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アマタ行進曲  作者: こんぶ子
9/11

悪い笑顔と良い笑顔

伊勢崎視点でお送りします。

 先程の強面な男性は、いったい何の為にこの近辺へと訪れたのだろう。一度アマタ荘に黒いバイクを停めていたが、もしかしてここの住人に何か用事が有ったのだろうか。もしかして……アマタ荘の住人の誰かが、強面の男性と一夜限りの愛を育んだ相手だったのではないか。どうやら私の存在を知っている者であるらしく、その点から考えてもアマタ荘の住人と言う可能性は高い。

 確か清純そうな見た目だったと、強面な男性は仰っていた。その時ふと私の脳裏に過ったのは、205号室の佐伯さんの、ベッドシーツ一枚を羽織って胸元を隠している霰もない姿である。慌てて脳内の映像を振り切った。ああ、どうして私はこうも不埒かつ失礼かつセクシャルハラスメントな映像を思い浮かべてしまったのだろう。激しい罪悪感に苛まれた。そもそも、強面男性の一夜限りの恋人が佐伯さんだとは考えられない。佐伯さんが私なんかの話を他人に切り出す筈が無いのだ。佐伯さん、この度は誠に申し訳御座いません。

 私が強面な男性と、その男性の一夜限りの恋人についてあらゆる憶測を巡らせている間、廣田さんはにやにやとどこか挑発的な笑みをたたえていた。もしかして私の思考は、全て彼女に透視されているのではないか、と言う非現実的な不安が胸を過る笑みだった。


「伊勢崎さん、思い当たる人はいる?」


 非現実的な不安が的中したらしい。動揺しつつもしらを切ったが、彼女に嘘や誤魔化しは通用しなかった。正直に、一人いるがおそらく違うと言う旨の意見を伝えると、廣田さんは再びにやりと笑った。笑顔がデフォルトと言える程、頻繁に笑みを浮かべているのは大川君も廣田さんも同じである。だが、彼女の笑みは大川君の穏やかなものとは違い、こちらを見下しているかの様な、正直に言うとあまり心地の良くない笑みである。

 その後も一言二言会話を交わしたが、相変わらず意地の悪い彼女の表情に些か不快感を感じてしまい、しまった大人げないと反省する。そう言えば、この間もこんな事が有ったようなと思い起こすと、たった一昨日の話だった。そうだ、私は一昨日、廣田さんに対して大人げのない態度をとってしまい、その事について深く反省したのだった。そうして昨日、謝ろうと彼女の自宅へ足を運んだが、留守だったのでやむを得ず帰路についた。すっかり忘れてしまっていたが、私は目覚めた時から今日こそ廣田さんに謝罪をしようと心に決めていた。

 しゃがみこんだ体勢から、膝を伸ばし勢いよく立ち上がる。立ち眩みが少々した。突然立ち上がった私に驚いたのか、廣田さんは目を瞬かせてこちらを見上げた。


「廣田さん、ごめんなさい」


 彼女の目を見て、ゆっくりと、誠意が伝わるように一文字一文字を丁寧に発する。対する廣田さんは、いったいこの人は唐突に何を謝っているのかしらと言わんばかりの面持ちで、私の目をじっと見ている。


「ほら、一昨日の事……手を叩いたり、話途中で帰っちゃったりして、ごめん」

「え、ああ、そんな事?良いよ良いよ、気にしてない」


 廣田さんは暫しぽかんとしていたが、直ぐ様あっけらかんとした様子で笑ってそう返した。その笑顔は、とても心地の良い笑みであった。同じ人物の同じ名詞がつく表情なのに、受け取る側の心境はこうも変わるのか。廣田さんの朗らかな笑顔は、大川君の笑顔と同じくらい好きである。


「廣田さん、ありがとう」

「いーえ。あ、そうだ、伊勢崎さん」

「なんだい?」

「朝刊届いてるよ」


 廣田さんはそう言うと、アマタ荘201号室の辺り、すなわち私の自室を指差した。目を凝らしてよく見てみると、錆びた郵便受けには、彼女の言うとおり丸められた新聞紙が頭を突っ込んでいた。









「伊勢崎さん子供っぽいから、子供とも気が合うんですよ」

「子供と言っても、その子は大学生ですよ。確か今、19歳だった筈です」


 今朝の出来事をかいつまんで話すと、華田さんは一切興味が無さそうにそう返した。


「自分が子供っぽいとか言われてる件については反論無しですね」


 華田さんは頬杖をつきながら、渡された資料に目を通す。切れ長の目に、高い鼻、そして細く尖った顎。おそらく彼女は美人と言われる人種なのだろうが、その辛辣な物言いは相変わらずである。


「て言うか一応は先輩なんですから、後輩の私に推敲頼むのはやめてくれませんか」

「すみません、この方がミスが無いので」


 冷たい視線を存分に浴びせてくる彼女に、へらっとした笑顔をつくってそう返す。華田さんは心底面倒臭そうに、紙面に記された文字を追っている。おそらく彼女にとっては、私の笑顔は不愉快極まりないものなのであろう。分かっていてもつい笑顔をつくってしまうのは、彼女の凍り付く様な視線についつい下手に出てしまう、私の長年に渡って培われた癖の様なものだろうか。

 華田さんがこちらをちらりと一瞥した。へらへらとした私の顔を見ると、無表情で目線を資料に戻した。

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