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演劇の見られる喫茶店  作者: しみずけんじ
2/27

第一幕



 姫子の暮らす町のとなり駅。

 駅前の商店街から1本路地に入った閑静な場所に、喫茶石切堂きっさいしきりどうはありました。

 ちなみに、地名の石切とは関係が無く、単にこの店のマスターの名前が石切なので、喫茶石切堂という名前になったようです。

 建物は2階建てですが、上は住居となっており、それほど店の規模自体は大きくありませんでした。

 それでも、かつては近隣住民たちの憩いの場となっていましたが、近年、駅前にファミリーレストランやファーストフード店、大きなショッピングモールなどが増え、客足は減る一方でした。


 そんな喫茶石切堂に、キーっと1台の自転車がやってきました。乗っていたのは制服姿の姫子です。どうやらすこし焦っているようです。

「道に迷ってすっかり遅なってしもうた。……ここで合ってるやんなぁ?」

 表の看板に


 劇団おとぎの花園4月公演 『シンデレラ』

 開演 15時~


 の文字を見つけ、姫子は胸をなでおろしました。しかし心配事がもう一つ。

「それにしても……ホンマにやってんのかなぁ?」

 というのも、店の窓全部が黒いカーテンで覆われており、まるで店が閉まっているかのように見えるのです。

 姫子は店の前に自転車を止めた後、窓に映った自分を見て、少しボサボサの髪を手ぐしで軽く整えると、「結局、優也は一緒に来てくれへんかったし、なんか不安やなぁ」と、小さく呟き、恐る恐る店の扉を開きました。

「ご、ごめんください」

 という姫子の小さな声よりも、扉に付けられたドアベルの音の方が大きく店に響きました。

「いらっしゃいませ~」

 やさしく笑みを浮かべながら、女性店員が姫子の方にやってきました。

「おひとり様ですか?」

「あ、はい。これを見て来たんですけど……」

 姫子は先日可憐にもらったチラシを店員の女性に見せました。

「あっ! ありがとうございます! あと5分くらいで劇が始まりますので、座ってコーヒーでも飲みながら待っていてください。えーと……」と、店員の女性は店内を見渡すと、テーブル席の多くが小さな子供連れのお母さんたちで埋まっていました。なので、女性店員は「カウンター席の方が見やすいかも」と、勧めました。

「あ、はい、じゃあそれで……」と、姫子は案内された席に座りました。

「いらっしゃいませ」

 姫子が席に着くと、50代くらいのメガネをかけた男性が、カウンターの中からやさしく話しかけてきました。この店のマスターの石切です。

「ご注文はありますか?」

「あ……えっと……」と、そばにあったメニューを見る姫子。肩にかけていたバッグの中の財布と見比べて、「あの……お水……だけでもいいですか?」と、申し訳なさそうに言いました。

 石切はニコッとして、「もちろん」と、答えました。

 姫子は一つため息をつき、背もたれに上着を掛けて、バッグを膝に乗せると、店内を見まわしました。

 店内は足もとが少し見える程度の照明しか付いておらず、薄暗い雰囲気でした。耳にはかすかにBGMのような音が聞こえてきます。

 カウンターの中は調理スペースとなっており、石切がコップに姫子に出すものと思われる水を入れています。その向こうには扉があります。おそらく準備室と繋がっているのでしょう。

 テーブル席は約20人程度が座れるようになっています。ちなみに姫子の座るカウンター席は4つあり、姫子の席以外は空席です。

 そして店の一番奥には赤くて大きな幕、緞帳どんちょうが見えています。

「テレビで見たことあるやつや」

 姫子が緞帳を見ながら小声で呟いていると、

「お待たせしました」と、姫子の前に水の入ったコップと、そして小さな四角いチーズケーキが乗ったお皿が置かれました。

「え? あ、あの……」

「こちらは試食品です。よかったらどうぞ」石切はやさしく言いました。

「あ……じゃあ……」

 試食品という言葉に少し安心すると、姫子はケーキを見つめ、ゴクッと唾を飲み込みました。姫子がお店のケーキを食べたのは8年前が最後でした。2か月前の誕生日の時だって、スーパーの安いケーキでした。

 そういえばこのチーズケーキは、この前、可憐がおいしいと言っていたケーキです。

 姫子もそんなことを考えながら、お皿に添えられていたフォークで、そっと小さなチーズケーキをさらに小さく切って口の中に入れました。

「おいしい!」姫子はつい声を上げました。

「それはよかったです」

 石切がニコッとするのを見て、姫子は顔を赤くしました。

 そして口の中のケーキを飲み込むと、姫子は『そうだ』と思い、恐る恐る口を開きました。

「あ、あの……これもう一個もらうことって出来ますか? お家用に持って帰りたくて」

「え?」

「あ、いや、無理やったらいいんです。変なこと言ってすいません!」

 石切はクスッと笑って、「構いませんよ」と言うと、「ただ、もう少しで劇が始まるので、ケーキはそれが終わってから」と、続けました。

「あ、ありがとうございます!」

 姫子がお礼を言っていると、店内にチャイムが響き、続いてアナウンスが流れました。

「まもなく開演いたします。なお、開演前に店内が完全に真っ暗になります。席を立っている方は足もとに注意し、速やかに席にお戻りください」

 アナウンスが終わると、照明はゆっくりと暗くなっていき、店内の音楽はそれと入れ替わるようにどんどんと大きくなっていきます。

 映画が始まる前のようなドキドキ感が姫子の胸を襲います。

「さ、まもなく劇が始まりますよ」

 と、石切が緞帳の方を指さします。

 姫子はフォークを皿の上に置くと、緞帳の方に向き直りました。

 ほどなく、店内は完全な暗闇となり、やがて音楽も鳴りやみました。

 一瞬の静寂が辺りを包みます。

 サーっという音がかすかに聞こえたかと思うと、パッと赤い緞帳のあった辺りが明るくなりました。


 そこはもう緞帳ではなく演劇の世界でした。


 店内に設けられた舞台の上に、シンデレラの登場人物になりきった演者たちがあらわれると、いよいよ劇団おとぎの花園による『シンデレラ』の始まりです。

 喫茶石切堂の舞台は決して大きなものではありませんが、その小さな舞台は、演者たちによって、さもシンデレラの世界のように無限に広がっているようでした。

 背景にはシンデレラ城や時計が描かれ、舞台の中央にはクライマックスを演出する階段も置かれています。衣装もそれぞれが煌びやかで、中でもシンデレラのブルーのドレスはとても美しいものでした。

 そのシンデレラを演じていたのは可憐でしたが、姫子が以前に桜並木通りで出会った天真爛漫な可憐とはまるで別人のようでした。金髪のウィッグや、キレイなお化粧。それだけではなく、声も表情も、完全にシンデレラになりきっているかのように、役を演じていました。

 姫子は、膝の上のバッグが落ちるのにも気づかないほどに、目の前に広がるキラキラした世界と、それ以上にキラキラした可憐に見入っていました。


 そしてまもなく、舞台は終演をむかえ、再び緞帳が下りました。


 公演が終わると、店内はすっかりと明るくなり、カーテンも全て開かれ、キャストたちがお客さんたちにあいさつ回りを始めました。

 可憐もその中にいましたが、キョロキョロと何かを探しているようでした。そして何かに気づくと、ニコッと笑って、まるで主人を見つけた子犬のように、ドレスを着たまま嬉しそうに走りだしました。

「姫子、ホンマに来てくれたんや!」

「え? あ……」

 まだ少し放心状態の姫子は、可憐が来たことにも気づきませんでした。

「何ぼぉーっとしてんの? あ、カバン落ちてるよ」

「え?」姫子はようやくバッグが落ちていることに気づきました。

 可憐はバッグを姫子に手渡すと、となりの席に座りました。

「どうやった? 面白かった? あ、チーズケーキ! これホンマにおいしいやろ?」

 また可憐の質問攻めが始まりました。

「え、あ、うん。おいしかった。舞台もすごく良かった。可憐さんも……」

 姫子は一つ一つ質問に答えていきました。可憐はそんな姫子の言葉に被さるように、

「もう~、可憐さんって何よ? 可憐ちゃんか、可憐でいいよ。もう友だちやねんから」

「友だち?」

「そうやろ? だって見に来てくれたもん」可憐は嬉しそうに目を細めます。

「そっか……わたし、友だち出来たん初めてや」

「え、そうなん? ウソや、こんなに可愛いのに」

 姫子は顔を真っ赤にして、

「前も言ってくれたけど、わたし、全然可愛くないよ。髪もボサボサやし、メイクとかもしたことないし、服も最近買ってないし……」

「えぇー、絶対可愛いよ。まず第一に、性格が良いもん」

 姫子は苦笑いして、「それ関係ある?」と、聞いた後、ぼそっと「別に性格も良くないし」と呟きました。

「関係あるよ。性格は顔に出るって言うやろ? 性格が良いってことは可愛いってことや」

 可憐の不思議な自論に姫子は首をかしげました。

「はあ……でも可憐……ちゃんの方が、わたしなんかよりずっと可愛いよ」

「わたしのことはええの。姫子、自分くらいは自分に自信を持ってあげへんと、自分がかわいそうやで。姫子は絶対に可愛い」

 姫子は他人にこんな風にほめてもらったのは初めてでした。それが、うれしいような、恥ずかしいような、少し複雑な気持ちでした。そこに声が聞こえてきました。

「な~んや、可憐ちゃんの知り合いやったんや?」

 姫子を案内してくれた女性店員がやってきました。

「あ、明さん! この子、わたしの友だちの姫子です」

 嬉しそうに可憐が姫子を紹介します。

「よろしく。わたしは小阪明こさかあかり。一応この劇団の副団長やってます」

 明はやさしそうな笑顔で姫子を見ました。

「え、そうやったんですか?」

 姫子が驚いていると、また声が聞こえてきました。

「可憐、主役やのにお客さん放ったらかしてどこ行ってんねん?」

 次は王子様の格好をした、ボーイッシュな女性がやってきました。

「あ、作菜さん」

「作菜、この子、可憐ちゃんの友だちやねんて」

 可憐に続いて、明が話に入りました。

「へ~、可憐の友だちとかめっちゃ大変やろ?」

「それどういう意味やねん!」

 作菜のいじりに可憐がツッコみを入れます。

「ま、まあ……」と、姫子も作菜に便乗しました。

 すると、可憐はすかさず姫子に「そこ乗るとこちゃう!」とツッコみを入れます。

「いや、乗るとこやろ。なかなか面白い子やな。わたしは枚岡作菜ひらおかさくな。この劇団おとぎの花園の団長や」

「別名お局や」と、可憐がこそっと姫子に耳打ちすると、「だれがお局様や。しっかり聞こえとんねん」「出た、地獄耳。ていうか、様は言ってへん」

 そんな可憐と作菜のやりとりを見て、つい姫子は笑ってしまいました。

「あ、あと一人」と慌ただしく、今度は店を見渡し始めた可憐が、誰かを見つけると、「七海! こっち来てー!」と大声を出して手を振りました。

 すると、妖精の格好をしたメイクが濃いめの女の子がトコトコトコっと走ってきました。

「この子は七海。えっと……苗字なんやったっけ?」

「布施。いつになったら覚えるん?」

 可憐のボケか天然か分からない言葉に小さな声で七海がツッコみを入れます。

「そうそう、布施七海ふせななみ。わたしと姫子とおんなじ高校2年生」

 七海はコクリと首で会釈しました。

「この劇団、みんな女の人なん?」姫子が可憐に聞きました。

 その質問に答えたのは作菜でした。

「そうや。まあ、狙って集めたわけじゃないけど」

「で、劇団の名前がおとぎの『花園』なんですよね? 初めはおとぎの『国』やったのに」

 しゃべりたがりの可憐が割って入ります。

「まあ気がついたら女ばっかりやったし、『花園』の方が大阪っぽいしな」

 なるほど、とうなづく姫子の肩に可憐が手を置き、

「で! この子は姫子。この前チラシ配ってる途中で友だちになってん」

「どんなタイミングで友だちになんねん」と、すかさずツッコむのは作菜です。

「あ、額田姫子です。よ、よろしくお願いします」

 一同が各々に、姫子に「よろしく」と言った後、可憐が再び口を開きました。

「ところで姫子、一緒に演劇やらへん?」

「え?」と、姫子が言うか言わないかのタイミングでその場の全員が「え?」という反応を見せました。

 それでも気にせず可憐は続けます。

「だから、わたしと一緒に、この劇団で演劇やらへん?」

「ええ!?」可憐の予想外の言葉に、皆が皆、声を上げました。

 そんな姫子たちの声に、他のお客さんたちはおどろいて振り返っていました。


 おやおや、可憐が突然、突拍子のないことを言い出しましたねぇ。

 姫子はこの可憐の誘いになんと答えるのでしょうか?


 さて、この続きはまた次の幕でお話しするとしましょう。では。



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