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第四章 第三話
さくらは逃げた。木々は眠りにつき、夜の獣たちが餌を求めてさまよう。ワシが頭上からこちらを伺っている。イタチも隙あらば喰らわんとする。ああ、あの光は浪岡の館か。満月も南の方、次第に雲に隠れつつある。向かうは北の大釈迦へ。そこしか頼りがない。必死だった。周りに何がいようとも、気にしている暇はない。とにかく走る。走り続ける……が、思いがけず小枝につまずいた。
辺りには得体の知れぬ鳴き声が響く。すぐに立とうとしたが、怖くて脚が動かない。それに……どこかに誰かいるような気配がする。気のせいよ。こんな真夜中に人がいるはずないじゃない。
汚くなったであろう顔を拭うと、頬に血が付いていたらしい。手のひらに薄く赤い色が広がった。……どこで傷ついたのだろう。下を見ると膝小僧にヒルが噛みついていた。ああ、気持ち悪い。
だが、そうはいっていられない。さくらは気合いをいれ、やっとの事で起き上がった。体についたヒバの木粕がサラサラと落ちていく。
再び北へ走る。