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あきらめの悪い案内人  作者: 八重椛
第1章
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第4話 穴に落ちてもあきらめない

「うおおおおお!」


 全力疾走で森の先を追いかけるが、全く差は縮まない。少女をギリギリ見失わない距離で、なんとかついていくのがやっとだ。


「のははははは! やっぱり口だけのようなの!」


 先の方から勝ち誇った声が飛んでくる。

 俺の息はとっくに切れてるのに、あの少女は疲れる様子を見せない。見た目と違い、舐めてかかるとまた、さっきのように痛い目にあうかもしれない。


 頭の後ろをさすり、行く先を凝視する。すると、少女が立ち止まり、こちらを振り向いた。俺と違い、バテた様子はない。むしろ、会ったときには冷たかった目は今の方が光が灯っている気もする。……だか、それもこれまでだ!


「やっと逃げるのをあきらめたか!」


 今度は俺が、勝ち誇ったような声をあげる。

 あと5歩あれば捕まえられる距離。走りに力を込め、真っ直ぐに腕を伸ばす。しかし、すぐそこにいた目標は、その瞬間に視界から消えた。


 いや、視界から消えたのは俺の方か、という考えが頭をよぎったのは、地面を蹴ったはずの足が空を切った感覚がした後だ。浮いた体が重量に引っ張られ、真下に……底の深い落し穴に、落ちていった。



 あのとき……そう、こいつを追いかける前のことだ。俺は、口角をピクつかせたまま少女を見上げていた。腹は減っていたし、好物の卵焼きを食べられていた上に。


「挑発したにも関わらず俺の弁当を美味しく味わいなさるとは、なかなかいい度胸してるじゃないか」


 そして、木の上の少女を捕まえようと、木によじ登った。最初の枝を掴み、身軽な動きで上に登っていった。


「ニンゲンのくせに、なかなかやるの」


 俺の動きを上から見下ろす少女は、全く逃げる様子を見せない。それどころか、目の端でこちらを見た程度で、弁当のメインであるパンにまで手をつけていた。


 その隙に俺は、すぐそこまで近づいていた。手前の枝まで登り、少女の服を掴もうと手を伸ばす。

 しかし手は空を掴み、俺は後頭部を蹴られて枝から落ちた。


「うぐあっ!」


 細い枝をいくつか折り、いつくか下のの太い枝まで落下した。ヘビーなタッチで胸から受け止められ、衝撃が全身に走る。


「をっ……ぶねぇ……」


 震える手で枝にしがみつく。下に見える地面との距離に胸の痛みが遠くなり、全身に嫌な汗をかいた。これ、そのまま叩きつけられたら死んでたかも。


「のははー!」


 次の瞬間、上から下に落ちた声に耳を疑った。目の前を緑の髪が通り過ぎ、思わず目を瞑った俺は嫌な音がするのを待った。


「えい」


 下を向いていた額に何かが当たり、目を開くと、何事も無かったかのように少女が地面に立っていた。


「これ、酸っぱかったし種が硬かったの」


 たぶん、干しすいぼしのことだろう。弁当に入っていたであろう、パンにはよく合わない赤くて小さい実だ。


「お前、今何をしたんだ? それと……俺の弁当は?」

「あれは、なかなか美味であったの。」


 少女を見ると、安堵と共に怒りが込み上げてきた。


「よし、そこで少し待ってろ」

「どうしたのだ、おもしろい顔をして…………のっ!?」


 惜しい。間一髪でよけられた。


「突然何する!?」

「何って、俺の荷物を返してもらうだけだけど?」

「……今のは、明らかに物を取り返す動きでは無かったの」


 ジト目を向けられた。仕方ない、もう一発いくか。


「のおっ!?」


 少女はまた、俺の拳を躱した。今度はほとんど遠慮しなかったはずなんだが。


「そうか、ニンゲン。この荷物が欲しいんだったの」


 そう言って、手に持っていた空の弁当をリュックに入れる少女。

 そして、リュックを背負い、俺に手を振る少女。

 そのまま森の奥へ背を向けて走る、俺のリュックを盗んだ少女。


「……。待あぁてこの野郎ーー!」



 そうして、俺が鬼で鬼ごっこが始まり、鬼のはずの俺が穴に捕まってしまったわけだ。本当に、なんて日なんだ今日は。


「腹減ったな……」


 ここは落し穴の底。腰のあたりまで泥水が溜まっている。上を見ると、穴の口までは相当距離がありそうだ。俺7人分くらい。


 冷たい泥水に映る自分の顔を見てため息をつく。


「何が案内人だよ。あんなやつの落とし穴にハマって」


 すっかり怒りは冷め、泥水で頭も冷えた。


「でも、ガイドっていうのはこういう危険なことも、ちゃんと調べつくさないといけないんだな」


 壁は土でできている。しかし、幅が広すぎて突っ張って登るのは無理そうだ。

 荷物はない。助けもない。運もない。あるのは、諦めの悪さと……。


「これしかないな」


 懐を探り、唯一の持ち物を取り出す。片手で小指と親指の指を鳴らして、木製のフォークを握る。そして、壁に思い切り突き刺した。


「さすが父さんの付与効果(エンチャント)だ。土が卵焼きみたいだ」


 足をかけられるくらい削り出し、足場を作っていく。体重を支える左手の指が痛い。つま先も震えて痛い。


「うああああ!」


 指が限界を迎え、壁から離れた。


「っぶね……」


 ギリギリのところでフォークを突き刺し、宙ぶらりんで耐える。


「やっと半分かよ……」



 満身創痍で穴から出ると、陽光は橙色になっていた。立ち上がると全身が重く、腕が上がらない。足を引きずって歩こうとすると。


「見たことない生き物ね」


 すぐ耳元で、高い声がした。振り向くが、誰もいない。何もない空間から声が聞こえる。


「たしか、ニンゲンのオトコっていう生き物だったかしら」


 別の声だ。


「ニンゲン……()()()と一緒ね」

「あの[職業適性・通訳者]のこと?」

「もともとは木妖精(ドライアド)だったらしいけどね。ニンゲン職の[職業適性・通訳人]があたったせいで醜い体になったって聞いたわ」

「やーね、身の毛がよだつわ」


 声はそのまま遠ざかり、すぐに聞こえなくなった。


「幻聴まで聞こえてきたな。体も冷えてるし、俺、相当やばいかも」


 キャリアは短いが、伊達に[案内人]ではない。追いかけ回った後でも、俺の頭はなんとか来た方向を覚えていた。


「さっさと帰るか……」


 また、覚束無い足どりで歩き始めた。

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