンキ?」
可憐が首をかしげていると、奏が答えました。
「劇団の旗のこと。お姉ちゃん、人数も増えたことやし、一回作ってみたら?」
「ええやん、面白そう」
奏の意見に、結衣も乗りました。そして姫子も。
「わたしも作ってほしいです。わたしたちの旗」
「わたしも!」と、可憐も隣で手を挙げました。
「せやなぁ。たしかに、あの頃より団員も増えたことやし、いいタイミングかもな。七海、頼めるか?」
作菜は七海を見ました。しかし、七海は首を横に振りました。
「……わたし、作菜さんの旗が見てみたいです」
「わたしの?」
「うん。この劇団は、お姉ちゃんの劇団やねんから、わたしもお姉ちゃんに作ってほしい」
「奏……」
奏にも言われ、作菜は団員たちの顔を見渡しました。皆、同じ気持ちのようです。
「……しゃあないな。じゃあ、ちょっと考えてみるか」
こうして、作菜もまた、新しいことへとチャレンジすることになりました。姫子が主演に選ばれた『シンデレラ』の稽古も始まり、すべてが良い方向へと進んている、そんな新年の始まりでした。そう、その一本の電話が、姫子の携帯にかかってくるまでは……。
「もしもし? 優也? どうしたん? 今、稽古中やねんけど……え? 今なんて……? お母さんが………倒れた?」
そして、姫子たちの歯車が狂い始めました……。
この続きはまた、次の幕でお話しするといたしましょう。では。




