第2話 叶わぬ夢でもあきらめない
「はい、こちらがラシカルの森になりまーす!」
と、営業スマイルで今日も行き先の緑の木々を指す。16歳になった俺は、ツアーガイドをしていた。
そこそこ背の高い木々が並ぶ、俺の村から馬車で1時間ほどの森だ。昔はよく人が通っていたらしく、人3人分くらいの道幅が続いている。
「ねえねえガイドさん、あの丸いのは何ですか?」
今日のお客さん5人のうちの、10歳くらいの短い茶髪の女の子だ。
「あの果実はナラミの実といいまして、この森ではよく見る果物ですね」
休憩しましょうと声をかけると、手に持っていたツアーの旗をそばの木に立て掛け、木に向かってジャンプした。
旗の先を踏み台にして、さらに上に飛び、太い枝を掴んでそのまま枝の上に乗った。すると、すぐ手の届くところに果実があった。
「お兄ちゃん、すごい!」
目を輝かせる女の子に、木から飛び降りて果実を手渡す。両手にすっぽりおさまった。
「包んでる葉っぱをはいでごらん」
「なにこれ、右半分は赤くてもう片方は黄色!」
不思議そうに見ている女の子に、ツアー客のおじいさんが声をかけた。
「嬢ちゃん、これは黄色いとこを食べな。赤いところは、酸っぱくて食えたもんじゃねぇ」
「ナラミの実はこの時期になるとようけ熟れるけんど、すぐ酸っぱくなるもんだから村じゃもう、作る人はいないよ」
おじいさんとおばあさんの話に、女の子はうなづき、顔を綻ばせた。
「甘い!」
口いっぱいに頬張りもぐもぐ口を動かしている。兄弟がいない俺にはよく分からないが、もし妹がいたら、こんな感じなのだろうか。
「それでは、ツアーを再開します!」
旗を手に取り、またお客さん達を案内し始める。
「この先に見えてくる丘をくだると、ある湖があってですね……」
と、何度も使った解説文句を張った声で謳う。この先のスポットは、このツアーで一番の見どころ。鏡の湖と呼ばれる、美しい湖があるのだ。
声をひそめて、ツアー客達に伝える。
「ここから先は、小声でお願いします。とても珍しい生き物が見られるかもしれません」
不思議そうにしているお客さん達を見て、心の内をニヤニヤさせながら道を先へ進む。
森の木々がちらほら減っていき、遂に湖面が姿を現した。真っ昼間の太陽が、天高くからこちらを覗いている。左手にある湖は、鏡のように光を反射して眩しい程に輝いている。
「きれいねぇ、あんた」
と女性が呟く。
「ああ、森の陽の光を独り占めしているみたいだな」
感嘆の声を出す男性に、まだまだこれからですよと心の中で笑みを作り、懐からある果実を取り出す。そして、湖の岸近くに思いきり放り投げた。
「お兄ちゃん、それさっきの……」
「その通り、あれはさっきご紹介した、ナラミの実です。ナラミの実の酸味の強い部分は人間には好まれませんが、代わりに養分がぎっしり詰まっているんですよ」
俺のナラミが着弾した水面に、何匹もの魚が食いついて群がっている。少しして、木の陰からある生き物が出現し、ツアー客達が目を見張った。
水辺に近づくその全身は雪のように白く、視線が吸い込まれるような美しさだ。
神秘的なオーラをまとったその幻獣は、力強くも可憐な四本の足を静かに踊らせ、頭からのびる長い角を水面に突き立て、水しぶきを上げた。
しぶきと共に魚が数匹地面に打ち上げられた。
「わしでも、こんなにはっきりと見たのは初めてじゃわい」
「あたしもですよ。ほんとうにきれいねぇ」
驚きの声を出すおじいさん、おばあさん。
「お母さんのお話で聞いたことある! ユニコーンっていうんでしょ?」
「ピンポン! 本来は人間や魔物を嫌い、あまり見ることは出来ない貴重な生き物です」
ユニコーンと呼ばれるあの生き物は、どうも魚を好んで食べるらしい。以前俺がスポット探しの際に偶然発見したのだが、昼ごろにこの湖に来ていることが多く、ツアーに組み込めないかと考えていたのだ。
こちらの気配に気づいたらしく、ユニコーンは魚を1匹加えて木の中へ帰ってしまった。
「いっちゃった……」
残念そうにする女の子に、また会えるよと言い、また次のスポットへ向かうことにした。
「ただいまぁー」
ツアーガイドを終えて帰宅すると、母さんが夕ご飯を作って待っていた。ついでに今日の収穫を母さんに手渡す。
「あら、ありがとう。ちょうど注文が入って、とってきて貰おうと思ってたのよ」
母さんは[職業適性・工芸人]で、だいたいいつも衣服の修理や製作をしている。材料は、下見やツアー中の休憩時などに俺が集めることが多い。
「ただいまー」
父さんも、仕事から帰ってきた。父さんは[職業適性・樹工職人]で、大工の仕事をしている。
ちなみに俺のツアー用の旗も、2人に頼んだら異常なやる気で作ってくれたものだが、適正持ちの合作なだけあって、そこらへんの旗とは比べ物にならないものになっている。
「そろそろ、ツアーガイドを始めて1年になるんじゃないか?」
「そうね、もうそんなになるわね。最初はどうなることかとおもってたけど……」
温かいシチューを飲みながら、会話がすすむ。
「稼ぎはまだまだだが、この前お客さんが楽しかったといいに来てくれてたぞ」
「わたしは、今日も頼まれてた服の修繕の糸をとってきてもらったし、いつも助かってるわ」
「貸し馬屋のおっちゃんも、馬車を借りに来てくれる客が増えたって喜んでたなぁ」
父さんと母さんは誇ってくれているが、実のところ、俺は案内人がしたいわけではない。
「ごちそうさまー」
食器を下げ、2階に上がる。うちは2階建てで、1階はリビングと台所、2階には、父さん、母さん、俺の3つの部屋がある。一番手前の俺の部屋に入り、ど真ん中にあるベッドに仰向けに倒れ込む。
家具はほとんどなく、ベッドの頭側にある窓からの月明かりが傷の入った床を照らし、余計に部屋を寂しくしている。窓際にある本棚には、『打倒! 魔王!』『勇者解体真書』『勇者の力』といった本が無造作に突っ込まれていた。
「案内人……かぁ」
天井には、(ゅうしやまおぅたおす)とかかれた絵が貼り付けられている。絵の中で、胴体はだ円である棒人間の片手に、剣らしきものが握られている。
「たしか、魔王の姿はかけなかったんだっけ」
6歳のあの日まで、勇者に憧れていた。胸の中が熱くなる、少し強くなったように感じるような、確かな響きがその言葉にはあった。
しかし、あの日からは村人達が豹変した。
「この世界では、適正に合わない職業についても、ほとんど力は発揮出来ないんだぜ?」
「あきらめなさい。勇者なんて無理よ」
「案内人って何? 生産職にも戦闘職にも、魔妖職にも適してないのよね? 一体何が出来るの?」
人がいる所へ行けば、ひそひそ話がついてまわる日々が続いた。
適性職業につくことで、立派な大人として認められるこの世界では、魔物職を強く非難する傾向がある。
もう10年も経ち、今は村人達も俺を受け入れてはいるが、あの頃は毎日ベッドで泣いてたんだよな。でも。それでも。
「勇者になってやる。あきらめてたまるか」
天井の絵の、魔王がいるはずの位置に拳を掲げた。