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あきらめの悪い案内人  作者: 八重椛
第1章
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第3話 相手が少女でもあきらめない

 職業は、中には例外もあるが大きく3つに分けられる。

 母さんの[職業適性・工芸人]や父さんの[職業適性・樹工職人]は生産職に分類される。勇者や武闘家は戦闘職、魔法使いや、長老みたいな妖精の声を聞いたりするのは、魔妖職に入るのだ。


 この世界の全ての生物には職業適性があり、魔物も「職業適性・防衛魔」や[職業適性・放浪魔]などを持っている。その中にも魔物特有の職業があり、[職業適性・食人魔]などは人間が持つことはないとされている。


 俺の[職業適性・案内人]が魔物の職業だと言われるのは、瀕死になるとダンジョンに逃げ込む性質を持つ、ある種の魔物の[職業適性・案内魔]というもののせいだ。

 別にそいつらを恨んでいるわけではないが、会ったらそいつらの顔でも覚えておこうか。仮に顔を合わせても、馬は合うどころか蹴り合いそうだが。


 朝日の影を目にかけて、心地よくがたがた揺れながら、そんなこと考えていると。


「おーい、そろそろ着くぞー」


 貸し馬屋のおっちゃんの声がかかり、適当に返事をして荷物をまとめる。今日の客は俺一人だ。森の手前で馬車を止めてもらい、俺が荷台降りると、おっちゃんは村のほうへ向きを変えた。


「いつもありがとなー。また借りに来てくれよー!」

「こちらこそ、またお願いしますねー!」


 遠ざかるおっちゃんに手を振ると、森に目を向けた。この森はまだ未探索で、名前も知らない。いいスポットがあれば、そのうちツアーに組み込もうとは思っているが、今回は下見だけしようと朝早くやってきた。


 村まで続くだだっ広い平原を背に、森に入る。

 影に入ると途端に気温が下がり、風が少し寒いくらいになった。風に乗って、甘酸っぱい匂いがする。つるなどは少なく、奥に進むには都合がよさそうだ。


「珍しい動物でもいないかな」


 辺りを見回しながら進むが、特に変わったようすはない。ただ、何か違和感があるような、そんな気がする。



「そろそろ、何か目立つものがあってもいい頃じゃないかな」


 探索を始めて2時間くらいが経過し、だんだん腹が減ってきた。休憩出来そうなところを探すとすぐそこに、木々の間が広く、日が差している場所がある。


「いただきまーす!」


 腰を下ろし、すぐさま手を合わす。腹が減っては魔物も倒せぬと、かつての勇者パーティの戦士ライガスも言ってたそうじゃないか。

 そうして母さん手作りの弁当を手に取り、蓋をとろうとしたそのとき、黒い影が目を前を掠めた。


「ん? まぁいいか、それより俺の好物の卵焼きは入れてくれてるかな……っておいいいい!!」


 左手に握っていた木製のフォークのを残し、俺の手の上から重さが消えた。香ばしい香りを見捨て。


「俺の弁当は!? 至福の卵焼きタイムは!?」


 突然の出来事で立った腹に続き、俺も立ち上がる。


「どこだ! 出でこい、弁当泥棒! 今すぐ飯を返せ!」


 犯人は、どう考えてもさっきの黒い影だ。俺が持っていたリュックくらいの大きさの影だった気がする……いや、ちょっと待て。


「俺のリュックも盗って行きやがったな!!」


 周りを見回すが、なんの気配も感じられない。しかし、あの一瞬の隙に手に持ってた弁当だけじゃなく、リュックまで持っていくとは。とんでもない野郎だ。


 手に握るフォークに力を込め、これだけは盗られまいと木々の間に目を凝らす。もし相手が追い剥ぎなら、この木製のフォークだけが今の唯一の武器だ。

 相手も、いる方向すらも分からず、逃げようにも逃げられずに身構えていると。


「おい、青髪!」


 生意気な、齢の低い声が飛んできた。


「どこだ!」

「……さっきから上にいるんだけど」


 呆れた声を見上げると、俺5人分ほどの高さの枝に、8歳くらいの少女が立っていた。幹に片手を置き、木の葉色の長髪は乱れたまま胸まで下ろしている。

 齢に似合わない鋭い目つきだ。着ている服もところどころほつれていて、白くて柄のないワンピースは野生感を漂わせている。


「この黄色いのは、なんというものなんだの?」


 少女が、首を傾げながら俺に訪ねてきた。その腕には俺の弁当、よく見ると緑の髪の隙間から、背に背負われたリュックも覗いている。相手は少女だが、荷物を盗む手際は恐ろしくよかった。ここは慎重にいこうと判断する。


「美味いだろ? それ、卵焼きっていう食べ物なんだよ。でさ、ところであの、俺の荷物返してくれないかな」

「なぜ私が、ニンゲンの言うことを聞かなきゃいけないの?」


 少女は漫然とした態度でそう答えた。


「ニンゲン? お前も人間だろ? そこは危ないから、すぐにおりて荷物を返せって」


 何かと上から目線の少女に、荷物を返せと手のひらを出す。


「どうして私が穢らわしいニンゲンに、荷物を差し出さなくちゃいけないのかしらの? それと、私をニンゲンと一緒にしないで。私は、気高き妖精なの!」


 おっと。こいつ、相当やばいやつみたいだな。俺の直感がそう察し、出方を変えることにした。一息吸い、得意の営業スマイルを発動。


「失礼しました、妖精様。卵焼きはいかがでしたか? 次の機会にまたお持ちしますので、私の荷物をお返し下さい」


 細めたままの目で高い枝に立つ少女の様子を伺う。ひどいあわれみの感情が遠慮なく、その顔に出ていた。

 まるで、今まで尊敬していた人が道端の猫に、頬をすりすりしてにゃーんと鳴いている現場を目撃してしまったかのような。


「……」

「頼むよ! なんかしゃべってくれよ!」


 余りの寂しさに、ついオーバーなリアクションをとってしまう。すると少女はにっこりと微笑み、


「失礼しました、妖精様。卵焼きはいかがでしたか? 次の機会にまたお持ちしますので、私の荷物をお返し下さい!」


 と、俺を指差して言い、腹を抱えて笑い始めた。俺の口元がぴくぴくと震え始める。


「お、お前……」

「のはははは! 青髪なのに顔が赤いの!」


 火がついていた羞恥心に、怒りの薪が次々とくべられる。俺の顔がさらに熱を持つのがわかった。


「そこで待ってろ!」


 フォークを懐にしまい、指をバキバキと鳴らす。

 口角が不自然に歪んだスマイルを浮かべた、8歳ほどの少女相手に本気でキレている16歳の少年が、そこにはいた。

年の差2倍。

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