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深緑色の杖  作者: 水色
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空を見上げる少女

ヒロインが謎の少女と出会います。


第4話目「空を見上げる少女」


海のような空。


見捨てられた無人島のように、ぽつぽつと薄い雲が浮かんでいる。


空を見上げる少女の瞳は、真っ直ぐとある一点を見ていた。


「何を見ているの?」


私は思わず、空を見上げる少女に問う。


「あの雲は、一体どこへ向かっているのですか?」


空を見上げたまま、彼女は言う。

質問が質問で返ってきた。


ただ、流れ行く雲の行方なんて、小学生の頃の私は疑問に覚えていたのだろうか。

いや、考えていたのかもしれない。

ただ、忘れてしまっているだけだ。長い時間かけて、それこそ雲のようにゆっくりと。忘れた事すら、忘れていた。


私は少し嬉しくなって、


「私にも分からない」


と、答えた。


「どうして、空は青いのですか?」


どうしてだろう。それは、太陽の光の関係だとか、地球上の大気の分子だとか、科学的な理由があるはずだ。


それでも、空は青い。


「どうしてだろうね」


と、答える。


すると、彼女は目線をこちらに向けて、眉間に皺を寄せる。


「大人でも、分からない事があるのですか?」


彼女の表情は、宇宙の真理について考えているようにも、今夜の晩御飯のメニューについて考えているようにも見えた。そのギャップに、また笑う。


「何が可笑しいのですか?」


彼女は不満そうに、首を傾げる。


「ごめんごめん、貴方の方がとても大人びて見えたんだよ」


「私がですか?」


「うん、大人になってから分からなくなる事の方が、多いのかもしれないな」



「そうなのですか」

彼女は、真剣に二回頷いた。

そして、あっ、と小さな声で呟いた。


「どうしたの?」


「あの雲、ケーキの形をしています」


大人の顔が、急に小学生の女の子になった。


不思議な子だ。


ふとぐぅーっと鳴った。素晴らしいタイミングだ、恥ずかしい。


「近くに美味しいケーキ屋さんあるんだけど、一緒に食べに行かない?」


「え、いいんですか?」

彼女は真っ直ぐと私を見上げる。

くっきりと、良く通る声。透き通る、真珠の様な瞳。

元々は、元気で明るい子なのかもしれない。


「知らない人について行っていいの?」


私は、悪戯っぽく言ってみる。


「大丈夫、お姉さんは良い人だから」


だって私の質問に答えてくれたよ、そう言ってにっこりと笑った。




商店街には、行きつけのケーキ屋さんがある。

クリスマス、家族の誕生日、受験合格、お祝い事には、このお店のケーキがセットだった。


私達は、店の窓側の席に向かい合って座っていた。


目の前で、少女が真剣な表情でメニューを睨む。まるで、英字新聞でも読んでいるようだ。


「何でも、好きなもの選んでいいからね」


「ありがとうございます」


私は冷たい水の入ったコップを傾けながら、周りを見渡す。

店内はそれなりに混んでいて、赤い帽子を被った店員が忙しなく移動している。

そうか、もうすぐクリスマスだ。

店内で流れている曲も、聴き覚えのあるクリスマスソングだった。この時期は、忙しくなるのだろう。


「私、これにします」


彼女の方に視線を戻すと、メニューの右上に乗っているイチゴのショートケーキを指差していた。




「お待たせ致しました」


赤帽子の店員が、注文の品を運んでくる。

彼女の前には、イチゴのショートケーキと、アップルジュース。

私は、チョコレートケーキと、紅茶を頼んだ。


「いただきます」


彼女は、美味しそうにイチゴのショートケーキの先端を頬張る。


「とても美味しいです」


何度頷きながら嬉しそうに笑った。気に入ってくれたようだ。


私もチョコレートケーキを口に運んだ。

しっとりとした生地が口の中でほんのりと甘く、口どけの良いチョコと一緒にふわっと消える。後味がなんとも心地良い。やはり、何度食べてもここのケーキは美味しい。

私は、ケーキの上に乗っかる大きないちごを先に食べるべきか悩んでいる彼女に問いかけた。


「貴方の名前は?」


「あ、ごめんなさい。申し遅れました」


彼女は、視線をこちらに向ける。小学生にしてはしっかりとした敬語を使う。


「天城しずくと申します。天にお城であまぎ、しずくは平仮名でしずくです」


「しずくちゃん、とても可愛らしい名前だね」


「はい、とても気に入っています」


そしてにっこりと笑った。よく笑う子だ。その真っ直ぐな笑顔を見ていると、こちらまで口元が緩む。

お姉さんの名前は?と首を傾げる。


「私の名前は、原坂 夢。夢を見る、の夢だよ」


「素敵な名前ですね」


「そうかな?私は、あまり好きじゃないんだ」


「どうしてです?」


「それは、文字数が少ないからかな」


もちろん、嘘だ。


「二文字って少ないですか?」


「うん、せめてしずくちゃんみたいに三文字が良かった」


それから、私達はたわいもない会話をした。好きな食べ物について、雲の形や、空の青さについて、ささやかな議論を交わした。

彼女は頷き、自分の意見を主張し、私の意見を受け入れる。そしてにっこりと笑った。

やはりこの子は、何処か大人びている。


どれくらい話しただろうか。


気付けば青かった空は、柔らかに赤みがかっていた。


時計は、午後5時頃を指している。


「そろそろ出ようか、親御さんが心配するよ」


「私は夢さんに誘拐されているのですか?」


「そうかもね」


私は悪者風に、にやりと笑った。


店の外は既に夜の準備を始めていた。この時間帯から、気温が下がる。


私は軽く身震いして、薄いピンクのマフラーを取り出す。そういえば、と思い彼女を見る。しずくちゃんの真っ白なワンピースは魅力的だか、この季節には似合わない。


「寒いでしょう?」


そう言って、マフラーを渡す。

彼女は、少し戸惑いながらも、ありがとうございますと言って受け取った。


2人はしばらく、無言で歩いた。

彼女とは初対面なのに、無理に話題を引き出す必要がなく、安心感を覚えた。

沈黙が自然と馴染む小学生は初めて出会ったかもしれない。


商店街を抜けた辺りで、私はやっと口を開く。

「私は、ここを右だから。しずくちゃんは1人で帰れる?」


「はい、あの、」


「どうしたの?」


彼女は、初めて言い淀んだ。何か恥ずかしそうに視線を落としている。


「少し時間はありませんか?叔父さんと、ハル兄さんに紹介します」


家はすぐ近くですので、と、また下を向いた。

彼女なりに気を遣ってくれているのだろう。


「嬉しいけど、突然押し掛けるのも申し訳ないし、今日は帰ることにするよ」


「そう、ですか」


彼女は、あまりに寂しそうにこちらを見上げる。瞳が潤っているように見えた。まるで、私が本当に誘拐犯のようではないか。彼女に慰めの言葉を探そうとした。その時、後方から誰かが走ってくるのが見えた。


そして、徐々に減速し、彼女の前まで来て、止まる。


「しずくちゃんダメだろう、こんな、時間まで、心配したんだぞ」


息切れしているのだろう、途切れ途切れに言葉を繋げていた。


「ごめんね、叔父さん!あのね、この人、夢さん。ケーキ食べさせてくれた。そしてね、空の話をしたんだよ」


叔父さんと呼ばれた人物は、顔をこちらに向けた。どうすればいいか分からなくなり、無言で会釈する。


「そうだったのか、いやあ、すまないね。しずくちゃんが世話になったみたいで」


「あ、いえ、こちらこそ。遅い時間まで、申し訳ありませんでした」


彼はこちらをじっくりと眺めて、何か思いついたような表情を浮かべる。


「うち、少し寄っていかないか?」


「あ、いえ、御迷惑をお掛けするわけには」


「大丈夫、今日はもう店は閉めて暇なんだ」


「お店?」


「カフェをやってるんだ。美味い珈琲を淹れるよ」


そう言ってにっこりと笑った。その笑顔は、しずくちゃんに良く似ている。叔父さんからは、微かに珈琲豆の香りがした。






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