第三章 第六話
それは白昼に起こった。前夜の話が末弟の顕光の耳に入ったのだ。猪突猛進を旨とするその男は、毛人と化した身のまま御所に突撃した。
誰も制止できるはずもなく、男はあの侍女を探す。周りの使用人達は怯え、獣の行く方から避けるように動くしかできなかった。
そして、男は侍女を見つけた。男の恐ろしい形相を見て、侍女はその場にへたり込み、力が抜けてしまった。
「兄上のやり方は優しすぎる。」
とてつもなく低く、地面が割れるかのような声だ。
「おれが締め上げて、問い詰める。」
侍女の背中の土壁に、右手を押し込んだ。脆くもこちら側が崩れ、壁中の組立が覗く。
…………
侍女は驚いた。はじめは殺されるかと思ったが、顔を見てみると一概には言えない。あろうことか、泣きそうにも見える。この単純そうな男の中にも、少しばかりは複雑な思いも抱えているようだ。
顕光は顔を近づけた。そして訴えかける。
「この気持ちをわかってくれ……。どこかに心服できぬ気持ちがある。犯人が分からない以上、兄上がそれやもしれぬ……。」
“わかっていることがあれば、言ってくれ”
脅しであったはずが、懇願である。まるで子供が必死に訴えてきているかのよう。
ここで侍女の中の何かが弾けた。これまで抑えていた、決して言ってはいけないであろうことは、頭では理解している。一方で意識下は……奥底に眠る清い心は、理性をねじ伏せた。
そして叫ぶ。
「奥寺様は、何もやっておられませぬ。」
あたりが静まりかえった。侍女は思わず「あっ。」と口にし、すぐに顕光から目線を背ける。
そんな侍女に顕光は凝視する。声はさらに低く。
「じゃあ、お前だな。」
侍女は、非常に遅くだったが、ゆっくりとうなずいた。その様は顕光だけではない、周りにいた者すべてが目撃した。