第5話 言葉わからなくてもあきらめない
テンション低めです。
森を出ると、月の光で人影が2つ見えた。1人が俺に気づいたようだ。
「ーーーー! ーーーー、ーーーーーーーーーーーーーーーー、ーーーーーー!」
何を言ってるかは聞き取れなかったが、母さんと、貸し馬屋のおっちゃんだ。母さんが駆け寄って来て、俺を見て言った。
「ーー? ーーーーーーーー? ーーーーーーーーーーーー!」
疲れているからか、何を言ってるのか理解できない。ただ、顔を見ると心配されてらいたことは確かだ。
「ごめん、荷物は盗まれたんだ。森の中に変な子どもがいて……」
「ーーーー、ーーーーーーー?」
母さんが怪訝な顔をする。そこで俺はハッとした。俺の言う言葉と母さんの言う言葉が……言語が、通じていないのだ!
俺がしゃべっているのは人族語のつもりだが、まるで言語が違っているかのような反応をされ、確信した。
「まじかよぉぉぉ!」
と肩を落とした。
次の日の朝、2階から降りると食事の用意ができていた。父さんはもう仕事に出かけたようだ。
いつもと同じように椅子に座ると、洗いものをしている母さんに「おはよう」と言いかけて口を噤んだ。無言でスプーンを手に取り、カバチャのスープを口へ運ぶ。
言葉を交わせないと、こんなに空気が悪くなるのか……。と、会話が出来なくなって初めて言葉の重要性に気づいた。
どうやらジェスチャーは通じるらしく、意思疎通はなんとか可能だ。文字も、何か書かれていることは認識出来るのだが、どういう意味なのかが理解できない。
おそらく、呪いの一種だろう。聞いたことはあるが、まさか自分がかかることになるとは……。
しかし、呪いの類いは余程の場合を除き、案外簡単に解くことが出来る。……って長老が言ってた。
昨日の夜は、村に帰るとすぐに家に帰った。母さんが長老のところに行こうとしたんだが、ジェスチャーで誰にも言わないようにするよう伝えた。
貸し馬屋のおっちゃんにも伝えたつもりだが、誰にも言ってないといいんだが……。広まると色々と面倒そうだ。
朝の食事の器を空にすると、何も言わずに手を合わせた。
支度をして、母さんの方を向いて敬礼をする。行ってきますのつもりなんだが、上手く通じたようだ。心配そうな顔をしながらも、頬を緩めて頷いてくれた。
家を出て、教会へ向かう。昔から、呪いは教会で解いてもらえると聞いている。寄付金もちゃんと用意した。きっと、上手くいくはずだ。
ふと、道中の井戸の周りで、おばさん達が何かを話しているのを見かけた。耳をすましたが、まるっきり分からない。この世界に1人取り残されたような、孤独な感覚に襲われていた。
教会の、大きな両開きの扉を通ると、まっすぐ先の台のところで長老が祈りを捧げているのが見えた。
「長老、おはようございます」
と、頭を下げる。長老は俺を見て、目を見開いた。
「ーーーーー!?」
やはり、聞き取れない。すると、長老は頷き、俺の頭に手を乗せて言った。
「わし、聞ことる、声」
長老の太い声が聞こえた。
「聞こえる、か?」
「聞こえます!」と答えると、長老は近くにあった椅子を2つ持ってきて、「よかった」と言った。
カタコトたが、確かに言葉が通じている! 言葉が通じるっていうのは、こんなにいいことなんだな。と思わず安堵する。
椅子に座り、話を続ける。
「これ、妖精、語。わし、話せる、少し」
「妖精語……ですか?」
「そう、長年、聞いてる、話せる、なった、少し」
安堵した俺を見て、長老も顔の緊張を解く。
「妖精の、呪いなんでしょうか?」
「違う、な。呪い解く方法、ある。呪いと、違う」
冷たい汗が額を流れる。長老がゆっくり口を開いた。
「おそらく、スキル、だ」
スキルとは、職業適性に見合って与えられたり習得出来たりする、特殊能力みたいなものだ。
貸し馬屋のおっちゃんは馬と話せるらしいし、父さんなら木材加工して付与効果で強化したりする。
でも、実際に馬と話してるところは見たことないな。いや、ダメだ。ヒヒーンとか言ってるおっちゃんを想像している場合じゃない。
長老は妖精語と言っていたし、原因はおそらくあの、自称妖精少女だ。
このまま人族語を話せないと、長老とセットの生活を送らないといけなくなる。それだけは絶対にダメだ! あいつを絶対に捕まえて、絶対に言葉を返してもらう。
太陽は真上に登りかけ、俺は長と買い物をし、貸し馬屋のおっちゃんのところに来ていた。
長老が通訳をしてくれるのだが、長老と俺の2人が店で買い物をしているときの周囲の視線と言ったら……。いや、よそう。今は交渉中だ。
「馬車、銀200、夕方に迎え、いい、か?」
「お願いします、長老」
貸し馬屋のおっちゃんは、事情が分かってるみたいだった。俺にウインクをして、銀貨を受け取った手でそのまま拳をグッジョブの形にした。
交渉が終わると、長老と貸し馬屋のおっちゃんに頭を下げ、一度家に帰ることしにた。色々準備をするためだ。
……そう、あいつを捕まえるための。
数分後、木製のスコップを持った俺は、家の前で口角を釣り上げていた。