第1話 こんな適正でもあきらめない
村の人達は皆、この日教会に集まっていた。いつもはがらんとしていて寂しいものだが、老人や子どもを含め60人程が今、燭台の明かりに照らされている長老の姿に注目していた。
「見てろ、俺の子どもが勇者になるんだ!」
「何言ってんだ、うちの子に決まってるだろ?」
「私の子は、すくすく育ってくれさえすればいいわ……」
親達の興奮気味の声が聞こえる。しかし、一番目を輝かせていたのはまだ6歳の俺だった。
母さん譲りの青い髪と、父さんと同じ猫っ毛。背は低いが、そのうち伸びまくる予定。
「母さん、俺、勇者になって、魔物をやっつけて、魔王を倒すんだ!」
と、息巻く俺。
「そうねぇ、母さんはあんまり危険な目にあわせたくないわね。あなたはどう思う?」
「そうか、やっぱり勇者になりたいのか。心配するな、お前は俺の息子だ。強い男になれるに違いねえ」
心配性の母さんはともかく、父さんは応援してくれてるみたいだ。父さんは筋肉質で背が高く、いかにも大工らしい。
周りの子達も同じように、興奮した様子で親と話をしている。その中でも男子達は、口を揃えて勇者になると宣言している。
だがそれを、男子ってバカね、とでも言いたげに腕を組んで見下している女子が1人。珍しい金髪を肩まで伸ばし、高価な服を着ている。顔立ちは整っているが、村では見ない顔だ。
しばらくして教会の鐘が鳴り、会話は途切れ静かになった。
静寂を破ったのは、年季の入った太い声だった。
「それでは、子ども達よ、前へ」
周りの大人に誘導されるがまま、5人の子どもが前のステージに登った。これからの人生を決める、適正職業の発表が始まる。
数年に一度、人里付近のどこかで、春の始めに妖精たちが騒いで姿を見せる、ラシカルガイプと呼ばれる現象が起きるのだ。その卯の月の満月の夜、妖精達のお告げが来る、と聞いている。
俺は妖精の声は聞けないが、この村では[職業適性・聖素感知]を持つ長老が声を聞き、それを皆に伝えるようになっている。
「それでは、片膝をつき、両手を胸の前で組みなさい」
太い声が、今度は優しく子ども達に指示をした。隣を互いに見合いながら、ぎこちなく皆は言われた通りにする。
一番端の男の子が、目を瞑り、祈り始めた。教会から差し込む月の光が、少しあたたかくなったような気がした。村長も目を閉じて、何かに耳を傾けている。少しして目を開け、口を開いた。
「ダスルト・スカメール、7歳。[職業適正・守護人]!」
歓声が上がり、ダスルトが礼をする。
次の男の子も、同じように膝をついて祈り始めた。
「カレム・ブラヒアム、5歳。[職業適性・鍛冶人]!」
カレムにも応援の声がそそがれ、頭を下げた。3人目は、女の子だ。紫の短髪が片膝をつき、祈り始める。
「ナユリア・スミレニア、6歳。[職業適性・打撃武術]!」
結構ざわついたが、本人は嬉しそうに微笑んでお辞儀をした。
続いて、さっき偉そうだった金髪の少女も祈るポーズをした。他の3人とは違い、所作が美しい。やはり、身分が高い家の子のようだ。長老は、大きく目を見開いていて言った。
「ヒライス・ヴァルト・アインルーツ、7歳。[職業適性・魔素操作]!」
長老の言葉が終わるとともに、村人が口々に騒ぎ始めた。
「魔素操作、まさか魔法使いか?」
「ヴァルトと言えば、代々魔法に長けている貴族じゃなかったか!? なぜこんな村に?」
「いや待て、この間の魔物の襲撃で、村が半壊になったと聞いたが・・・」
けっこう有名な家柄らしい。そこに、「静粛に!」と長老の一声が飛んだ。再び場が静まり、俺の鼓動はだんだんはやくなっている。手が濡れ、息が切れてきた。次は俺の番だ。
「ミツラギ・イムレネイス、6歳………」
と、そこで一瞬長老が咳払いをした。
「[職業適性・案内人]」
辺りは日が落ちかけていた。俺は母さんの手を引き、早足で家に向かっていた。
教会は村の真ん中にあり、道はそこを中心に十字になるように作られている。俺の家は教会の正面右側方向にあり、俺は誰にも顔を見られないように、後ろを振り返っていなかった。
さっきの発表の後、場はザワつき始め、すぐに俺は、初めて見た野菜の値段を見定めているような目に囲まれた。「案内人?」「初めて聞いたぞ」「一体何なんだ?」「案内なんてされなくても、道くらい分かるぞ」「案内人って必要あるの?」
そんな口々に飛んで来る矢の中に、さらに1本の槍が投げ込まれた。
「案内人? 笑わせないで。この村の近くで大きなラシカルガイプがあったって言うからわざわざ来たのに、勇者なんていなかったじゃない!」
ヒライスと言っていた[職業適性・魔素操作]の金髪だ。
「しかも案内人なんて、そこらへんの魔物が持ってる職業適性よ! あんたまさか、魔物の手先だったりしないわよね?」
怪訝な顔で俺を見るヒライスに、俺は戸惑って何も言えなかった。見回すと、他の人達も、侮蔑の表情で俺に視線を向けていた。
魔物? 俺が? そんなこと、あるはずがない。しかし、俺への視線は疑念が強まっていくばかりだった。
それに耐えきれず、ステージから飛び降り教会から飛び出して来たのだ。
「ごめんね、ミツラギ……」
飛び出してからすぐに腕を掴まれたが、振りほどく気も起きずに引いて早歩きを続けていた。ずんずん進んでいたら足元がぼやけ、石ころか何かにつまづいて地面に手と膝をついた。
「痛いだけだから。手が痛くなっただけだから」
転んだまま振り向きもしない俺に、母さんが答える。
「そうか、痛かったね」
「悔しくないから。痛くて勝手に声が震えてるだけだから」
母さんは何も言わず、倒れた俺の左の手を引いて立たせた。すると頭に、あたたかい手のひらが乗った。
「母さん?」
と言うと、
「怖かったね、ミツラギ。でも、母さんはミツラギが大好きだから。勇者じゃなくたって、どんな職業でも、元気でいてくれればそれでいいのよ」
と、ゆっくりと、耳の近くでささやかれた。同時に景色がまた歪み、目元の熱が増した。
「うん」
とだけ答え、右の腕で目を拭った。そのまま後ろから母さんに抱きしめられ、苦しくなった。それでも母さんの心臓の音が心地よかった。
処女作です。あたたかな目でお願いします。