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アマタ行進曲  作者: こんぶ子
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会えない仲間

 202号室の扉の前に人影を確認した。もしかしてあの方が眞壁さんなのではないか、と期待に胸を膨らませたが、刹那にその人影は眞壁さんではなく、見覚えのある人物である事に気が付いた。長い黒髪をポニーテールに結わいており、数メートル先からでも美しいと分かるその端正な横顔は、どこか儚げな雰囲気を醸し出している。確かお名前は。


佐伯さえきさん?」


 黒髪の女性がポニーテールを翻し、呼び声の発信源である私に顔を向ける。


「伊勢崎さん、ですよね?」

「はい。眞壁さんに何かご用事ですか?」


 佐伯さんは、アマタ荘の二階……205?206?少しど忘れしてしまい詳しくは思い出せないのだが、その辺りの住人である。男は惚れ女は妬むその類い稀なる美貌に加えて、ナースの卵だと言う彼女の噂は、ここアマタ荘だけでなく、もはや地域全体に広がっているのではないだろうか。要するに、ここいらで彼女の存在を知らない者は殆ど居ない。

 佐伯さんは、私とはあまり接点が無い。顔を合わせればお互いに挨拶をする程度だ。たが彼女が202号室、眞壁さんの自宅の前に訪ねてきていると言う事は、もしかするとお二人はお知り合いなのではないだろうか。だとすれば、素性不明なお隣さんについて、何か情報を得られるかもしれない。突然訪れた好機に鼓動が高まる。


「いえ、あの、そうではないのですが……」


 佐伯さんは小声でそう呟くと、ばつの悪そうにもごもごと口ごもってしまった。どうしたのだろうと頭を傾け、小さく何かを話している彼女の声を聞き取ろうとする。


「あの、私、眞壁さんがここに引っ越してきてから何度か挨拶をしようとお部屋の前にお邪魔したのですが、まだ一度もお会い出来た試しが無くて……インターホンを鳴らしても何の音沙汰も無いんです」

「俺もです」


 眞壁さんにお会い出来ない仲間がいるのが嬉しくて、つい声を張ってしまった。佐伯さんはびくりと体を跳ねさせると、おそるおそるといった様子で私を見上げた。


「俺も一度もお姿見れてないんです、隣の部屋なのに。何度か挨拶に伺おうとはしたんですが、そうなんですよ、まるで人気が無いんですよ」

「お隣さんでも知らないのですか?」


 彼女は大きな瞳を更に大きく開いた。心なしか、表情に活気が出ている気がする。ああ、これは惚れざるを得ないな……と思う程の美貌を再確認するが、到底手が届く相手ではないと悟った私は、彼女に対して恋愛感情と言うものは持っていない。おそらく、佐伯さんを知る大半の男は、彼女への恋心が芽生える前に自ら諦めていくのだろう。

 私が数回こくこくと頷くと、彼女の表情は目に見えて明るくなった。私だけじゃなかったのね、と軽やかな声で呟くと、綺麗な角度でお辞儀をして自室へと帰っていった。若干の名残惜しさを感じてしまいながらも、小走りで駆けて行く彼女の凛とした背中を見送った。確認したところ、佐伯さんの部屋番号は205号室であった。


 レンタルしたDVDを観賞する。画面には、のどやかなナレーションに倣う、きらびやかな海外の風景が映し出されていた。この番組を観ると、旅行へ行きたい欲求がすこぶる高まる。

 DVDを観終えると、旅行雑誌に目を通しながら六畳一間にどんと寝そべった。特にやる事の無い休日の私は、さながら動物園のゴリラの如しであろう。厳つい見た目に反して、中身に獰猛さや逞しさがまるで損座しない。自分で言うのも悲しいが、人を幾らか海に沈めていそうな風貌をしておいて、実はとんと頼り無いヘタレ野郎だなんて魅力と言うものが無さすぎる。十年近く恋人が居ない現実にもじゅうぶん頷ける。

 先程の佐伯さんとの出来事も、私にもう少し積極性や勇気と言うものが存在すれば、もしかしたら高嶺の花である彼女とも、今より少しだけお近づきになれていたかもしれない。流石に男女の仲とまではいかなくとも、「眞壁さんにお会い出来ない仲間」として、佐伯さんのお友達に属する存在程度にはなれていたかもしれないのに。

 ふと、昼間に廣田さんから言われた言葉を反芻する。マフィアみたいなのにヘタレ。ヘタレの癖に。やはり私は自他共に認めるヘタレ野郎なのだ。心がずんと重くなる。あれこれ思い悩んでいる間に、あのとき廣田さんに対して心無い態度をとってしまった事をも思い出し、ますます気分が落ち込んだ。いくら身勝手な要求に苛立ったとは言え、他人である少女の手のひらを叩くなんて大人気の無い行為をしてしまった。今度会ったら謝罪をしよう。

 私の休日の午後は、女子大生との大人気無いやり取りと、高嶺の花との一分足らずの立ち話、そうしてあまり意味をなさない反省で過ぎていくのであった。

どんどん出てくる新キャラ達。

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