第八章 第五話
“すべては、お前のせいだ”
顕光様は、ひたすら機会をうかがう。一睡もしていないその目は、赤く充血していた。茂みに身をひそめ、刀を手に……子供一人が入りそうな”櫃の箱”を狙う。
人倫を失ったその男は最後の望みをかけ、睨む。
兄の声が聞こえた。柵へ入るらしい。一行の、その平和そうな顔がむかつく。
いつしか周りを囲む兵らが後ろへと引き上げていく。……櫃の箱はどこだ。
見つけた。
門へ入っていく行列へ襲いかかった。その輝いた長い刀は、櫃のそちら側を貫いた。一瞬の出来事で、誰も制止できない。呆然と見つめるしかない。顕光様は思わず破顔した。
だがあるはずのもの……腕の感触はない。……持ち身に響かない。
周りの兵は急いで男を捕らえようとする。男は急ぎ刀を櫃から抜こうとしたが、びくともしない。抜くのをあきらめて、元来た方へ走り出し彼らを振り切った。道の横に広がる茂みへと、その茂みの向こう側には田が広がる。こちらからは、懸命にあぜ道を逃げていく男がなんとあわれに思えたことか。
別の櫃からでてきた御子も、同じ様を見ただろう。
そして思った。
“私は果たして隠れる必要があったのか。何から逃げているのか”
己への問いかけだった。しいていえば殺されたかった。楽になりたかった。
無理にでも生かせるのが償いなのか。これから何十年も、罪を抱えながら。
正解はわからない。
……後にこの北畠の御子(幼名、真央)は出家して高野山にのぼったとも、成人になったのちに母方の水谷氏を名乗り奥州浪岡に復帰したとも伝えられる。




