第3話 相手が少女でもあきらめない
職業は、中には例外もあるが大きく3つに分けられる。
母さんの[職業適性・工芸人]や父さんの[職業適性・樹工職人]は生産職に分類される。勇者や武闘家は戦闘職、魔法使いや、長老みたいな妖精の声を聞いたりするのは、魔妖職に入るのだ。
この世界の全ての生物には職業適性があり、魔物も「職業適性・防衛魔」や[職業適性・放浪魔]などを持っている。その中にも魔物特有の職業があり、[職業適性・食人魔]などは人間が持つことはないとされている。
俺の[職業適性・案内人]が魔物の職業だと言われるのは、瀕死になるとダンジョンに逃げ込む性質を持つ、ある種の魔物の[職業適性・案内魔]というもののせいだ。
別にそいつらを恨んでいるわけではないが、会ったらそいつらの顔でも覚えておこうか。仮に顔を合わせても、馬は合うどころか蹴り合いそうだが。
朝日の影を目にかけて、心地よくがたがた揺れながら、そんなこと考えていると。
「おーい、そろそろ着くぞー」
貸し馬屋のおっちゃんの声がかかり、適当に返事をして荷物をまとめる。今日の客は俺一人だ。森の手前で馬車を止めてもらい、俺が荷台降りると、おっちゃんは村のほうへ向きを変えた。
「いつもありがとなー。また借りに来てくれよー!」
「こちらこそ、またお願いしますねー!」
遠ざかるおっちゃんに手を振ると、森に目を向けた。この森はまだ未探索で、名前も知らない。いいスポットがあれば、そのうちツアーに組み込もうとは思っているが、今回は下見だけしようと朝早くやってきた。
村まで続くだだっ広い平原を背に、森に入る。
影に入ると途端に気温が下がり、風が少し寒いくらいになった。風に乗って、甘酸っぱい匂いがする。つるなどは少なく、奥に進むには都合がよさそうだ。
「珍しい動物でもいないかな」
辺りを見回しながら進むが、特に変わったようすはない。ただ、何か違和感があるような、そんな気がする。
「そろそろ、何か目立つものがあってもいい頃じゃないかな」
探索を始めて2時間くらいが経過し、だんだん腹が減ってきた。休憩出来そうなところを探すとすぐそこに、木々の間が広く、日が差している場所がある。
「いただきまーす!」
腰を下ろし、すぐさま手を合わす。腹が減っては魔物も倒せぬと、かつての勇者パーティの戦士ライガスも言ってたそうじゃないか。
そうして母さん手作りの弁当を手に取り、蓋をとろうとしたそのとき、黒い影が目を前を掠めた。
「ん? まぁいいか、それより俺の好物の卵焼きは入れてくれてるかな……っておいいいい!!」
左手に握っていた木製のフォークのを残し、俺の手の上から重さが消えた。香ばしい香りを見捨て。
「俺の弁当は!? 至福の卵焼きタイムは!?」
突然の出来事で立った腹に続き、俺も立ち上がる。
「どこだ! 出でこい、弁当泥棒! 今すぐ飯を返せ!」
犯人は、どう考えてもさっきの黒い影だ。俺が持っていたリュックくらいの大きさの影だった気がする……いや、ちょっと待て。
「俺のリュックも盗って行きやがったな!!」
周りを見回すが、なんの気配も感じられない。しかし、あの一瞬の隙に手に持ってた弁当だけじゃなく、リュックまで持っていくとは。とんでもない野郎だ。
手に握るフォークに力を込め、これだけは盗られまいと木々の間に目を凝らす。もし相手が追い剥ぎなら、この木製のフォークだけが今の唯一の武器だ。
相手も、いる方向すらも分からず、逃げようにも逃げられずに身構えていると。
「おい、青髪!」
生意気な、齢の低い声が飛んできた。
「どこだ!」
「……さっきから上にいるんだけど」
呆れた声を見上げると、俺5人分ほどの高さの枝に、8歳くらいの少女が立っていた。幹に片手を置き、木の葉色の長髪は乱れたまま胸まで下ろしている。
齢に似合わない鋭い目つきだ。着ている服もところどころほつれていて、白くて柄のないワンピースは野生感を漂わせている。
「この黄色いのは、なんというものなんだの?」
少女が、首を傾げながら俺に訪ねてきた。その腕には俺の弁当、よく見ると緑の髪の隙間から、背に背負われたリュックも覗いている。相手は少女だが、荷物を盗む手際は恐ろしくよかった。ここは慎重にいこうと判断する。
「美味いだろ? それ、卵焼きっていう食べ物なんだよ。でさ、ところであの、俺の荷物返してくれないかな」
「なぜ私が、ニンゲンの言うことを聞かなきゃいけないの?」
少女は漫然とした態度でそう答えた。
「ニンゲン? お前も人間だろ? そこは危ないから、すぐにおりて荷物を返せって」
何かと上から目線の少女に、荷物を返せと手のひらを出す。
「どうして私が穢らわしいニンゲンに、荷物を差し出さなくちゃいけないのかしらの? それと、私をニンゲンと一緒にしないで。私は、気高き妖精なの!」
おっと。こいつ、相当やばいやつみたいだな。俺の直感がそう察し、出方を変えることにした。一息吸い、得意の営業スマイルを発動。
「失礼しました、妖精様。卵焼きはいかがでしたか? 次の機会にまたお持ちしますので、私の荷物をお返し下さい」
細めたままの目で高い枝に立つ少女の様子を伺う。ひどいあわれみの感情が遠慮なく、その顔に出ていた。
まるで、今まで尊敬していた人が道端の猫に、頬をすりすりしてにゃーんと鳴いている現場を目撃してしまったかのような。
「……」
「頼むよ! なんかしゃべってくれよ!」
余りの寂しさに、ついオーバーなリアクションをとってしまう。すると少女はにっこりと微笑み、
「失礼しました、妖精様。卵焼きはいかがでしたか? 次の機会にまたお持ちしますので、私の荷物をお返し下さい!」
と、俺を指差して言い、腹を抱えて笑い始めた。俺の口元がぴくぴくと震え始める。
「お、お前……」
「のはははは! 青髪なのに顔が赤いの!」
火がついていた羞恥心に、怒りの薪が次々とくべられる。俺の顔がさらに熱を持つのがわかった。
「そこで待ってろ!」
フォークを懐にしまい、指をバキバキと鳴らす。
口角が不自然に歪んだスマイルを浮かべた、8歳ほどの少女相手に本気でキレている16歳の少年が、そこにはいた。
年の差2倍。